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みやこたまち
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ミヨモノリクス ―モノローグする少女 美代の世界

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 私は彼女の骨張った身体を撫でている。血でも吐いてくれたら、尚盛り上がりそうな状況だ。

「ごめんね。私こんな風で。でもこれじゃいけないと思っている。私、あの学校、駄目みたい。もう、死んじゃいたい。皆、私のことなんて、分かってくれないし、どんどん疲れていくばかりで、このまま、あの学校で普通に暮らしていけるようになるのも、嫌なの。でも、このままじゃ、何もできないまま終わってしまいそうだし、私、どうすればいいのか、分からないの。本当に、どうすればいいのか・・・」

 まとめると、そういうような事を、切れ切れに、ハンカチの下から、私の肩に向かって話している。私はもう、この世界に入り込んでしまっているから、どんな台詞だって、お手のものだ。

「私、知らなかったわ。そんなに奇麗で、聡明で、世の中の幸せを一身に受けて、すくすくと成長なさっているとばかり思っていたのに、そんなにお悩みになっていたなんて。人って分からないものね。さあ、このサイダーを飲んで。そして、聞かせてくださらない。あなたのそのレースのような心を引き裂こうとしているものは何? それは、私には荷がかちすぎるお話かもしれないけれど、あなたが私を選んでくださったのですもの、きっとお力になれると思うのよ」

 涙まで浮かべて。

 彼女は話してくれた。私の目をまっすぐに見つめて。あのまま接吻しなかったのが不思議なくらい。二人で涙を流して。彼女の格好の良い鼻からも、鼻水が垂れて、それは透明でさらさらだった。きっと涙と同じ成分で出来ているのに違いない。それが、目から出るか、鼻から出るかの違いだけ。でも、それはとても大きな違いで、私の力の源になった。
 つまり、彼女の悩みは、人間の存在の根源にまで突き詰められた風を装いながら、クラスに上手く馴染むことが出来ない自分の居場所を求めているだけのことだった。
 しかも、馴染めない理由が、彼女の何と言うか、選民意識とでもいうような認識の為であると言うことが、よくよく理解できた。

 その上、飼っていた猫が金魚を食べたとか、近頃、薔薇園の花が何本か手折られていて、誰かが忍び込んできているらしいことが恐ろしいとか、まあ、それは私なのだけれど、そういったもろもろの些細な出来事があいまって、彼女に登校拒否を誘発させるに至ったという訳だった。
 更に、そういう行為に走った自分の姿を省みて、ますます深刻さ加減を増幅させて、その仕上げとして、地域一番の問題児の所へ足を運ばせたという次第だ。
 この後の予定は、自殺未遂に違いない。悪者は私だ。彼女は悲劇のヒロインで、私は悪の化身。誰もが認める配役という寸法だ。

 彼女は、自分の繊細さを演出する為に、無意識のうちに人を選別して、その通りの効果を得る技術を持っている。彼女は美しいから、それは許されることだと私は思う。天性の美しさは、多大なる犠牲によって成り立つものなのだ。美しさはかしずくことを強要する。ならば、私もそれに相応しい仕事をしなくてはならないだろう。

「私、あなたがそれほどお悩みなのを、見ていられないわ。きっとあなたは、純白の薔薇のように清らかなのよ。だけどあなたの薔薇には刺が無いのね。だから不埒な俗物共が、手折ろうと手を伸ばしてくるんだわ。あなたは、高貴だけれど、そういう汚い者達を打ち遣るほどの強さを持っていないから、そんなに疲れなくてはならないのよ。あなたは、優しすぎて、その優しさに乗じていろいろな穢れがあなたを堕落させようとているの。あんな学校なんて、あなたを真っ黒なドライフラワーにでもしかねないと、私は本当に心配しているの。あなたが、あのミッション系の学校をお選びになったのは、確かに神の摂理だったかもしれない。でも、そこで得るべきものは、三年間の学園生活ではなくて、そこにいる一人の人だったのだと、私は今確信しました。
 私、聞いたことがあるのだけれど、聖書の講義をしているあのお祖父さん、あの人だけは信頼できるというお話なの。あの人のそのまたお祖母さんが、山の手に修道院を開いていて、昔はあの学校からも、シスターになるために何人も、その修道院へ行っていたそうなのね。開学当初の気高い精神を持った人たちだけが、あの門を潜ることを許されていたの。それは今でも、連綿と続いているのよ。 でも残念なことに、この数年はそういう高潔な人格が現れないで、すっかり忘れられているらしいっていうのね。
 私、あなたこそ、数十年ぶりに現われた、神の御加護のもとに、立派なお仕事がお出来になる方だと、話をうかがって確信せずにはいられないわ。あなたは、そこに行くべき人なのよ。あなたが今、ここでこうしてお悩みになっているのは、全て、この御霊に叶ったことなのです。あなたは、選ばれたものなのよ。今日、私のところへいらっしゃったのも、ここで、私がこんなことをお話しているのも、あの方の思し召しに違いありません。だって私、あなたが家の門を潜った時から、その真っ白の夏服が光に包まれて、花のような芳香を漂わせているような気がしたんですもの。 私にこんな事を言う資格はないかもしれないけれど、あなたはあの修道院に最も近いお人なのかもしれない。あなたの美しさも、その感じやすい繊細なお心も、優しさも、そのためにあるんです。あなたの悩みも、その時きっと癒されることでしょう」

 アーメン。

 話ながら私は、自分の顔が柔らかな光に包まれているような至福を感じた。自分では一言も信じてはいないけれど、でも本当に気分が良かった。そして白薔薇の君は、涙の筋を刻んだ顔で、口を開いて、まるで微笑んでいるように私を見つめていた。尼僧服を来て聖マリア像を見上げているところでも想像していたんじゃないかしら。白痴の美というのは、ああいうことを言うのかも知れない。
 私の入れ知恵がどの程度彼女の人生を変えるのか、今後の展開が楽しみだ。自分の勧めで、美人が一人尼になったかもしれないのだと想像するだけでも、結構、シュールな暇潰しだと思う。私はこのような想像が大好きだ。