トモの世界
「我々の帰還が困難になった場合、あるいは我々が全滅した場合、艦隊は目標を殲滅するため、全火力を投入する予定になっているんだ。……私の腕には生体マーカーが埋め込まれている。……あんたらも同じだろう。これのビーコンが消滅した時点で、艦隊はここに砲撃を開始する」
「あんた、谷井田少尉、艦砲射撃はもう要請したって言っていなかったか」
「私たちが安全圏まで離脱できたら開始する算段だった。だが、もともと、我々の部隊が行動不能になった場合、あるいは全滅した場合、……帰還が困難になったと判断された場合は、即座に砲撃が開始されることになっているんだ」
訊いた南波がうんざりした顔をした。
同じだったからだ。
私たち第五五派遣隊の作戦でも、任務が完遂できない場合、あるいは任務継続が困難になった場合は、陸軍砲兵部隊による砲撃か空軍に近接航空支援を要請し、「仕方なく」目標を破壊する。奪還できなければ破壊せよ。確保できなければ破壊せよ……。そういうことだった。いままで、私たちの部隊が戦闘能力を喪失したことを原因にした殲滅攻撃が実施された例はほとんどなかったが、そういうことだ、谷井田少尉が話したように、私たちの生体マーカーのビーコンが消滅した場合も、空軍は躊躇なく近接航空支援を実施する。そういう契約なのだ。
「谷井田少尉、もし墜落して、あんたがもし死んでたらだ、その腕切り離して俺が持って行くよ。マーカーごとだ。腕にレーションでも食わせれば、細胞もしばらくは生きているだろう。俺たちが安全圏まで脱出するまで」
「たちの悪い冗談だな……さっきの仕返しか」
言って、谷井田少尉は笑わない目を私に向けた。私も笑わず、じっと彼の目を見返した。
彼は視線を私から逸らすことはしなかった。対抗心か、それとも別の感情だろうか。味方に向ける視線とは思えなかった。
「酔いそうだな」
南波が苦笑混じりに呟く。機体は左右はおろか上下にも激しく揺れていた。パイロットとフライトコンピューターは機体を制御できているのかどうか疑わざるを得ない、はなはだあやしいほどの動きだった。
「艦隊はどこまで来ているんだ」
南波が訊ねる。
「沖合、二〇キロ」
「近いな」
「戦艦の主砲の射程だ。重巡洋艦も来てる」
「島を耕しにか?」
「目標を殲滅するためだ」
「結果的に地形は変わるだろう?」
「何が言いたい」
「艦砲射撃をくわえる口実が欲しかったのか? あんたらは」
「なに?」
「先に手出しはできないから、俺たちをばらまいた。陸軍も同意した。幕僚監部の連中は敵の罠に引っかかったふりをした。どこからが罠なのかもうよくわからんが、だいたい『パイロットの保養施設を襲撃し、敵パイロットを殺害する』なんてのは、回りくどくて気乗りのしない任務だったし、取って付けたような気がした。そうか、そういうことだったんだな」
「そういうこと?」
谷井田少尉は両足を床で踏ん張っていた。南波は彼に身を乗り出す。揺れる機体で身体をなんとか保持しながら。4726自動小銃が揺れる。
「俺たちやあんたらが出張れば、とうぜん、連中はあの<THINK>を装備した部隊を送り込んでくる。<THINKER>か。連中は俺たち帝国の特殊作戦部隊に対抗するための部隊だからだ。そうだよな?」
「……」
「だが奴らは手強い。……そして、奴らは最低でも中隊規模で動く……機甲部隊もくっついて。バックアップが万全なのは、俺たちよりも連中……<THINKER>のほうが、単価が高いからだろう」
確かに風連奪還戦ではそうだった。モジュラー装甲を取り外し身軽になったSDD-48や歩兵戦闘車が 森の中で待ち伏せしていた。巧妙にカムフラージュを施して。早期警戒管制機(AWACS)や八九式支援戦闘機の目をごまかし、衛星を欺き、私たちを待っていた。
「なんで艦砲射撃なんだ。ご自慢の艦載機で精密誘導爆弾を使えばいい。空母機動部隊には、空軍に頼らず第一撃をかませられるような艦載機もいるだろうよ」
「より効果的なのは戦艦の主砲による艦砲射撃だ」
「どうしても地形を変えたいのか」
「……南波少尉。ここで私たちは、四個中隊を失っているんだ」
CIDSのバイザーを上げ、左右に揺れる機内で、谷井田少尉は低く、だがしっかり通る声でそう言った。
「なんだって……?」
「あんたら陸軍が、内陸の風連や敷花で凄まじい犠牲を払ったことは私も知っている。敷花防衛戦が壮絶な結果になったことも」
嶋田准尉の顔がよぎる。が、表情が思い出せない。瞬間的に蓮見の顔とオーバーラップした。誰もいない部屋。私の部屋。嶋田准尉の部屋。敷花防衛戦で戦死した彼女。
「風連の発電所奪還戦で、あんたらが奮闘したのも聞き及んでいる」
「そいつは嬉しいね」
「だが、メタンハイドレートの洋上基地を空軍が吹き飛ばしたとき、我が艦隊も近傍にいた。機動部隊もだ。艦隊は洋上で、敵の北氷洋艦隊を迎え撃っていた」
「艦隊同士で?」
「そうだ。……その後、私たちが海岸伝いにここまで来た」
「ここに何があるっていうんだ。軍事目標なんてありはしないぜ」
「地表にはな」
「どういうことだ?」
「海岸線からはわからんが、このあたりの内陸に、同盟の核融合プラントの建設が予定されていた」
「ここに?」
「そうだ。ボーリングも行われていたし、実験炉の設置準備工事に入っていた」
「そんな情報、俺は知らないぜ」
言いながら南波は私を見た。私も知らない。首を振った。
「当初脅威にはならないと思われていたが、プラントの警備を行っていたのが、あんたらのいう〈THINKER〉さ。警備がいるとも気がつかなかった」
「この近くなのか」
「俺たちを嵌めてくれた同盟の保養施設から半日も歩けば、もっと立派な村が作られてるさ。本当に人が住んでる。プラントの建設作業要員とその家族、そして警備隊」
「行ってきたのか」
「だから、四個中隊が全滅したんだ。……今回はその報復だ」
「谷井田少尉、」
私が言葉を挟む。
「海軍は、それを分かって?」
「最初から、全滅させるつもりでいた。艦隊の総火力で」
私は嘆息した。
陸軍は勢子役を買って出たわけか。たった四人のチームで。
「俺たちは、この作戦に他にもチームを送っている。よそも同じってことなのか」
「他は知らない。ここはそういう場所だった。俺はほかの作戦については知らされていない」
「そうか、」
南波が言葉を句切り、シートに座り直そうとした瞬間、機体後部で激しい爆発があり、一瞬私は耳が聞こえなくなった。ヘッドセットのフィルタリング機能を上回る爆発音。機内全体に警報が響く。煙が後部から吹き出し、一瞬にして機内の視界がゼロになる。
「ドア開けろ、キャビン内で火災だ!!」
誰かが怒鳴っている。
「撃たれる」
「見えないよりましだ、早くしろ!」
誰かがドアを開けた。一瞬で視界がクリアになる。
「う」
すぐ横でドアガンを構えていた射手が呻いて倒れた。血しぶきが煙のように散った。胸に大穴。即死だ。破片か、砲弾の直撃か。いや、三五ミリの直撃なら、人体など跡形もなくなる。
「誰か、ドアガンを」
また誰かが叫んでいる。