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送り屋無情

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 女探偵、深町美雪のところに一件の依頼が舞い込んだ。父の死に疑問を抱いた娘からの依頼である。
「警察の調べでは、単なる自損事故だって言うんですが、納得できないんです」
 麗佳はそう言って、父の死に関する調査の依頼をしてきたのだ。美雪は主に浮気などの素行調査を専門としている。こうした依頼は初めてであった。
「お父様のお名前は?」
「鈴木健吾です」
「亡くなったのはいつ?」
「九月二日です。釣りに行った帰りでした。直線の高速道路で車がクラッシュして……」
「そう、お気の毒にね」
「でも、納得できないんです。父はトラック運転手として優良ドライバーだったんですよ。ハンドル操作を誤ることなんて考えられません。しかも、直線で……」
 麗佳は悲壮な面持ちで、そう語った。美雪はボールペンを片手に、メモ用紙に何か書いている。それは、退屈しのぎに描いているグチャグチャの円だ。
「一応は調べてみるけど、まあ警察が事故死って言うんじゃしょうがないと思うわ。あなたはこれから未来に向かって歩きなさい。それがお父様への一番の供養よ」
 美雪はつまらなさそうにそう返した。
(ああ、今週も週末が近いわ。そろそろ獲物を探さなきゃ)
 美雪は心の中でそんなことを思っていた。
 麗佳は「是非、よろしくお願いします」と言って、頭を下げた。その両目からは涙が滴っている。
(そんな涙、何の価値もないわよ……)
 美雪は心の中でそう呟いていた。

 その日の晩、美雪は素行調査で荒木章吾という男を追い詰めていた。バーに呼び出し、浮気相手と仲良く腕組みしている写真を見せ付ける。
「これをいくらで買い取ればいいんだ?」
 章吾はせせら笑いながら、交渉に持ち込もうとしていた。
「私の仕事は信頼関係で成り立っているの。この写真は売り物じゃないわ」
「じゃあ何故、写真を俺に見せるんだ。女房に直接渡せばいいだろう?」
 章吾が訝しげな顔をする。
「さあ、あなたに興味があるから……かな」
 美雪の口元がクスッと笑った。そして、身体を章吾に摺り寄せる。
「探偵のあんたが、俺に?」
 章吾が美雪の顔をまじまじと見つめる。美雪は色気のある化粧を施し、物欲しそうな瞳で章吾を見つめていた。
「私もあなたが欲しくなっちゃったのよ。あなたを調べているうちにね」
 章吾の喉がゴクリと鳴った。
「あんたの言うとおりにしたら、写真はくれるか?」
作品名:送り屋無情 作家名:栗原 峰幸