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みやこたまち
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novelistID. 50004
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ミヨモノリクス ―モノローグする少女 美代の世界

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夏休み 1 主事



 姉さんがやってきて、私は公民館へ行く機会を失ってしまった。
 家にはクーラーが無いので、夏になると毎日、私はそこへ出かける。午前中は子供たちがたむろしているので、午後の一番哀しい時間に、私はあの鉄色の鉄柵を越える。
 その公民館は、お役所の出張所と、市民センターと、図書館と、武道館と、カルチャー教室とを兼ねている。昔は、何とかいう由緒正しいお屋敷だったらしい。今では、裏の敷地に安っぽいプレハブを増築してしまって、辛うじて中庭として残された部分には、殆ど陽が当らない。
 この苔むした中庭が、私のお気に入りの場所である。

 よっ、と手を上げて、戸籍係のカウンターを乗り越え、主事の椅子をちょっとどけて、窓枠を越えて、中庭に出る。お決まりのコースだ。そして、唯一のコースでもある。綿密な計画というものが欠如しているのだ、この建物には。
 事務の叔母さん達も、毎年の事なので、何も言わずに見ている。たまに短いスカートをはいていくと、主事が「美代ちゃん。見える見える。」と言う。私は、そういうのが嫌いなので、無視している。にも拘らず、主事は毎年「見える見える」と言う。私の感情などに、主事は気がついていないし、関心もないのに違いない。

 ここの図書館には、由緒ある蔵書が保管してあり、それが充実している。貸し出し禁止のシールが貼ってある本がそれで、私はいつも、その中の一冊を選んで中庭に持っていく。そこには、私が苦労して持ち込んだベンチが置いてある。どこからも見えないところ(大きな楡の木の根元)に、木製の古びたベンチがひっそりと置いてある風景は、我ながら絵になる。
 露で濡れているので、少し拭ってから腰を掛ける。葉っぱがざわざわとする。蝉がやってきて鳴いている。あまり五月蠅いようなら、竹の棒で追っ払う。蟻が膝まで登ってきたら、池に向かって吹き飛ばす。池には、無気味に巨大な鯉がいる。私が来るずっと以前から住んでいるという鯉。

 ここはひんやりとしていて、苔の匂いがする。私はやっぱり水の近くでないと駄目なのだと思いながら、午後の悲しみを忘れる。