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トモの世界

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 蓮見が駆けながら叫ぶ。
「森の中へ逃げ込むわけにはいかないぞ、命の保証はできないな」
 そのとおりだ。遮蔽物だらけの地形は、私たちにとっても敵部隊にとっても、格好の場所なのだ。逃げ込んでそのまま潜むならいい。近寄ってきた相手を一人ずつ始末してもいい。しかし、現時点で私たちはゲリラ戦を展開するわけにはいかなかった。敵はそもそも森の中から撃ってきている。
 炎上する住居……に見せかけた壮大な仕掛け罠……を利用して敵の火線をくぐり抜けているが、身体の周囲をしきりに弾丸が空気を切り裂いている。
「オールステーション」
 南波だ。
「誰か、敵の姿を見たか」
「見ていない」
 桐生が即答した。
「私も見ていない」
 私も答える。振り返ると、蓮見はついてきているが、足取りがおかしかった。
「……蓮見、ちょっと待て」
 私が蓮見を呼びとめようとした瞬間に、閃光、そして衝撃波が襲ってきた。さほど近くはなかったが、建物のひとつが派手に爆散したのだ。窓枠、外壁、屋根材、様々なものが降ってくる。身体を丸くして伏せる。
「蓮見……足をやられたのか」
 私は匍匐するようにして蓮見に近づいた。蓮見も私も4726小銃を構えているが、敵の姿は見えなかった。撃ち返しても弾の無駄。見えない敵は撃てない。伏せるしかない。
「姉さん、私は……大丈夫」
 蓮見の左の腿のタクティカルスーツの生地がかぎ裂きになっていた。
「直撃してない」
 傷自体はさほど深くはないようにも見えたが、確認するにはスーツを脱がすかさらに裂くしかない。そしてそれは今はできない。海軍の九六式装甲輸送機(バス)が到着すれば、その中で応急処置をするのだ。それまで、蓮見には我慢を強いるしかない。
「蓮見、走れるか」
「大丈夫」
「よし、ここに残っても死ぬぞ。行こう」
 十数メートル前方で、姿勢を低くし、桐生が後方、南波が前方を警戒しながら待機している。分隊支援火器があればと思ったが、前線でないものねだりは禁止だ。
「オールステーション、無事か。返事は聞かない。行くぞ」
 南波。
「行こう」
 私。蓮見に対しても。
 姿勢を上げられない。銃弾が飛び交う。空気が切り裂かれる鋭い音。いつ聞いても嫌な音だ。
「森からだ」
 桐生が言う。
「わかってる。……物音もしない。嫌な奴らと再会ってことだな」
 南波が憎々しげに言う。
 発電所と、空沼川が蘇る。
 上半身を吹き飛ばされた野井上。
 声を出さない兵士たち。
 視線を感じると、蓮見の目がそこにあった。
「<THINKER>?」
「行くぞ、蓮見」
 風連発電所奪還作戦。
 結局、私たちは発電所の奪還には成功した。巨大な発電機に封印の呪文をかけ、「読み聞かせ」なしには友軍部隊ですら再起動できない状態にし、そして縫高町まで撤退した。なんとか撤退できたのは、私と南波の二人だけだったが。
「蓮見、お前、風連奪還戦で奴らを見たのか」
 蓮見の軸足は左だ。駆けだそうとして、顔をしかめた。スーツの腿が赤黒く光っているのは、出血だ。あふれるほど流れていないことにやや安堵するが、放置すれば悪化するのは目に見えていた。
「はっきりは見ていないよ。ただ……いまと同じで、森の中から撃たれた。銃声以外に気配も何もしなかったんだ。いまと同じ」
 屈んだ蓮見の腕を、私は二度、強く叩いた。蓮見はもう一度私の目を見て、バイザーと一体化したCIDSを下ろす。
「72Sリーダーから55EXデルタリーダー」
「デルタリーダー」
「『バス』が応答した。到着まで二十分」
「了解だ……」
「二十分!?」
 桐生の声。うんざりした声音。
「とりあえず、」
 南波。
「海軍の連中と合流しよう。俺たちだけでは、ダメだ……走るぞ。姉さんと蓮見は、後だ。照準しなくていい。適当に撃て」
「分かった。蓮見、頼む」
「よし、姉さん、行くぞ。桐生、」
「大丈夫だ」
 チームD、四名。とりあえず健在。
 燃えさかる建物と、その残骸。ただのモデルハウスで、大仕掛けの罠。
 罠?
 駆けだした南波、桐生の背中を横目にして、私は森に向かって、それでも四倍率の光学照準器を覗いて……サイティングしないで銃を撃つのは、どうもやはり私の性分に合わないのだ……撃った。反動が肩に響く。予備弾倉はまだ残っている。撃つ。短く。蓮見も続く。なんとか彼女も走れる。痛みをコントロールしている。痛みを感じないよりはいい。怪我をしても死ぬまで気がつかないからだ。だから私たちは、結局戦場でも痛みからは解放されないでいる。闘いにおける重要な要素だからだ。痛みを感じない兵士がいたら、すぐに死ぬ。痛みを感じないよう、戦闘をできるだけ回避しようと努力しなくなるからだ。
 痛くないように。
 痛みを感じないように。
 そうした作戦をとる。
 周りはもうCIDSの補正なしに十分明るかったが、視程は悪かった。全体的に海霧がたなびいており、空はぶ厚い雲に覆われて、太陽がどこにあるのか、一見しても分からなかった。
 肌寒い。
 気温が上がらない。
 スーツの機能を失った蓮見にはつらいかもしれない。流血していることも、寒さの原因になる。どこまで行っても苦痛ばかりだ。しかし、この場で苦痛から避けようとすれば、敵の銃弾に倒れるのがもっとも手っ取り早い手段であり、そしてそれはもっとも禁忌されるべき行為だった。私たちがこの先さらに生きていくには、しばらくは苦痛を感じ続けるしかないのだろう。
 撃つ。
 空薬莢が視線の端で舞う。
 膝撃ちの姿勢で撃つ。
「蓮見、先に行け。今のお前ではバックアップにならない」
「姉さん、ごめん」
 短くうめき、蓮見が駆けた。
 草原。木。燃える家。その置くに蒼く黒い森。
 光学照準器の中には、弱い風に揺れる森の木々しか見えない。それでも私は敵に照準されている。弾が飛ぶ。空気を切り裂く音がする。CIDSのヘッドセットは、この音まではフィルタリングしないようだ。そう、危険信号だから。爆音と違い、銃弾が空気を切り裂く音は、狙われていることの証左だから。
 マズルフラッシュでも見えないかと素早く銃を振り、照準器で探るが、見えない。
 銃声もほとんど聞こえず、マズルフラッシュも見えないとすると、どこかの暗殺部隊並みに減音器(サプレッサー)を装備しているのだろう。銃声を轟かせないためというよりは、発射点を分からなくさせるためだ。銃弾自体は音速の三倍近い初速を持つので、衝撃波までは消せない。結構な音はするのだ。しかし、音がした頃には銃弾は通過しているか、命中している。音より速いものは光であり、減音器はマズルフラッシュを消す効果もある。彼ら<THINK>を装備した<THINKER>はそれを狙っているのだろう。音もなく近寄り、気づいたときには獲物は息の根を止められている。戦闘というより、ハンティング……猟に近い。
 私は短く走り、立ち止まって膝撃ちの姿勢から数発撃ち、そして走るという動作を繰り返した。蓮見も時々同じようにして撃った。だが少なくとも私はまったく手応えを感じなかった。
 次第に私の中に、怒りに似た感情が湧いていた。
 彼らは私たちを狩ろうとしている。
 文明の利器を最大限に利用して。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介