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送り屋無情

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「いやー、私は占いはダメなんですよね。よく星座を聞かれるんですが、自分はいつもオリオン座と答えているんです。古代の勇者オリオンみたいな強い男になりたいなって思って。まあ、人間なんて、そう簡単に変われるもんじゃないですけどね」
 美雪はクスッと笑った。
「私はね、蠍座なの……」
「へえー、『毒』を持っているんですね」
「古代ギリシア神話で勇者オリオンは慢心のあまり、最後は蠍に刺されて死んだのよ」
「あ、知ってます。その話……。だからオリオン座は冬の星座、蠍座は夏の星座って棲み分けしてるんですよね」
 安浦刑事が屈託のない笑顔で笑った。
「安浦さんもお人よしだから……、蠍の毒には気を付けた方がいいわ」
 美雪が意味深に笑った。
「私はお人よしなんかじゃないですよ。いつも市川俊樹と一緒に釣りに行ってますからね」
「えっ?」
「市川俊樹と私は、実は釣り友達なんですよ」
 今度は安浦刑事が妖しい笑みを湛えている。
「だって、乗船名簿には安浦さんの名前なんかなかったわよ」
「ああ、あんなのいくらでも偽名を使えますよ」
 誠実だと思っていた安浦刑事の顔が、美雪には途端に狡猾な男の顔に見えた。
「それにね……、うっ!」
 安浦刑事が途端に胸を押さえて、もがき苦しみだした。
「ぐわーっ、心臓が焼けるように痛い! 助けてくれーっ!」
 安浦刑事は胸を押さえ、七転八倒している。美雪は狼狽した。
(まさか、こんなに早く死期がくるなんて……。二十四時間以内という話は聞いていたけれど……)
 それは現実だった。安浦刑事は呻きながらベッドの上を転がっている。その全身からは脂汗が吹き出ていた。
 美雪はジッと安浦刑事を見つめていた。自分が抱かれた男の死を見届けるのは、これが初めてであった。
 安浦刑事の目がカッと見開いた。と思うと、彼はまったく動かなくなった。
(さようなら、安浦さん……)
 美雪は安浦刑事の死に顔をまじまじと見つめると、おもむろに着衣しはじめた。乱れた髪を整え、部屋を出る。警察に連絡する義理はなかった。警察から多少の尋問は受けるだろうが、安浦刑事は心不全という自然死を迎えたのだ。美雪には自分が疑われる要素はないと判断していた。

 美雪は部屋を出ると、エレベーターホールへ向かった。そこで下りのエレベーターを待つ。
「はあ」
作品名:送り屋無情 作家名:栗原 峰幸