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白骨山(しらほねやま)

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「君の開発したノラボンだけどね。中毒患者が急増しているんだ。この四神製薬始まって以来の不祥事だ。実際に被害者からの訴訟にまで発展しているんだよ。やはり君には会社を辞めてもらわなきゃならないな。間違ってもらっちゃ困るよ。これは依願退職だからね」
 そう高水惣一は製薬部長から言い渡された。惣一が心血を注いで開発した抗うつ剤、ノラボンは次々に中毒患者を出したのだ。惣一は目の前が真っ暗になった。
 F大学薬学部を卒業してから、この四神製薬に就職し、会社のためを思い、また患者のためを思い、一途にノラボンの開発に没頭してきたのだ。時には挫折しそうになることもあった。それでも惣一は会社と患者のために尽くしてきたのだ。
「まあ、依願退職の場合、退職金が支払われるから、それがせめてもの恩情だと思いたまえ」
 しかしながら、四神製薬に勤めてまだ五年の惣一にとって、退職金など微々たるものだ。それが今まで会社に貢献してきた対価かと思うと、灼熱の悔しさが込み上げてくる惣一であった。
 惣一は四神製薬の中庭で、涙を堪えながら辞令を握り締めた。
 惣一がF大学薬学部に入学したのも、新薬を開発し、名声を上げることはもちろん、病気に苦しむ患者を救いたかったからだ。だからこそ彼は大学でも研究に没頭し、人生のすべてを新薬開発に注いできた。それが今、脆くも崩れ去ってしまったのだ。それは、彼の人生の否定そのものであった。
(もう、他の製薬会社も俺を雇ってはくれないだろう。俺に何が残っているというんだ……)
 握り締めた退職辞令を手に、惣一の双眼からは、悔しさと絶望の涙が溢れていた。

 それから何日が過ぎたであろう。惣一は内房線に乗っていた。季節は六月、梅雨の合間に晴れ間が覗いた日だった。
 惣一は保田という駅で電車を降りた。この保田は彼の故郷である。この保田駅から少し金谷側に戻った元名というところに彼の実家がある。惣一の実家は民宿で、海水浴のシーズンなどは、それこそ満室になることも珍しくない。実家の民宿には綾瀬久美という遠縁の女性が住み込みで働いていた。わけありのようで、もう民宿に勤めて三年になる。年の頃は惣一より二歳下だった。それは惚れ惚れするような美しい女性であった。