送り屋無情
「誰かが市川俊樹の存在を麗佳さんに教えたんだな。真相を確かめようとして、麗佳さんは市川俊樹と釣りに行った……」
安浦刑事は腕組みをして考え込んだ。美雪は悲痛な面持ちで残り少なくなったジントニックを見つめている。
「私が教えなければ……」
「え、美雪さんだったんですか?」
「依頼を断る電話が麗佳さんからあったの。最後の仕事のつもりで市川俊樹の住所と連絡先を教えたんだけど……。こんなことになるなんて、思ってもみなかったわ」
「そうだったんですか……。まあ、こればかりは仕方がないですよ。あまり自分を責めないでください」
美雪には不思議だった。いつも「送り屋」として、数々の男を殺しているのである。それなのに、麗佳の死にこれだけ動揺している自分がいる。自分の気持ちをどう整理してよいのか、まったくわからなかった。
「市川俊樹と麗佳さんは多分オマツリしたんでしょうね」
「オマツリってそんなに大変なことなの?」
美雪は安浦刑事の顔を覗き込んだ。すると安浦刑事はバッグの中からプラスティックケースに巻かれた釣り糸を二つ出した。
「あら、安浦刑事も釣りをなさるの?」
「はい、下手の横好きってやつで……。署内の年休消化率はナンバーワンですよ」
安浦刑事はプラスティックケースから糸を引き出すと、釣り糸の一つを美雪に渡した。そして、それをグチャグチャに絡めあう。
「どうですか? 解けますか?」
「確かにこれは難しいわね……。こんなのを釣り場でやられたら、イライラするかもしれないわ」
その釣り糸はもつれ合い、こぶになっている部分もあった。美雪には知恵の輪を解くより難しいと思われた。
「市川俊樹はそのオマツリを頻繁に起こしていた……。そして隣の釣り人は事故死する」
安浦刑事は深刻そうな顔をして、もつれた釣り糸を眺めていた。
「それにしても、私たちの周囲ではよく人が死にますねぇ。先週は署長が死んだし……」
安浦刑事がため息をついた。美雪はふと思う。市川俊樹も自分のような「送り屋」ではないかと。オマツリをした人間が事故死をする。そんな「送り屋」がいても不思議ではない。かつて初老の紳士は「送り屋」が多数いることをほのめかしていた。
「署長の話はもうしないで。思い出したくもないんだから……」
美雪は自分が冥土に送った男のことを思い出したくはなかった。
「あ、これは失礼……」