小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

トモの世界

INDEX|93ページ/126ページ|

次のページ前のページ
 

「八田(やた)堀(ぼり)。八田堀捷(しょう)紀(き)だ」
 名乗った後、ショウキの表情が一層翳った。
「ひとつ教えてくれ。……イルワクには、あんたみたいな人間がほかにもいるのか」
「それは、俺の村に、ってことか。それとも、全体の話か」
「その口調だと、村にも、あんた以外にいるんだな」
「俺より後にはいない。帝国からはな。同盟からは二人ほどいたと思う。……猟で死んだよ。冬の猟は、生粋のイルワクでも死人が出るほどなんだ。よそ者には厳しい」
「そうか……」
 話はいったんそこで途切れた。
 それから一時間以上も私たちは歩いた。私たちの足ならば、村を出発してもう十キロ以上は歩いている計算だった。
 途中で、鉄道の線路を渡った。レールは錆だらけで、草むらに沈もうとしている。ショウキの話では、北方戦役の拡大で、もう何年も列車の姿は見ていないとのことだった。一四三五ミリ幅の線路は帝国の一般的な鉄路と同じ規格だ。情勢が落ち着けば、いずれここを、帝国と同盟を結ぶ国際列車が走るのだろう。だが、それまでの道のりは果てしなく険しいだろうし、傷んだ軌道を修復するのにまたどれくらいの時間と費用が掛かるか、私には想像もつかなかった。
 鉄道をすぎて半時間もしたころ、ショウキは道から外れ、灌木が生い茂る中を、しかし迷いもなく進んだ。
「あんたにプレゼントさ」
 やがて見えてきたのは、草でびっしりとおおわれた一両の戦車だった。
「俺の車さ」
 ショウキは戦車に近づき、愛しそうに車体に触れた。どこも被弾していないように見える。言うとおり彼の乗っていた車両だとするならば、当時配備されたばかりの最新鋭、九七式戦車だ。一二〇ミリ滑腔砲は油圧が抜けているためか、低く首を垂れるようにしている。だが、車体には錆ひとつない。陸軍の主力戦車は特殊装甲で全身を覆っている。過酷な環境でも車体そのものに細かなメンテナンスを要求しない仕様だ。
「生き残りは俺だけ。ほかの二人がどうなったかは訊くなよ。戦車は、歩兵からの肉薄戦に一番弱いんだ」
 敵の歩兵部隊に包囲され、やられたということだ。
「あんたに一番必要なものだろう」
 ショウキは砲塔によじ登り、中にもぐりこんだかと思うと、戦車クルー用のヘッドセットを私に掲げた。
「ハケンのあんたらが使っているのとは仕様もタイプも年式も違うだろうが、基本構造は同じだ。対EMPシールドに入っていた予備品だ。電源があれば使えるはずだが、あんたはこの中身だけあってもいいだろう」
 CIDS(シーディス)だった。
 私は彼からCIDSを受け取る。
 CIDS……戦闘情報ディスプレイシステム……は、兵科・部隊によって、仕様がかなり異なる。任務に特化した仕様になっているからだ。だから、戦車部隊のCIDSと、私たち第五五派遣隊が装備するCIDS……LLRR-525-KLSとはその仕様は違う。だが、端末としての基本構造は同じだ。問題は七年という時間を経ていることだが、ソフトウェアのバージョンやハードウェアの更新時期そのものの差を考慮しても、基本構造は変わらない。軍隊の装備品とはそういうものだ。ころころと仕様や構造を変更していたのでは、補給が複雑になりすぎ、かえって機能を低下させてしまうのだ。
「ありがとう、」
「あんたのCIDSは対EMPシールドが十分じゃなかったんだろう。こいつは違う。最前線の戦車部隊だからな。そうした備えもしているもんだ。動かないがな」
 電源は切れている。だが、ショウキの言うとおり、中身が無事なら、私のCIDSに主要部品を移植し、部分的な機能だけでも回復させることができるかもしれない。
 南波……。
 私は受け取ったCDISをしっかりとフェルトを織り込んだ外套の中に仕舞い込んだ。
「あとは、こいつかな」
 さらにショウキが取り出したのは、七.六二ミリライフル弾だった。ベルトリンクでつながっている。
「俺たちは4716だったから、予備はあんたの銃には使えないだろうが、同軸機銃は三〇口径だからな。使えるだろう」
 もちろんだ。
「同軸機銃で撃ちまくったところで、戦車砲の旋回速度より、人間がちょこまか動き回るスピードのほうが速いんだ。弾帯ひとつで五〇発……これくらいなら持っていけるよな」
 ありがたかった。
 私たちの4726自動小銃と同じ三〇口径……七.六二ミリ弾。私と蓮見の予備弾薬はすでにかなり少ない。もともと長期戦を考えた今回の装備ではなかったから、十分な弾薬は携帯していないのだこれだけあれば十分だ。
「言っておくぞ。……あんたは、すぐに村を出るんだ。あんたのあのかわいい相棒も、あの村にいたら、足がよくなる前にすっかり身体がイルワクになじんじまう。そうなったら、今度は心が村から出たがらなくなる。わかるよな」
「わかってる」
「そういうことだ。あんたは部隊に帰れ(・・・・・・・・・)」
 私はうなずく。
 シカイに言われた「故郷に帰れ」という言葉より、よっぽと私の心に届いた。

 私は村への道を一人で戻った。もらった七.六二ミリ弾は五十発ともなればかなりの重量だった。ベルトリンクにつながっているそれを、雑嚢も何も持っていない私は、時代遅れの分隊支援火器担当隊員のように、首から提げ、そして弾薬が目立たぬように外套の襟を立てるようにして歩いた。弾が場違いな首飾りのようにジャラジャラと揺れる。
 人目を避けるように村へ戻り、私はターニャの家の「自室」へ入ると、後ろ手でドアを閉め、大きく嘆息した。
 日は高い。この季節、午後八時を過ぎても日は沈まない。私はターニャが食事を整え始めた気配を感じながら、ベッドから降り、壁際の装備に手を伸ばした。まずは、ダンプポーチ。これまでの戦闘で使用済みになった空の弾倉が入れてある。首から下げたベルトリンクの五十発を床に置く。ゴロゴロと音がする。七.六二ミリ弾は弾頭から薬莢までを含めると一発といえども重量感がある。私は一発一発をベルトリンクから外し、リムを下にして床に並べた。
 気がかりだったのは、ショウキが私にくれた弾薬が生きているかということ。あの戦車は七年もの間、あの場所に擱座していた。弾薬にも鮮度がある。受け取ったはいいが、この弾薬が発砲できるのかどうかが心配だった。だが、それは杞憂かもしれないと思った。戦車は気密性が恐ろしく高いからだ。戦車砲のマズルブラストや、最前線で敵が使うかもしれない兵器から乗組員(クルー)を守るため。条約で禁止されているとはいえ、核兵器、生物化学兵器の類が使用されないとも限らない。軍隊はあらゆる可能性に備えなければならないのだ。そのため、戦車には高度な空調システムと気密性が備えられる。だから、ショウキに見せられた戦車の内部は、放棄されて七年の時を経ているとは思えないほどにきれいだった。
 私はショウキの気持ちと、九七式戦車の気密性を信じることにした。そう、これは弾薬の缶詰に入っていたのだ。きっと大丈夫。ショウキがくれたのだから。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介