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トモの世界

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 だが、私は不覚にもターニャのほほえみで落涙した。無様にも床にへたり込み、まるで幼い子供がするように、泣いた。
 いくらか体力が回復しつつある今、私は新たな自分を発見したことになる。昨夜の私も、まぎれもなく私の本当の姿であり、訓練では露呈しなかった私自身の一つの姿だった。
 痛みに各所が悲鳴を上げ続けていた筋肉も、なんとかほぐれを感じてきた。血流が活発になり、意識が焦点を結んでいくような気分になる。それは心地よい感覚だった。
 遠くに聞こえた銃声はなんだろう。
 答えはすぐに導き出すことができる。ここは猟師村だ。高泊や柚辺尾の街と比べるまでもなく、銃は日常的な道具で、常に男たちの傍らにある。
 銃声はひどく遠くから私の耳まで届いた。誰かが森か草原で撃ったのだろう。単発、一声。戦闘の音とはまったく違う。切羽詰まるような殺気が音に乗ってこなかった。私はそういう銃声が好きだったし、懐かしいと思った。十代の日々を思い出す。
 私は両足を開脚したまま、壁際の4726自動小銃に腕を伸ばし、引き寄せる。
 汚れがこびりついていた。
 弾倉はセムピたちと遭遇したあのときに抜き、そのままだ。私は予備弾倉入れから弾倉を一本取り出し、そこから一発弾を抜いた。弾頭で、小銃側面の分解用ピンを押す。すると、レシーバーを固定していたピンはすっと抜け、銃は弾倉受けとハンドガードの境目ほどを軸にして、上下に分離した。
 汚れが目立った。私は銃床底部のカバーを開き、クリーニングキットを取り出す。そしてフロアマットの上で、上下レシーバーを連結していたもう一本のピンも抜き、銃の分解にかかった。道具は手入れが必要だ。それは戦場の真っただ中でも同じだ。もちろん、このヘッツァー4726は、軍用銃であるから、ある程度メンテナンスができない期間が長くても、また、汚れや水分といった銃の動作を阻害する要因が多い場所においても、きっちり作動するように作られてはいる。メーカーは泥の中に埋没したこの銃を、水洗いもせずにそのまま撃つようなパフォーマンスまでしている。だが、いざというとき、引き金を引き、弾が出るという基本的性能を維持するためには、時間と場所さえあれば分解整備が必須になるのだ。
 祖父の銃もよく手入れされていた。実家の祖父といえば、寡黙な印象が非常に強かったが、かたわらにクリーニングキットを置き、薄い毛布のような布の上で、念入りに銃を分解し、整備している印象もあった。
 道具を手入れするのは当たり前のことだからだ。
 私は特別な環境と道具を必要としないレベルでの整備を行う。
 ボルトを抜く。
 薬室の汚れを取る。
 レシーバー内部にこびりついた泥やススもふき取る。
 銃の分解結合は、軍に入隊した新兵時代にいやというほど教え込まれる。大げさでもなく、目をつぶったままで銃を分解し、元に戻せるようになるほどに。
 私は無心で銃を整備する。
 銃身。ライフリングは溝もしっかり切られており、ひどい摩耗は見られない。ここを弾丸が通り、加速され、回転し、目標へとまっすぐに飛んでいく。
 私はこの銃で人間以外の生き物を撃ったことがなかった。
 私は柚辺尾で、あの単純なボルトアクションのライフルで、人間を撃ったことはなかった。
 一人目の敵兵を撃てるかどうか。
 私に言わせれば、戦場で生き残るいくつかの要素のうちの一つはそれだと思う。
 結論から先に言えば、私は難なく一人目を撃つことができたのだ。
 それは、七.六二口径のこの4726自動小銃ではなく、五.五六ミリ口径の4716自動小銃ではあったが。
 正直に言うと、その一人目の記憶はほとんどない。ただ、私が引き金を引くときにいささかの躊躇も感じなかったこと、私が撃った弾丸が敵兵士に命中し、敵が倒れたというその事実だけは覚えている。たいしたことではなかった。その夜、倒れた兵士を思い眠れなくなるといったこともまったくなかった。
 シカを初めて撃ったとき。
 あのときも私は躊躇しなかったように思う。
 だが、私の手で命を絶ったのだという事実だけ、それは胸に刻まれた。
 敵を撃てるかどうかではなく、その事実を受け入れられるかどうか。
 一人目を撃てるか、という問題は、私はそこに尽きるのだと感じた。
 分解した銃を組み立てる。
 部品同士は非常にタイトな寸法になっている。一つ一つの部品をはめ、動作を確認する。そのとき、部品同士がかみ合う小気味よい音がする。レシーバーを連結させ、ピンを戻す。
 最後、ボルトハンドルを引き、動作にひっかかりや渋さがないか、確かめる。
 まったく問題はなかった。
 いつでも撃てる。
 汚れがついた弾倉や弾もすべて抜き取り拭いたかったが、そこまでは及ばなかった。
 ターニャが私を呼んだからだ。ドアのすぐ向こうで。
「食事にしないかね」
 暖かい声音だ。昨夜を思い出す。
「はい」
 私は答える。
 そっけないかと自分でも思うほどに、抑揚をつけず、短く。
 そうしないと、私はこの村に絡め取られて出られなくなる。
 私は本気でそれを危惧していた。

 あの「街道」を中心に、そこから枝分かれしたような道が葉脈のようにめぐる。村は葉脈のそこここに点在する家々から成り立っている。小さな村だ。いや、村と呼ぶにも大げさな気がする。私は道を歩きながら、この集落の様子をうかがった。私は装備を付けず、ターニャが用意したこの村の一般的な衣服をまとい、家を出た。
 不用意にうろつくのは、集落の人々にとっても、私にとっても、決していい結果にはならないと思った。だから、私はまず、蓮見がどうしているのか、見に行こうと思った。それには、あの長(おさ)、シカイにもう一度会わねばならない。
 陽射しのもとで見る集落の様子は、青く水底に沈んでいたようだった昨夜の様子とはまるで違っていた。住まいにはそれぞれ小さな畑があり、作物はいままさに陽を全身で浴び、生長の過程にあった。簡素さゆえ、貧しさすら感じられる住居が並んでいても、作物の緑、よく手入れされた畑の姿には、卑屈さや後ろ向きな感情などみじんも見られない。
 「帝国の戦士」が迷い込んできたことは、すでに村民皆が知るところなのだろう。畑を手入れする老婆や、彼女の孫ほどの年齢の子供たちは、しばし手を止め、私に視線を向けてくる。表情はなく、しかし脅えもない。一人の老婆は、私を見つけると、持っていた道具を置き、かすかに会釈した。笑顔こそなかったが、拒絶もなかった。それが私には不思議だった。私が軍の装備一切をつけず、イルワクの人々と同じ衣服を着ているからなのか。そうではあるまい。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介