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トモの世界

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 まっすぐ射られるようにシカイの視線を受けるのが、苦痛になってきた。まるで私は彼に狙われた獲物だ。彼こそ、心の中まで覗き込もうとする。目には力があった。
「お前の連れていたもう一人の娘も戦士か」
「同じチームだ」
「あんな小娘を戦場に連れて行くとは、お前の国の帝は何を考えているのか」
「陛下を侮辱するのか」
 私が語気を強めると、シカイの髭面が大きく表情を変える。続いてはじけるような笑い声。
「トモ、帝国の兵士よ。そういきり立つな。私はまっとうなことを言っている。戦場に女子供を投入するのは愚の骨頂だ。負け戦の第一歩だ。私の村に、女の戦士はいない」
「時代錯誤もいいところだ」
「領分というものがある。いいか。領分だ。それは差別とは言わない。仕事に貴賤はないと教わらなかったか。誰でも土足でお互いの領分を泥で汚していいと思うのか」
「それと女が戦場に行くこととどう関係があるんだ」
「子連れのクマと、独り者のオスグマと、どちらが手ごわい」
「子連れのクマだ」
「それはなぜだ」
「母親は子供を守ろうと命がけになる」
「そういうことだ。女は命がけで何かを守る」
「男は違うのか」
「男は子供を守れない」
「守れない?」
「村を守れても、子供は守れない。それがイルワクの教えだ」
「だから、なんです」
「村を守るのは、男の職業だ。だが、母親は職業ではないということだ。本能で他者の命を守れるのは母親だ。それは尊いと思わないか。女とはそういうものだ。そんな女が戦場に行って何を守るのだ」
「故郷を……帝国をだ」
「ここは帝国ではない。お前の故郷は海峡の向こうだと、そう言ったではないか」
「……」
「お前の生き方には無理がある。故郷に帰れ。祖父を継いで、糧を得るためだけに銃を使え。お前の銃の構え方は猟師の構えだ。戦士のではない」
 私は何も言えなかった。
「私はお前が気に入ったよ。トモ。このような形で出会うべきではなかった。イルワクの出なら、お前を連れて森に行くのだが、今のお前は連れて行けない。いまのお前が森に入ると、子連れのクマも逃げていくよ。全身から殺気があふれ出ている。犬に吠えられなかったか。いくらターニャの家で水を浴びても、お前の身体からは血の匂いがするよ。獣の血ではない、人の血だ」
 シカイはテーブルの上のポットからカップに何やら注ぎ、老木のような両手で包み込むようにカップを持ち、ゆっくりと口に運んだ。かすかに若草のような香りがした。
「茶の一杯もふるまってやりたいところだが、残念だよ。お前は帝国の戦士であって、我々イルワクの客人ではない」
「出て行けということですか」
「お前は村から出ていけるだろうが、お前の相棒の娘っ子はしばらくは歩くこともできないだろう。仕方がない。ここで養生していくがいい。それくらいの気遣いは、神様も許してくださるだろう。……私たちの神様とお前たちの神様は違うのだろうが」
 私は、神など信じていません。そう言う代わりに、私は訊いた。
「蓮見は、どこです」
「ターニャのような係は、もう何人かいる。そのうちの一人の家にいる。眠っているそうだ。子供のように……いや、違うな。あの娘は子供そのものだ。トモ、もう一度言うが、あんな子供を戦場に連れてくるのはよすことだ。あの娘が不幸になる。お前が責任を持って、あの娘を故郷に帰せ。お前は猟師に戻るがいいが、あの娘は猟師もできない。あの娘に銃を持たせるな。二度とだ」
 そう言うと、シカイは会話のチャンネルを閉ざした。眼前にいる私を、瞬間的に会話の対象から外した。若草の香りを漂わすカップを口に何度か運び、私に退室を促すわけでもなく、鷹揚な態度はそのまま、黙った。

 奇異の目で見られているわけではなかった。けれど、村の中にいる自分を意識すると居心地はよくなかった。居心地というより、違和感だ。私は自分が場違いなところにいると強く意識せざるを得なかった。
 数日が過ぎていた。
 私はシカイの言葉に甘えるかたちで、ターニャの家で寝起きしながら疲労を癒していた。ターニャがこのイルワクの村の「歓待係」だとシカイに聞かされても、彼女の表情に触れると、私は任務を忘れそうになる。いや、彼女が作る温かい食事や、ターニャの家の浴室で一人湯を浴びるとき、私は確かに任務を忘れていた。私の作戦(・・・・)が継続中であるのだと、あてがわれた部屋に置かれた第五五派遣隊の装具類を見、触れなければ、思い出せないほどに。
 私は部屋で、4726自動小銃を手に取る。傷だらけだ。
 南波たちとはぐれて以来、実弾は撃っていない。それでも私は毎日、銃の分解結合を行った。そうしていないと、本当に私は任務を忘れてしまうのではないかと恐怖した。日に日に、この村にいてはいけないのだと感じた。だが、戦闘糧食(レーション)とは違う暖かさにあふれた食事や、ターニャとの会話や、ときどき村ですれ違うセムピと交わす短い言葉、そして、初夏を迎えた森の匂い、空の色、そうしたものに触れるうち、私は自分自身を支えている何かが、とてつもなく頼りないものであることに気づいてしまう。
 私はここで何をしているのだ。
 村に滞在して五日目。
 私はようやく、サーシャという名の、ターニャとよく似た雰囲気を持つ中年女の家で蓮見と再会した。青い目、枯れ草色の髪、ターニャと同じくらいの背格好。きっと、正しくはアレクサンドラというのだろうなと思いながら、私は簡素なサーシャの家に入った。建具も家具も何もかもがターニャの家とよく似ていた。
「蓮見」
「姉さん、」
 通された部屋は、まるでサーシャの娘の部屋だ。かわいらしい調度品と質素なベッド、椅子、テーブル。そうしたものに囲まれて、蓮見がいた。会わなければよかった。第一印象はそうした消極的なもので、そこにいたのはイルワクの少女そのものだった。帝国陸軍随一の作戦遂行能力と特殊性を誇る、第五五派遣隊の「戦士」の面影を、イルワクの衣装をまとった蓮見からは感じ取れなかった。
 陽を浴びて淡く栗色に透ける髪、白い頬。澄んだ目。身体の一つ一つのパーツは私の知る蓮見のそれだ。だが、今の彼女は、おそらくサーシャが与えたであろうイルワクの娘が着る素朴だが野花のような可憐さを醸し出す服を着ている。初対面なら、私は彼女がこの村で生まれ育った娘だと紹介されて信じただろう。銃など触ったこともなく、軽やかな脚力は敵の弾をかいくぐるためではなく、野山を駆けめぐるためであり、華奢な両腕は、敵の喉笛を切り裂くためではなく、野花を手折るためにある。そんな雰囲気だった。私は蓮見の姿を見て、慄然としたというのが正直なところだ。彼女の姿に、私自身の姿を見たからだ。
「姉さん、かわいい服」
 蓮見は私を見て、小さく笑った。か細い声。蓮見優羽はどこへ行ったのだ。お前の装備はどうした。お前の手は、楽器を奏でるためにあるのではないし、まして野花を手折るためにあるのでもない。お前の指は、引き金を引くために訓練されているのだ。お前の腕は、ハイポートにした自動小銃を抱えたまま、六十キロ行軍しても音を上げないほどに鍛えられているのだ。蓮見、お前の脚は……、
「姉さん、私は、もう大丈夫」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介