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トモの世界

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 光学照準器を覗く。距離はざっと五〇〇メートルだ。かなり遠い。この銃の零点規正(ゼロ・イン)は基本、四〇〇メートルで行っているから、さらに一〇〇メートルも遠方だと弾頭はかなりお辞儀してしまう。レティクルで敵の姿をとらえたが、照準はそのさらに上気味に。こんな遠距離射撃は通常行わない。だが、当たる気がした。銃は、射手の精神状態にかなり命中精度が左右される。当たる気がするかしないかは重要な要素だった。
 人差し指の腹に引き金を感じさせる。引き金の遊びの部分ぎりぎりまで絞り込み、シアが落ちる寸前で瞬間的に指の動きを固定する。あとわずか、意識するだけで弾丸は発射される。
 光学照準器の視界からブレが消える。私の身体がしっかりと安定した証拠だった。銃と私の身体が一体化している。
 シアを落とす。反動。マズルフラッシュ。空薬莢が飛ぶ。反動で照準が乱れる。その反動の戻りを利用して、敵を照準しなおす。だから照準器を覗いていない左目も開いている必要がある。
 照準器の中で、遠く血しぶきが飛ぶのが見えた。
 命中だ。
 音は聞こえなかったが、彼……あるいは彼女の骨を打ち砕く感触が五〇〇メートルの距離を隔てて感じられるような気がした。誰にも言えないが、それは凄まじい快感だ。会館は静かな興奮を全身にめぐる血に混ぜ込む。私は次の目標に照準を合わせる。ボルトアクションと違い、この銃は速射性に優れる。もっとも、反動が収るまでのわずかな時間は仕方がない。二脚があれば固定も容易だったのだがそれも今はない。左手の手のひらに銃を載せるイメージで、構える。銃床は肩胛骨あたりの骨格で支える。この姿勢で私は全身が銃と一体化する。祖父に教わった撃ち方だ。口をわずかに開いて、息を吐きながら。
「入地准尉、」
 南波の声だが無視する。
 CIDSがイメージングした、実映像とエコーロケーションの合成画。一名を失った動揺が見て取れた。私の上空を過ぎる銃弾の数が増えた。
 クロスヘア。やや上。もうちょっと上。
 残念だけれど、もう見えているよ。
 引き金に指を当てる。そして撃つ。
 照準器が一瞬、マズルフラッシュでホワイトアウト。が、すぐに飛翔する弾頭が見える。
 照準器の向こうで、敵兵士のライフルが宙に舞った。ヘッド・ショット。人間の脳はシカのそれと比べて容積が大きい分、容器(・・)も大きい。はっきり言って狙いやすい。両目の間に命中した。即死だろう。シカを撃つなら即死はさせない。心臓を最後まで動かし続け、血を抜かなければならない。だが、手負いにはしない。余計な苦痛を与えてはいけないからだ。獲物に対する礼儀であり、なにより肉がまずくなるからだと祖父が言った。
「二人目、」
「本当か!」
 南波の声が耳を打つ。
「行きな、『バス』が来るんだろう」
「姉さん、あんたも行くぜ」
「あとから行くよ」
 三人目。銃をわずかに右に振る。一階部分が潰れた民家の影にいる。ライフルをこちらに向けている。おそらく私に気づいている。だが、私は茂みに紛れ、伏せている。タクティカルスーツの迷彩が周囲のパターンを取り込み、私の姿は熟練した狙撃兵並みに目立たない。逡巡するまもなく、三発目を叩き込む。
 はずれた。
 空気がやや揺らいでいる。火災の熱だ。揺らぎの中で、ポジションを換えようと身体を起こした私の獲物。
 間髪を入れず第二弾。ボルトアクションではこうはいかない。この銃は精度が高い。個体によっては、そのまま選抜射手(マークスマン)による狙撃に用いられるほどだ。さすがに狙撃専門の連中はそれ専用のライフルを使う。もっと図太い銃身がしっかりフレームから浮いているタイプだ。
 発砲した弾頭が照準器の中に見える。
 当たる。
 血が散る。
 三人目。
 このへんか。引き潮だ。
 エコーロケーション合成画の中で、敵兵士たちが集結しつつあるのが見えた。私に気づいている。闇雲でもここめがけて掃射されれば私などひとたまりもない。
 私は低い姿勢のまま、……鼻先に身体の重心点を持って行き、自分の体重を利用して機動する。銃弾が追いかけてくる。当たらない、当たらない。なぜかそんな気がした。
「姉さん、」
 南波の声。
「何笑ってるんだ」
 笑っている?
 私が?
 笹藪に潜り込むようにして、私は駆ける。
 曇天に爆音が聞こえる。
 『バス』か?
 九六式装甲輸送機は高空は飛ばないと聞く。艦隊から出発した艦上戦闘機か。来るとすれば海軍の主力の七四式艦上戦闘機だろう。八九式支援戦闘機のように、小柄でパワフルなエンジンを備えた双発気だ。すると海軍版の近接航空支援でも実施するか。それとも、これから始まるかもしれない盛大な艦砲射撃の露払いか。
「姉さん、」
 鋭く南波が私を呼ぶ。丘陵は下り斜面。鉛色の水平線が見えた。
 椛武戸……荒涼とした海岸線の風景。
 墓標のような樹木。
 一面の笹。
 鉛色の海はしかしまだ距離がある。
 第七二標準化群の六人と、私のチームの三人が、斜面の中途にいた。そこならおそらく、集落からは死角になっていて見えない。迫撃砲でも撃ち込まれなければ、当分は安心だ。
「入地准尉」
 聞き慣れない声は、海軍の谷井田少尉だ。
「『バス』が来る。置いていって欲しいのか」
「今行く……姿勢を低くしていて下さい」
「今度は私たちを狙うか?」
「なんですって?」
「冗談だ。まもなく『バス』が来る。……艦砲射撃の要請を行った。このあたりは消えてなくなるぞ」
 何笑っているんだ。
 危うく私は声に出して言うところだった。
 本当に谷井田少尉を照準に入れてやろうか、ちょっと脅してやろうか、なぜかそう思った。
 おそらく私の精神状態は凄まじくハイになっていた。ようするに、まともではなかったのだ。
 爆音に首をひねると、波間を蹴立てるようにして超低空で進んでくる海軍九六式装甲輸送機の姿が見えた。本当にバスのような胴体の四隅にスタブウィングが設けられていて、その先端に、樽のようなターボファンエンジンが四基。コクピットはサイドバイサイド型式で、見た目はまるっきり本当に空飛ぶバスだ。機体上部に防弾板で守られた銃座があり、機体両サイドにはドアガン。
「なんともまぁ」
 南波が海を向いている。
 不格好な飛行機だ。
 たぶんそう言いたかったのだ。
 私はまだもやもやと熱気を漂わせる銃をローレディにして、チームに近づく。
 轟音が曇天に響いている。
 第一ステージ終了。
 そんな気がした。
 すぐに、第二ステージが始まる。
 その前に、ここを去らなければならない。
 『バス』が来る。
 蓮見は茂みに座り込んでいた。
 桐生が銃を構えて警戒していた。
 私はやや早足で、腰を落として近づく。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介