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トモの世界

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 南波は言うが、声音も表情も言葉どおりには感じない。困っている様子には見えなかった。
 次の瞬間、爆音が響き渡る。音そのものはCIDSが遮断したが、地面伝いの振動と、空気を伝わる衝撃波が私たちを襲う。
 炎が上がっていた。
 一ブロックほど離れた場所だ。
 第七二標準化群のチームがいるはずの場所。
 飛び込んだ家がやられたか。
 家ごと。
「まずったな……」
 南波が同じ言葉を、さして困った様子もなく言う。
「とりあえず、出るしかない。ここにいても死ぬ」
「外は、でも」
 蓮見。
「また敵の立場に立ってみろ。俺たちの四方を囲むはずがないだろう。簡単に同士討ち(フレンドリーファイア)だ」
「抜け道があるって?」
「この状況からして敵の大部隊の待ち伏せには思えない。ヘリも飛んでこなければ、重火器類の攻撃もない。おそらく敵の勢力は……俺たちと似たようなレベル、そんな気がする」
「根拠は?」
「蓮見、勘だよ。俺の。歴戦の勇者である俺の勘だよ。頼りになるだろうが」
 南波は銃を構えることもなく、しかし足音を殺すように、歩く。できるだけ遮蔽物が自分の身を隠すように。窓から離れて。私たちも続く。蓮見は傍目に分かるほどにおびえていた。が、南波は平然としていた。縫高町で4716自動小銃を失ってなお平然としていた彼の横顔を思い出す。だから私は気分が楽になるのだ。帰れるような気がするからだ。南波がいれば。
「オールステーション、」
 各局。南波が呼びかける。
「建物から出たら、全速力だ。あの広場を突っ切る」
「えっ」
「蓮見、あっちのほうが絶対に安全だ。死にたくなければ、ついてこい。いいな」
「了解」
 瞬間、南波は駆けだした。リビングの窓を体当たりで破る。桐生が続き、私も続き、蓮見が続く。撃たれている。敵の銃声はフィルタリングされて耳を聾するほどではなかったが、弾着に遅れて敵が発砲しているのはわかる。CIDSのフィルタリング機能がそうなっているからだ。銃声や砲声そのものを消し去るのは危険すぎるのだ。痛いと分からないければ、怪我をしたことに気付かず、そのまま手遅れになるのと同じ。そして敵の銃弾が激しく掠める音が聞こえる。嫌な音だ。南波が低い姿勢のまま走る。
「できるだけ離れろ、ただし離れすぎるなよ」
「南波、どこまで?」
 南波は答えず、全速力で行く。南波のダッシュは速い。私たちもついていく。全員の肉体的スペックは、出来るかぎり均等になるよう微調整されている。それぞれの機能が大差ないようなチーム組になっているのだ。いちばん小柄な蓮見も、走るのは速いし、筋力も基準レベルには達しているのだ。
 南波は黒煙を上げて燃える住宅風の建物へ駆けている。
 そう言うことか。
「燃えちまえば、センサーなんて関係ないからな」
 私は、南波と桐生の背を追う。
 もちろん、CIDSのサブ窓は、後方警戒モードに切り替えて。
 蓮見が、ついてきている。
 とんだ感情移入だった。この村に住人などいなかった。
 夜は明けていた。
 もう夢を見るような時間ではない。
 走る。
 銃弾が、追いかけてくる。

 不意に耳許で肉声が弾けた。
「72Sリーダーからオールステーション」
 第七二標準化群指揮官からの声だ。無線通話が完全にオープンになっている。
「作戦は失敗した。ここから脱出する。オールステーション、施設北端の屋根へ集まれ 」
 南波と比べると、ややうわずったような甲高い声だが、慌てている様子はない。
「聞こえたか」
 走りながら、振り返りもせず、南波が言う。彼の声もすでに肉声だ。
「共同作戦ってことでいいのか」
 私が問い返す。
「そのとおりだ。撤退も合同だ」
「失敗した?」
 蓮見の声。
「成功したように見えないからな」
 私たちは中腰のような姿勢……できるだけ前面投影面積を小さくしたスタイル……で駆けていた。建物に接近することはできなかった。ここは敵……北方会議同盟軍の仕掛けた大がかりな罠だ。建物すべてが仕掛けられた罠なのだ。猟と同じだ。獲物はみな殺される。走りながら、集落全体が地雷原である可能性に思い至ったが、施設へ接近する際の脅威判定に地雷の要素がなかったことを思い出す。だいたいこれだけ走りまわって無事である点で、その可能性は否定できるだろう。ただセンサーが目覚めていないだけかもしれないし、すでに目覚めたセンサーを、たまたま幸運にも私たちが踏んでいないだけかもしれない。しかし標準的な地雷ならば、やはりCIDSが警告を発するはずだ。地雷原としての規則性、衛星や早期警戒管制機のレーダー、センサー類は、対人地雷のごとき土壌表面にさっと埋めてあるような物体を、そうそう見逃すことはないのだ。金属製か樹脂製かなどは問題外で。どのようなアルゴリズムで発見しているのかはよくわからないが。
「第七二標準化群(72S)リーダーから第五五派遣隊(55EX)チームD(デルタ)リーダーへ」
「こちらデルタリーダー」
 72Sリーダーからの呼びかけに、南波が応答。
「『バス』を呼ぶ。現在位置は?」
「すまない、立ち止まれない。そちらの位置は見えている。そのまま誘導して欲しい」
「了解」
 CIDSの視界には、私たちと同じようにジグザグに走っている72S部隊の姿が見える。ただし、動きが非常に鈍い。走っているようだが、八名全員が無事ではないのだろう。先ほど爆発した家屋にいたのは何名か。無事に機動しているのは三、四名程度に見えた。
「『バス』って」
 蓮見が訊くが、息が上がっていた。
「海軍の九六式装甲輸送機だよ。……蓮見大丈夫か」
「なにが、」
「お前のパーソナルデータがおかしいぞ、」
「……被弾した」
「どこに!?」
「バックパックに当たった。スーツの制御ボックスが粉々になっちゃった」
「循環は?」
 今回の作戦で着用しているスーツは体温を逃さない。従って赤外線を放出しない。そのかわり、内部の熱もそのままたまり続けることになる。そうすると、タクティカルスーツがそのままサウナスーツになってしまう。人間の体温が上昇すれば汗をかき、気化熱で冷却するが、その気化熱を使用できない以上、タクティカルスーツそのものに冷却機能を持たせていた。動力源は私たちの体温だ。薄い皮膜状の層に、私たちの身体から放出される水分を吸着させ、それが循環する。制御装置は、スーツと接続されるバックパック下部についているが、蓮見のそれに被弾したようだ。
「もうスーツの機能がおかしい……寒い」
「寒い?」
「過冷却っぽい」
 サーモスタットが故障すれば、そのまま内部に熱が溜まる一方だが、どこかの回路も一緒にやられたのだろう。あるいは、スーツの全機能が喪失して、……外気温の影響をもろに受けているのかもしれない。私たちはさほど厚着をしていない。むしろ、気候から見ればおそろしい薄着といえた。それはこのスーツの性能を受けてのことだ。北緯五〇度を越えたこのあたりは、初夏とはいえ昼間でも最高気温は二〇度に届かない。
「お前本体に負傷はしていないんだな」
「大丈夫、たぶん……」
「嘘をつけ。血が出てるぞ。弾がかすったか。海軍がピックアップに来る。できるだけ海側へ走れ」
「海岸線って、視界が開けすぎてる」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介