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トモの世界

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 南波は保持した4716自動小銃の光学照準器になじめていない。おそらく、照準調整が微妙に自分の失ったものと異なっているからだ。私たちは供与された銃を自分に合わせて調律する。私たちの所属する第五五派遣隊は陸軍の中にあって特殊作戦を担う組織であるから、個人装備についてはある程度の自由度が与えられ、各個の自動小銃に取り付けることが許される軍事的アクセサリーの種類も一般部隊より多種多様で、射撃姿勢を保持するためのフォアグリップだったり、屋内戦用のフラッシュライトだったり、精密に調律した光学照準器は、持ち主の意向がと嗜好がより強く反映されているのだ。もちろん実戦的に。
「風連奪還戦まではいい感じだった」
「発電所も確保できたからな」
 縫高町から西に八キロ。敵部隊が侵攻後真っ先に確保したのが、風連の発電所だった。六〇万キロワットの発電機が二基。風連湖に面した設備は、高さ百メートル近い排気筒が目印で、遠くからもよく目立っていた。同じ第五五派遣隊のチームAと攻撃ヘリコプター隊の到着前、私たちは空軍による空爆から間髪を入れず輸送機から空挺降下し、まずは発電所の奪還を行った。奪還できない場合は、破壊せよ。そうした指令を受けていた。
「壊さずにすんでほっとしてるんだろう、大方」
 敵部隊はその主力を縫高町に差し向けていた。だから、私たちの隊が潜入したとき、かなり呆気なく敵は総崩れになった。もし手間取るようなら、戦闘爆撃機か支援戦闘機による発電所空爆を依頼しなければならなかった。そうしたら、私たちも施設ごと消し飛んでいた可能性が高いのだ。
 ただ、そこから、私たちのチームは筋書きが狂った。まず、私が敵の狙撃に遭い、大切なCIDSを破壊された。頭ごと破壊されなかったのは本当に幸運だった。そして私を援護しようとした南波が、別方向から対戦車ロケット弾を放たれ、しかしあわてて発砲したらしい弾は大きく目標をはずれ、炸裂、爆風でバランスを失った南波は、やはり大切な4716自動小銃を川に落としたのだ。それからは早かった。蓮見(はすみ)准尉ほか、チームメイトたちとははぐれた。彼女らが生きているのか死んでいるのか、CIDSの青マーカーは確認しないまま、とにかく私と南波は戦域を離れることを最優先に行動した。それがこのありさまなのだ。
「敵の声が、まるで聞こえなかったのが気味悪い」
 国道を歩きながら、南波が振り返る。
「それこそ、コミュニケーションに音声を使わないんだ。奴らは」
「北部空域には電子戦機が来てるはずだ。電子対抗手段(ECM)であんなもの使えないはずだろう」
 南波はかの同盟連邦軍が実用化したと言われている帝国側のコードネーム<THINK>、無音声伝達機構ともいうべき装置のことを言っている。考えるだけで相手に意思が伝わるという機械だ。親機が一人、あとは子機。アンテナはそれぞれの身体。通信範囲は半径最大五〇メートル。万一「親機」役の兵士が戦死しても、あらかじめ優先順位を指定した次の先任が「親機」となる。全員が親機としての機能を有しているが、さらに上位部隊や上官からの情報を受信・送信するのは、各ユニットで一名ずつに絞られ、情報の重複を避けるのだ。
 考えるだけで相手に意思が伝わる。耳が聞こえなくても相手の意思が自分に届く。ある程度、装備される肉体側にも〈加工〉が必要らしいが、簡単なものと私は聞いた。詳しい原理は、それこそ軍事機密のカーテンに仕切られて全くわからない。我が国も同じ技術の研究は進められているが、未だ実用化には至っていない。
「あれは、電子的な妨害……ECMにはかなり強いんだそうだよ。人間そのものにECMをかけても、『考えることを妨害』できないだろう?」
「より強力なECMをかければ、」
 南波は国道を歩きながら、CIDSは装着していない。肉眼での索敵と、露出した耳で音を聞く。人間の感覚は案外精密にできているのだ。
「そんな強力なECMをかけられたら、地上にいる私たちもフライになってしまう」
「そういうもんか」
「ためしに海軍のミサイル巡洋艦に乗って、作戦行動中に甲板へ出てみればいい」
「健康に悪いんだな、」
「電子調理器の中に入れられるようなものらしいよ。私は試す気にはならない」
「それにしても、思うだけで考えが相手に伝わるっていうのは、気持ちが悪いな」
「作戦中は便利なんじゃないのか。無線に頼る必要がないからな」
「遠隔地の友軍とは伝達できるのか、それって」
「中継局があれば問題ないらしい」
「中継局?」
 間に友軍兵士が一人でもいればいい。あるいは、五〇メートル以内にヘリコプターや戦闘車両がいてもいい。それで意思は次々に中継される。
「タイムラグってのはないのかね」
「反応速度は相当速いようだ。それぞれの個体との通信は、無線機そのものだから」
「本音と建て前はどうやって区別するんだ?」
「何?」
「たとえばだ、」
 南波は歩行速度をやや緩めた。
「よくあるじゃないか。姉さん、」
 砕けた口調で南波が言う。
「なんだ、」
「口では、『入地准尉は親切で優しいです、おまけに美人です』って言ったとするだろう。けれど人間は卑怯だから、胸の裡では『入地准尉は厳しく冷酷な人間です。美人かもしれないけどツンツンしてます』って考えてるとする。<THINK>ではどちらの情報が伝達されるんだ?」
「南波、私のことをそう考えていたのか」
「例え話だ、例え話」
「そのへんの原理も私は詳しくは知らないが、」
 前置きしてから、私も南波に並ぶようにして、歩く速度を緩めた。だが、二人揃って同じ方を向くことはしない。できるだけ、草食動物のように視界を広く、耳をそばだて、異変があれば肉食動物のように瞬時に牙を剥ける体勢を維持しなければならない。
「発声しようとする『考え』と、お前の言う『胸の裡にしまっておこう』とする『考え』は、脳で処理されて『出力』される直前で、選別されているらしいよ」
「どういうことだ?」
「『南波少尉は頼りがいのある上官だ』と私が考えたとして、同時に、『頼りがいはあるが何を考えてるかいまいちわからない軽薄な男だ』と考えたとする」
「そういうふうに思っていたのか」
「例え話だ、例え話。気にするな。……で、実際に音声化して相手に伝達しようとする言葉が『頼りがいのある上官』の方に決定したとする。すると、頭で処理された情報が、声帯を発振させて、音声にするわけだ。脳の中で『何をしゃべろうか』、きちんと選別されてるんだって」
「だから、いわゆる『心の声』は伝わらないってことか?」
「そこなんだけど」
 私は話しながら、4716自動小銃のグリップから右手を離した。グラブをはめてはいるが、さすがに五指が同じような形で緊張してしまい、痛みを感じていた。
「おそらく、これは私の推測だけれど、同盟軍の<THINK>を使用するに当たって、使い手は相当な訓練が必要なはずなんだ。それこそ、反射速度や伝達速度からすると、あんたの言うとおり、『考えるだけで考えが相手に伝わる』くらい、精度は高いはずなんだ。するとだ、」
「伝わらなくてもいい『考え』が伝わってしまう?」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介