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おいしいミルクのつくりかた

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「レモン法ってなんですか」
「そんなことは俺には言えんぞぉ。とにかくおまえにはぁ、黙秘権が認められるぞぉぉぉ。じゃあ、連行するぞぉぉぉぉぉぉ……」
 ココア刑事はかん高く雄叫びをあげ始めた。
 いったいこいつはなんなんだ、冗談なのか、イカレてるのか。
 茫然としているミルクに、ココア刑事は手錠をかけ、警察署に引っ張って行った。ココア刑事はもう、ミルクに何を訊かれても、一切話をしなかった。

 警察署での取り調べは、ミルクには何が何やらさっぱり分からない不可思議なものだった。ココア刑事は、低音に高音、ときに鍵屋の声を自在に操りながら取り調べていたが、容疑の内容となると「レモン法違反です」「レモン法違反なんだぞぉ~」などと繰り返すばかりで、一体ミルクが何をしたのかは全く説明がなく、なんとも判然としなかった。だからミルクには、取り調べを受けているというより、ココア刑事の一人芝居を客席から鑑賞しているような、どこか自分のことじゃないような、そんな気さえあった。
 独演会のようにコロコロとしゃべり続けるココア刑事の口が一瞬閉じたすきをとらえて、ミルクは弁護士を呼ぶよう要求した。こういうときは弁護士を呼ぶんだと、どこかで聞いたことがあった。お父さんと、親友のソーダくんへの連絡も求めた。
「血縁関係のないソーダさんへの連絡はできませんねぇ。あきらめてください。でもお父さんにはね、連絡してあげますよ……どこに住んでいやがんだぁっ?……ああ、ビスケット町ですか……電車でも4時間はかかっちまうぞぉ~……でもねぇ、言いにくいんですが……たとえ来やがってもだなぁぁぁぁ……」
 ココア刑事は、一体どの声がしゃべっているのかわからないほど入り乱れた話しかたでそう言うと、ミルクをあわれむように眺めた。
「来ても、なんですか」こいつ、やっぱりイカれてる、そう確信しながらミルクはたずねる。
「いやね、あなた、ほら、レモン法違反だから……てめぇ、証拠隠滅に逃亡、秘密漏えいの可能性もありやがるだろうがっ……だから、会えませんよ。面会はできません……お父っつぁんとはなあ」
「ええっ。証拠隠滅? 逃亡? 秘密漏えい? どうしてつかまったのかもわかんないのに?」
「まあほざいてろ……で弁護士はどうします、指定の弁護士さんいますか……いないんなら当番弁護士呼ぶかぁぁぁ」
 イカれたココア刑事は、ハァハァと息を切らしながら目を剥いた。ミルクは「じゃあその、当番弁護士さんとやらを呼んでください」と、意味もわからないまま力なく頼んだ。ココア刑事はわかったわかったと、すぐに弁護士会に電話をかけた。

 2時間後、当番弁護士がミルクのもとにやってきた。ど派手な赤いドレスを着た年齢不詳の女弁護士は、髪を両手でかきあげナナメ45°の角度でミルクを見つめると、満足げな笑みを浮かべて赤ワインと名乗った。
「君は運がいいわ。アタシは勝率100%の腕きき弁護士よ。あなたがアタシを引き当てたのは偶然の奇跡、勝利の女神がほほ笑んだ瞬間ね。ほかの弁護士だったらレモン法違反事件なんて及び腰になるでしょうけどアタシは違う、胸躍る気分よ」
 赤ワイン女史は嬉々として言った。でもミルクには、赤ワイン女史が言っていることの意味はまったく分からない。
「いい? あなたはレモン法違反で逮捕されたの。2年前にレモン党・パパイヤ党連立政権が、野党第3党のバナナ党と合意して通した法律で、去年施行されたのよ」
 2年前は、ミルクは高校生だった。あの頃は、デートとラインとバスケで毎日が目いっぱいだった。そのとき国会でどんな法律が通ったかなんて知ってるわけがない。
「あなた、何も知らないのね。レモン法って言うのはね。わが国のレモンを守るために作られた法律で、『レモンに関して公(おおやけ)になっていないもののうち、その漏えいがわが国に著しい支障を与えるおそれがある秘密を漏らしてはならない』『レモンの秘密を漏らしたもの、および不正な目的・方法で取得したものは10年以下の懲役に処す。未遂は罰する。共謀(きょうぼう)、教唆(きょうさ)、扇動(せんどう)したものは罰する』『秘密の範囲は内閣および行政の長が定める』『秘密の有効期間は最長60年とするが重要な事項はさらに延長できる』。おおまかに言えば、そんな法律」
 さっぱり理解できないミルクの思考を置き去りにして、赤ワイン女史は続ける。
「それで、率直に聞くけど、あなた、何したの」
「何にもしてませんよ、だいたいレモンの秘密って、なんのことですか」
「わかったわ。いい? よーく思い出してみて。何かレモンにかかわることをした覚えない? なんでもいいの、役所にレモンについて聞きに行ったとか、八百屋のおじさんにレモンのことを講釈したとか、レモンでキャッチボールしたとか、画材屋にレモンを放置して逃げたとか、う~んそうね、道端に捨ててあったレモンにおしっこひっかけたとかどっかでレモン食べたとか食べなかったとかレモンが好きとか嫌いとか。何かない?」
「なにそれ」ミルクはばかばかしくなった。それらのどこが犯罪なんだ。
「いいから、思い出しなさい!」
 赤ワイン女史の迫力に気圧されて、ミルクは仕方なく記憶をたどって何か思い起こそうと試みた。
 けれどやっぱり、何も心あたりなんてない。
「レモンなんて、別に好きでも嫌いでもないし。どっかで食べたかも知んないけど、いちいち覚えちゃいないよ。……ああ、そう言やぁ昨日のお昼に食べた鳥からあげ定食にレモンが添えてあった気もするけど、どうだったっけな? てか、そんなこと、この逮捕には関係ないでしょ。世の中の人は大抵レモンくらい口にするだろ」
 途方に暮れるミルクをよそに、赤ワイン女史は熱心にメモを取り続けた。

 1カ月が過ぎた。ミルクは起訴され、証拠隠滅や逃亡の恐れありとして、勾留(こうりゅう)されたまま身柄を検察に移された。面会が許されるのは赤ワイン女史だけだった。
 赤ワイン女史は本当にミルクの力になってくれた。
 記者会見を開き、記者たちを前に得意のナナメ45°の笑顔で「不当逮捕よ」とウインクすると、マスコミは「美人過ぎる弁護士」とはやし立てた。
 依然としてミルクの逮捕事由は謎のままだったが、裁判に向けた証人の手配では、ミルクの人柄をよく知る家族や友人、レモン法の問題点を熟知した法学者や市民運動の活動家などから協力を取りつけた。家族との連絡やミルクの心のケアも怠らなかった。
 ミルクはこれですべてうまく行くと思った。そもそも何もやっちゃいないんだから。すべては、あのイカレたココア刑事の妄想なんだ。

 裁判が始まった。
 法廷は傍聴人でいっぱいだった。ミルクの事件はマスコミでも話題になっているらしい。
 今日の公判では、お父さんとソーダくんが、ミルク側の証人に立つことになっていた。ミルクの人柄を語り、犯罪とは無縁であることを証明してくれるのだ。