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みやこたまち
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ミヨモノリクス ―モノローグする少女 美代の世界

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夏休み 2 ガーナと呪い



 その公民館に行く機会を逸した。姉さんは夢見るようにこうのたまった。

「あの人は、私自身を認めてくれるの。私の家系とか、家の仕事を抜きにしたところで、私を必要としてくれているのよ。美代ちゃんだってもっといろんな人に会って、いろいろな自分を見つけていかなきゃ」

 全く、幸福を知ってしまった女の余裕。それは目の前の、悪魔の申し子に対する憐憫。
 私は、チョコムースを金の匙でぐちゃぐちゃにかき混ぜる。うつむいて、本当につまらないのだけれど、姉さんはきっと、私が強情を張っていると思うに違いない。姉さんの幸せな瞳は、私を遙か上空から見下ろしている。聖母マリアのように。そんな顔のままで、口をつけるカプチーノのカップに、淡いピンクの口紅が付く。良く見ると化粧も念入りだから、きっとこの後、私をダシにして男と会うのだろう。つまり私は単なる時間潰しに使われているだけなのだ。そのせいで、あの中庭での憩いを棒に振ってしまった。

 苛立ちが私を残酷にする。姉さんのせいだと思う。彼女は自分の幸せが、私の幸せのヒントとなるなどと思い上がっている。彼女が安住している幸せなんて、誤解と思い込みで出来た、ちんけな代物に過ぎないということを、分からせてやりたくなる。
 ぐちゃぐちゃのチョコムースの中に、金の匙を押し込めて、指についたチョコを舐りながら、私は不意に明るい顔を作ってみる。午後の光が丁度私の右後方から射している。舌を伸ばして嘗める。姉さんは姉さんぶって笑っている。笑っていればいい。

「おいしい」と、猫なで声。
「うん。ここのチョコはね、カカオ豆が違うのよ」
「カカオ豆ってガーナから来るの?」
「うん。ガーナ」
「私喉が渇いた。お姉さん。そのコーヒー少し頂戴」
「いいけど、おいしいからって、全部飲んじゃ駄目だよ」

 私は、わざと、口紅の跡に自分の唇を重ねて喉を鳴らす。姉さんはそんなことには気づかない。
 
「お姉さん」
「何?」
「お姉さんの口紅、変な味」
「うん? やあね、付いてた? 御免なさい。でも、美代ちゃんだってお化粧するようになれば、気にならなくなるわよ」
「お兄さんも、気にしない?」
「何言ってるの」

 私は、へへへと笑う。姉さんも一緒に笑う。姉さんは、間抜けなほど大人だ。

「お兄さんは、優しいの?」
「優しいわよ。いつも甘えてる」
「甘えると楽しいでしょう」
「ふふふ」
「あー。いやらしい笑い方。お姉さん。いやらしい笑い方」
「美代ちゃんたら、大人をからかうんじゃありません」

 私は、カプチーノをもう一度もらう。それは、コーヒーじゃなくて、カプチーノっていうんだよと、姉さんは微笑んでいる。

「お姉さん、私、お姉さんに話しがある」
「何?」
「私今まで、いい気になってた。他人なんてただのボール紙細工だと思ってた」

 私が深刻そうな顔をするので、彼女は身を乗り出して来る。眉間に皺を寄せて。

「でも、それは私が今迄、人とちゃんと接したことがなかったせいだったのね。他人もちゃんと生きていて、その生きているっていう重さは、つきあってみると、私の背中にものしかかってくるものだったのね。生身の人間とまともに付き合うのは、確かに、人形や本と親しむのとは比べられないくらい重たくて、大変なものだったんだんだなって、今になってつくづく思うの」

 ここで、深呼吸する。私は大筋で間違ってはいない。姉さんは、かすかな不安を感じながら、それでも、姉さんの言うように、外に出ようとする私のことを喜んでいる筈だ。

「お姉さん。私、初めてそういうことを知ったの。でも、その交流をやめたくなったの。どうすれば、終わりにできるんだろう。私、もう疲れちゃったんだ」

 彼女は無言で、眉をひそめる。私は心のうちで、呪いをかける。

「もう少し詳しく聞かせてくれない?」

「うん。その人とは、散歩の途中で知り合ったの。優しい人だったよ。私は、優しさなんて信じてなかったんだけど、夏の午後だったせいかな。何となく、信じてもいいような気になってたのかもしれない。誘われた時も別にいいかって思ったの。ああ、別にそれがしたかった訳じゃなかたんだけど、その人は優しかったし、私の愚痴も聞いてくれたし、それに、多分、上手だったから、痛くもなかったし。それはいいんだけど」

 姉さんの顔色が変わる。でもまだまだだ。

「その人のこともいろいろ聞いちゃった。そういう私って、私自身も信じられないんだけど、その人のこと、知りたくなったのね。でも、それ聞いてる途中から、私、やっぱり他人の苦悩まで聞かされたくなかったなと、思い初めて。それから何度か会ったんだけど、会う度に、その人とは離れたほうがいいと思うようになったんだけど、どう切り出したら一番、傷つけられるか考えてるんだ私」

「傷つける?」

「そう。だってその人、私に希望を持たせたんだよ、嘘なのに。婚約者がいるんだって言いながら、煙草吸うの。馬鹿みたい。私の事、嘗めてるんだもの。そういう事しちゃったら、むこうの勝ちみたいな顔して、悩んでいるのよ。馬鹿でしょ。そういう馬鹿には、思い知らせてやればいいんでしょ。それが、相手とその婚約してる人の為でしょ」

 彼女は落ち着きなく、時計を見る。私は、姉さんのカプチーノを飲み干して、ニッと嗤ってやる。

「ミヨちゃん。御免ね、今日はあまり時間が無いの。でも、人を傷つけようと考えるのだけは、姉さんはいけないと思うわ」

 そうだね。

「また、今度、その話しをゆっくりしましょう。その人とは、しばらく会わない方がいいと思うわ。それだけ、約束して頂戴」

 姉さんは、人を馬鹿にしている。でも私は嗤って頷く。話せて良かったという顔で。

 家に帰る道すがら、ブロック塀の上に黒い猫が座っていて、こちらを見ていた。その猫はきっと捨てられ猫だ。だから、夕焼けなどという抒情的なものには背を向けるのだ。私も夕日を背中に受けて、後ろ向きで歩いていく。ハギノトモオ。そうつぶやいてみる。一石二鳥とはこのことだ。一つの結び目を解くと、綱が二本に分かれる。私は結び目だけを見ている。それは、十一桁の数字の羅列だ。

 本当に、私には、こういう暇潰しが必要なのだ。