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トモの世界

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「そう思う。だから、本当に必要な、相手に伝えようとする『考え』を選別し、送信しなければならないはずなんだ。それにはある程度の訓練が必要だと思う。だいたい、思ったことを正確に音声にして相手に伝えるのだって、立派なスキルだ」
 何度か右手を握ったり開いたり繰り返し、血流を促して、また私はグリップに手をそえた。何も、四六時中グリップを握る必要はないのだ。危機を感じて、即座に発砲できる体勢であればいい。もちろん、発砲する瞬間まで、トリガーに指などはかけない。
 南波も見るとグリップから手を離し、手のひらを広げたり閉じたりしている。お互い疲労はたまっている。できればここに座り込むか大の字になって休みたい。けれどこれは心の声だ。本音で願望だが、実際に行うことはしない。本音と建て前だ。
「たぶん、文字を書いたりするときに活動する脳の部位の反応を利用してるんだと思う。これは私の考えじゃなくて、武器科の連中が話していたことだけど。しゃべろうとしている部位が反応すると、思ったことがそのまま相手に伝わってしまう。だから、書こうと思う部位の反応を利用して、それを相手に言葉として伝える。大まかにそんな原理かもしれないって。だからおそらく、同盟軍の<THINK>は、そこの部分で動作を確認しているんじゃないかと思う」
「訓練をした上で?」
「そうだ。訓練をした上で。書くようにしゃべる」
「難しいんだな」
「だが、私たちが相手に意思を伝えようとすると、近くなら声を出す必要がある。これは戦闘中はリスクだな。敵にも聞こえる。遠隔地の友軍と話すなら、無線通話するしかない。CIDSは、囁くような声も拾って相手に伝えてくれるが、プレストークボタンを押すだのチャンネルはどうするだの、そうする手間はある。だいたい、装置が故障することだってある。手順が増えればリスクも増える」
「その点、奴らの<THINK>はその心配がない?」
「相当な技術的試行錯誤はあったんじゃないかと思う。そもそも電源は体温を利用しているって話だ。どういうモニタリングになっているのかもよくわからない」
「鹵獲した個体はいるんだろう? いくら何でも」
「捕虜から装置そのものは回収されているが、これがどういう手順なのか、システムそのものは見事に破壊されていて、研究ができないそうだ。おそらく、」
 敵の手に落ちると判断された瞬間、何らかの回路を兵士個人の判断で作動させ、肝心要の主要部を「自爆」させる機能も内蔵されているのだ。考えるだけで意思が伝達される装置だ。「考えるだけで自爆する」安全装置がついていてもなんの不思議もない。ただ、その誤作動によって、作戦行動中に機能が失われる事故も想定される故、私は彼らがその装置を戦場に投入するにあたり、相当な研究と実験が繰り返されてきたのだと想像する。そして、ある程度の犠牲もあったはずだ。兵器の実用化と進化には、犠牲がつきものだ。
「どの程度まで配備が進んでいるのかね」
 南波。
「少なくとも、『センターライト降下作戦』以降、こちらに来てから私たちが遭遇した部隊のほとんどは、会話らしい会話をしていなかった。だよな、」
「そうだな」
「通信傍受もできなかった。機械的無線機を使っていないんだ」
「そうらしいな」
「通常型の衛星通信や、航空機だとか戦闘車両どうしの通信は普通に傍受できたから、人間同士の会話にのみこれは使われているんだろう」
「そっちに転用した方がメリットはでかいと思うんだがな」
「エンコードやデコードの問題もあるんだろう。機械が考えるわけにも行かないのだろうし。通常の通信システムとは原理からしてまったく違うはずだ」
「そのわりに、俺たちのEMP攻撃で、連中のヘリも車両もみんな黙ってしまったな」
「人間にEMPは効かないが、機械には効くからな」
「おかげで今俺たちはここにいるわけだ」
 確かにそうだ。風連奪還戦で発電所を確保し、当初優勢だった戦闘が、敵の自走対空砲SDD-48の登場と友軍の航空戦力が壊滅したことにより、戦況はひっくり返ってしまった。本来であれば、私たちの五五派遣隊は、縫高町の港施設をさらに確保、敵部隊が占拠していた鉄道施設も解放する予定だったのだ。近接航空支援はあくまでも最終手段だった。
 奪還できなければ破壊せよ。
 それは最終オプションのはずだった。が、攻撃ヘリコプターは川に沈み、私たちが支援していた陸軍部隊のほとんども、SDD-48の三五ミリ機関砲の餌食にされ、EMP攻撃で沈黙した敵戦闘車両の目を盗んだ私たちがあの現廃墟元病院に逃げ込んだ。生き残りで少尉でもある南波は、「近接航空支援による目標すべての破壊」を決意した。EMPダメージから回復した敵部隊が息を吹き返し、私たちを殲滅すれば、結果的に発電所も再度奪還され、作戦は失敗に終わるところだった。結果、町は味方の爆弾で壊滅、港も木っ端微塵、建設されて半世紀近く、空沼川の要衝として物流を支えていたあの巨大な鉄橋も落としてしまった。再建には相当の時間と労力と金がかかる。
「入地、」
 不意に、やや緩んでいた南波の表情がふたたび引き締まった。
「私もわかる」
 遠方から振動が来る。足許から伝わるそれは、装軌車両が走行する振動だ。
 見ると南波はすでにCIDSを装着していた。
「脅威判定は、」
 私が訊く。訊くしかない立場がふがいない。
「情報の更新がない」
「この音は戦車だぞ。戦車と二人で交戦はごめんだ」
「俺も同感だ、」
 生身の兵士二人が自動小銃と拳銃だけで戦車に立ち向かうのは、もはや自殺そのものといっていい。足許から伝わる振動も、国道のカーブの向こうからすでに耳に届いてくるエンジン音も、明らかに戦闘車両、それも戦車の類なのは明白だった。
「一個中隊規模だな、これは」
 ぼそぼそと南波が言う。私たちはすでに路上からはずれ、国道の盛土に伏せていた。ずいぶん生長したフキが生えていて、鼻先で香った。蚊がぶんぶん飛び回っていて不快だった。
「南波、」
「とりあえず、森まで退くか」
「赤外線で補足されたらおしまいだ」
「ここにいてもな」
 それでも私は絶望など全く感じなかった。死の恐怖を医官たちによる「カウンセリングの名の下に行われる洗脳」である程度取り除かれているというのもあるが、しかし今の私は戦車の振動を感じて死ぬ気がしなかった。この、「〜気がしない」という感覚は重要だ。これこそ訓練と経験で鍛え上げ、作戦行動のサポートにできれば心強い。もちろん感覚で動いてはいけない。南波はどちらかというとその気があるが、感覚を頼りに行動するのだ。第六感の類では決してない。大仰な云い方、私たちは戦士であり、「戦士の勘」は職人たちが手触りだけで十分の一ミリ単位の加工をするように、経験と鍛錬で培われる裏付けのあるものなのだ。いずれこうした感覚も数値化され、同盟軍の<THINK>のように具現化されるのかもしれない。いくつもの要素を絡め合って、私は「死ぬ気がしなかった」。
 妙な強気とともに私が4716自動小銃を伏せ撃ちの体勢で構え、光学照準器で拡大された国道のカーブを覗いていると、隣にいる南波が安堵の息を漏らした。
「南波?」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介