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トモの世界

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 私が祖父とユーリと森に入ったとき、無線機すら使わなかった。祖父とユーリは口笛のような音と身振りで獲物を追いつめた。本当は祖父は猟犬に獲物を追わせたかったと私に言ったことがある。しかし、祖父は新たに猟犬を育てることに躊躇していた。自分の命が尽きるのと、猟犬の命が尽きる、その時間を天秤にかけたのだと思う。
 短い距離を小刻みに走った。
 集落から抜ける。笹や背の高い野草が茂る丘陵が広がる。強い風が吹くのだろう、生える木は皆背が低く、時折のっぽな針葉樹は傾いて立っている。茂みは背が高いとはいっても腰までは届かず、身を潜めても首から上がはみ出てしまう。伏せてしまえば完全に隠れるが、そうすると身動きが取れなくなる。匍匐して進めばいいかもしれないが、私たちは敵を追いつめているのではなく、……敗走しているのだ。
 茂みに頭から飛び込むようにして転がり、私は両足を広げ、両肘を立てて銃を保持し、伏せ撃ちの姿勢を取った。すぐに移動するが、膝撃ちでは目立ちすぎた。
 すでに集落を抜け、その距離は五百メートル少々、森まではもう二キロほどの距離があった。五〇口径の対物(アンチマテリアル)ライフルでならここまで弾丸を飛ばすこともできるだろうが、もし彼らが森からまだ出ていないのであれば、射程外に逃れたことになる。だが安心はできない。銃以外の重火器の類があれば話が別だ。だから私は伏せ撃ちの姿勢で警戒する。
「蓮見、大丈夫か」
 先行して待機していた南波がすり寄るようにして蓮見に近づく。
「けっこう痛い」
「見せてみろ」
 うねるような地形の茂みの中腹に、72S部隊の姿が見えた。私たちのタクティカルスーツ、ベストと似た装備だが、こちらはほとんど黒に近い緑色が基調で、彼らは紺色基調の迷彩を纏っていた。
「南波少尉、」
 蓮見の足の具合を診る南波に、中腰姿勢のままで紺色の一人が近寄る。
「そちらは全員無事か」
「このチビっ子が負傷したのを除けばな」
 南波の言葉に、普段なら言い返すはずの蓮見がおとなしい。蓮見の顔色ははっきりと青白かった。体温を奪われているのか、出血がひどいのか、あるいはその両方か。ショック状態に陥っている様子だった。
「こちらは二名戦死。……二名負傷、無事なのは四名だ」
「二人やられた?」
「あんたに手を振ってた奴ともう一人さ。家の中にいたからな」
 72Sリーダーが持つ4726自動小銃の銃身部分から煙が出ていた。かなり激しく撃ったあとだ。私の銃の被筒(ハンドガード)からもうっすらと煙が上がっていた。
「これで済むと思うか」
 72Sリーダーは谷(や)井田(いた)と名乗った。谷井田少尉。
「済まないだろう。こいつの足の具合を見たら、すぐに移動しよう」
 <THINKER>があの場にとどまっているはずはないと考えている。私も同感だった。あの集落は私たちのために用意され、彼らは私たちのために現れた。逃がしてくれるはずがないと思った。
「そいつは、」
 谷井田少尉がCIDSを上げて蓮見を見下ろす。「大丈夫なのか」
「見かけより強い子だ。大丈夫さ。そうだろう?」
 顔をしかめ、止血処理を受けている蓮見が、連邦合衆国兵士のように親指を立ててみせた。
「このとおりさ」
「そっちの、」
 顎をしゃくるようにして私を指す。「そっちの姉さんは」
「あいつもああ見えて元猟師だからな」
「南波、違うって」
「聴いてのとおりだ。陸軍第五五派遣隊北洋州分遣隊チームDはオール・グリーンてことだ」
 南波の口調に、おどけたような様子はみじんもなかった。南波はおそらくこの谷井田少尉が気に入らないのだ。海軍風を吹かせやがって。おとなしくお船に乗っていやがれ。そんなところだろう。同盟軍の<THINK>が私たちの側に配備されていなくてよかった。こうした心の声の処理を、彼らはどうしているのか。今が戦役の時代でなければ、私は彼らに訊いてみたかった。個人的な興味として。思ったことが相手に伝わる、以心伝心が具現化された機械の使い心地を、私も試してみたかった。おそらくそれほど楽しい機械ではないのだろうが。
「『バス』は一〇分程度で到着する。ここは場所が悪い。着陸しづらいだろう。もう少し海岸線まで近づきたい」
「賛成だな」
 私は銃から弾倉を一度抜いた。まだ、五発残っている。……撃った数を勘定していたつもりだったが、訓練とは違う。なかなか思ったようにはいかない。もう一度装填し、構え、照準器に視線を戻す。
 途端に、私の二メートルほど前方の土が弾け、笹の葉が散った。
「伏せろ」
 チーム全員が即座に反応する。
「もう来たか」
 蓮見の声が力ない。
「重機関銃(キャリバー50)でも持ってくればよかったな」
 私の左手一、五メートルほどに桐生。
「誰が持つんだ」
 南波。
「俺以外の誰かさ」
「分隊支援火器(SAW)でいいから携行すべきだったな」
「誰が持つんだ」
「俺以外の誰かさ」
 海軍も陸軍の情報部も、同盟軍の<THINKER>が来ることを予見していたに違いない。
「後退、下がれ下がれ」
 谷井田少尉の声だ。ヘッドセットからではなく、私に耳に外から聞こえる。
「向こうは負傷者抱えて大変だ」
 南波が毒づく。こっちもな。言ってやろうと思ったが、蓮見の青い顔を見てやめた。
「蓮見、死ぬなよ」
「この程度で?」
「安心した。いつもどおりだな。拳銃は俺によこせ。自決用じゃないんだからな」
「わかってる」
「安心した……走れるか、姉さん、援護頼む」
「了解」
 微かに爆音が聞こえる。曇天のどこかから。
 弾着。土が弾ける。
 私の耳のすぐ横を銃弾が掠めた。七.六二ミリ弾は通過するだけで凄まじい音がする。空気が裂ける甲高い音。嫌な音だ。
 光学照準器を覗く。マズルフラッシュは見えないが、奴らはすでにあの集落に展開している。集落からこちらは開けた草原(くさはら)だ。いくら音を出さない部隊とはいえ、透明になれるはずもない。光学的にいくら迷彩を施したところで、CIDSのエコーロケーション機能を拡張すれば、無意味だ……と、私はそこまで思い至り、即座にCIDSの表示モードにエコーロケーション画像をミックスさせた。
 超音波は直進性が強いが、障害物に弱い。その性質を利用して、エコーロケーションを行う。CIDS程度の規模では、せいぜい学校の体育館ほどの広さでしか有効ではないと考えられてきたが、ここまで開けた場所にあって、はたして本当に使えないかどうか、試してみようと思った。出力を最大にして表示させた。コウモリはどうだ? あの身体の大きさで、飛行しながらエコーロケーション機能を使っている。
 見えた(・・・)。
 燃える建物と、二階部分が吹き飛んだ農家風の建物の影に、反応があった。
 考えるよりも早く、私は用心金(トリガーガード)の外に伸ばしていた人差し指を引き金に載せた。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介