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トモの世界

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 私が声をかけると、CIDSを降ろしたまま、口許だけ笑った。そして、立ち上がった。
「南波、」
 あっけにとられて私が見送ると、
「入地、大丈夫だ。あれは味方(フレンドリー)だ」
 私は返事もせず、南波に続いて国道の路面に上がった。カーブまでは四百メートル程か、森の木々の上に、うっすらと排気煙が見えた。エンジン音が高まる。ようやく私も安堵の息をついた。
「九七式だ、」
 南波が歯を見せた。やたらと白い。絶対に目立つ。
「脅威判定は、」
「更新された。第七二戦車連隊が北へ向かっている。空軍が完全に航空優勢を確保してるそうだ」
 戦車部隊はもうカーブからその車体を覗かせていた。一両約五〇トン。昨日八九式支援戦闘機が縫高町にばらまいたGBU-8が四機合計で二〇トンほどだろう。一両でその倍近い重さ。爆弾の量を多いと見るか、戦車が重いと見るか。
 九七式主力戦車は水冷二ストロークのディーゼルターボエンジンで独特の音がする。エンジン音が耳に届けば、私も戦闘情報がなくても安心できた。戦車部隊が自走しているということは、それでもやはりこのあたりは最前線に近いのだ。一般に誤解されているが、戦車は前線まで戦車輸送車(トランスポーター)や鉄道で運ばれ、目的地で初めて自走を開始する。
「敵味方識別装置(IFF)の質問電波が来たぞ」
 南波が言う。南波のCIDSが瞬時に味方だと返答しただろう。
 九七式戦車は遠くから見るとコンパクトにまとまった形をしているが、近寄ると大きい。鉄の塊といった印象がある。口径一二〇ミリの戦車砲が頼もしい。
「ハケンか?」
 砲塔のハッチから顔を出した戦車長(コマンダー)が怒鳴る。先頭の戦車が停止する。続く車両も停止する。行軍中の各車両はデータリンクで繋がっており、その動作に乱れがない。
「第五五派遣隊北洋州分遣隊の南波少尉」
「第七二戦車連隊の小谷野(こやの)だ」
「入地、中隊長だ、大尉だ」
 南波が私に囁く。CIDSが普及してから、階級章や所属部隊を示すインシグニアが目立たなくなった。特に戦闘服の階級章のわかりづらさと言ったらない。メリットは、敵から狙撃されづらくなったことだ。ふつう、指揮官から順番にやっつけようとするからだ。
 南波が軽く敬礼した。私も倣った。谷野が砲塔から私たちをわずかな時間見下ろして、そして降りてくる。
「縫高町作戦は終了したようだな」
 小谷野大尉は機甲部隊用CIDSを跳ね上げて、笑いじわが目尻に刻まれた顔を緩ませた。
「全滅ですよ。敵も味方も」
「ご苦労だったな、」
 言葉に暖かさがあった。おそらく、それは小谷野の言葉に、北部自治域特有のアクセントがあったからだ。「お国訛り」は暖かい。不思議な感覚だ。
「南の方はどうです、」
 南波が訊ねる。小谷野の戦闘服に汚れはなく、乱れもなかった。片手に4716自動小銃の短縮型「K」タイプが握られている。銃身を切り詰め、ハンドガードも短く、ショルダーストックが折りたためるタイプだ。弾倉も短い二〇連発タイプを装着する。戦車乗組員の自衛用火器だ。従って光学照準器も装備されないことがほとんどだ。小谷野のライフルにもアイアンサイトしかついていない。
「我々は高泊から来たんだ。まだ敵の姿を見ていない」
「地上制圧に段階が進んだってことですね」
「航空優勢が確保されたからな、縫高町はどんな様子か聞かせて欲しい」
 小谷野は自分の車両の陰に入るようにゆっくりと歩いた。私も南波も続く。それにしても戦車の存在感と安心感は凄まじい。剥き出しの敵意という感じがする。停車していても、アイドリング中のディーゼルエンジンはガラガラとかなりうるさい。が、いまはそれが頼もしく感じた。なんとも男性的だ。
「港はズタズタ。鉄橋も落ちました。敵の部隊に残存勢力はないはずですが。その前に発電所は無傷で奪還しましたが、」
「友軍の残置部隊はいるのか」
「残念ながら、敵のSDD-48にやられまして」
「いないのか」
「発電所の起動コードは我々で奪還しましたから、仮に敵増派部隊が再度発電所を占拠しても、発電機は絶対に動かせません」
 そう。いま風連発電所は無人だ。もともとほとんど無人に近いような施設で、安全管理のための運転員が少数勤務しているに過ぎなかった。敵は運転員ごと一時奪取したが、それは発電機それぞれに振り分けられた独自の起動コードが必要だからだ。起動コードは一種のパスワードだが、非常に難解な文章の体をなしている。発電機本体からの読み出しも不可能だ。子どもに絵本を読み聞かせるように、発電機に起動コードを読み込ませて、子どもが童話の魔法使いに目を輝かせる反応のように、発電機も起動コードに「感想文」を返す。それで発電機は起動するのだ。発電機側がトンチンカンな「感想文」を提出してきたら当然起動しない。起動コードのやり取りは、人工知能同士の掛け合いのようなものだった。
「発電機は、」
「止まってます。冷却器だけ動いてます」
「我々の目的地が風連だ」
「再度確保せよと?」
「いや、陣地を構築する。縫高町にも橋頭堡を築く予定だ。我々の後続に工兵隊が来る」
 話ながら、南波は明らかに落胆した表情で、それを隠さないから余計におもしろかった。小谷野はおそらく、南波が戦闘で疲労しているように見えただろう。私はあくまで無表情だ。いちおう二人の「上官」を前にして、直立不動の姿勢を保っていた。
「後続隊の到着は、」
「半日ほど後だと思う。君らはどうする」
「高泊を目指しています」
 せっかく「クルマ」に出会えたのに、彼らは北へ向かう。しかも戦車は定員きっかりでなければ運用できず、したがって私たちが便乗するスペースがそもそも車内にない。乗るならむき出しの車外ということになる。南波はそれで落胆しているのだ。まだ、歩くのか、と。それでいいじゃないかと私は思うのだ。そもそも「南へ向かう車両部隊」が来たら、それはすなわち同盟軍……敵の部隊なのだから。
「したっけ、俺らは行くから」
 情報交換もCIDSに表示される以上のものはあまりないと判断したようだ。小谷野が南波の肩を叩いた。ねぎらいのつもりのようだ。「ハケン」の通称でひとくくりにされる私たち五五派遣隊の任務は、歩兵部隊や戦車部隊からすると、明らかに正規軍のそれとは思えないのだろう。共通の話題も少なく、お互いに居心地がよくないのだ。戦車のドライバーもハッチを開けてこちらをうかがっていたが、黒ずくめに近い戦闘服姿の私たちを見て、稀少動物でも発見したような顔をした。
「武運長久を」
 南波が使い慣れない社交辞令を口にした。いや、もしかすると本気の言葉だったのかもしれないが、私は思う。
「自分の言葉を使えばいいのに」
 排気煙を色濃く吐き出し、戦車部隊は国道を北へ向かって再出発した。小谷野大尉が私たちに砲塔上から敬礼した。私も南波も背筋を伸ばし、敬礼した。そもそも私たちの部隊は、攻撃目標を選定したり、不意に遭遇した敵を殲滅したりするだけで、友軍や上官にきっちりした敬礼をする機会も少なかった。訓練はもちろんするが、駐屯地や司令部に詰めている時間などほとんどないからだ。
「『武運長久』。カッコイイじゃないか」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介