トモの世界
「二階も?」
「誰もいない。熱源も反応しない」
「そんなバカな」
「反応はあったよな」
桐生が蓮見を向く。
「あった」
「俺もだ。確認してる」
南波。
そうだ。行動開始前、各戸の屋内に、ゆっくりと動く熱源は確かにあったし、煙突から煙はたなびき、各戸の窓からは明りが漏れていた。
「行こう、」
行きがけに南波が思いっきり食卓イスを蹴り飛ばし、建物を出る。椅子はシステムキッチンのカウンターにぶち当たったが、壊れはしなかった。
外はかなりの明るさになっていたが、相変わらずぶ厚く雲が垂れ込めていた。朝と呼べる時間帯になっていた。
建物の外に出ると、数軒隣に第七二標準化群の隊員の姿が見えた。
南波が手を挙げる。
先頭の隊員がこちらに手を振る。「ダメだな」、そんな表情。
と、その瞬間、手をこちらに振った72S隊員の身体が揺れた。
「伏せろ、敵襲!」
南波の反応は早かった。南波の言葉に反応するより早く、私も桐生も蓮見も、その場に伏せた。
72Sの隊員はその場に崩れ落ちていた。向こうの反応も早い。他の隊員はすでに遮蔽物を利用したか、建物の中に逃げ込んだかで、姿は見えなかった。
「まずい、ここは丸見えじゃないか」
南波が呟くのが聞こえる。
農家の母屋風の建物。
遮蔽物が何もない。
茂み。
花壇。
広葉樹が数本。
広場風になった前庭から向こうの森まで、途中何もない。
「スーパーサーチ」
南波。衛星リンクに接続したCIDSはしかし、なんの脅威も表示してくれなかった。ただ、脅威判定レベルだけが二を示している。
「オールステーション、」
「なんだ」
「建物に逃げ込む。いいな」
「駆け込めってわけじゃないだろうね」
私。
「バカも休み休みいうもんだぜ。死にたきゃやってくれ。俺は許可しない。はっていけ」
言われなくてもわかっている。
狙撃された。
おそらくこの集落そのもの(・・・・・・)が罠だ。
誰を狙って?
私たちだ。
陸軍第五五派遣隊。
海軍第七二標準化群。
ここへ来ることになった友軍の部隊。
いくら射撃をしても、パイロットたちはいなかったのだ。
おそらく最初から。
「熱源反応はなんだったんだよ」
蓮見。ゆっくりと匍匐している。彼女がいちばん建物に近い。
「カーテン、あとで調べて見るさ」
南波。
「ディスプレイ?」
私。
「なんのことだ?」
桐生。
「カーテンの形したディスプレイなんて、作ろうと思えばいくらでも作れるだろう」
南波。そうなのだ。ペラペラで柔軟性のある電子ディスプレイなど珍しくもない。私たちの携帯電子端末(ターミナルパッド)のディスプレイも実は薄さ一ミリ以下のフィルム状であり、直下のスペースにぎっしりと電子デバイスが埋め込まれている。だから機能の割に薄く、ディスプレイは物理的に割れたりすることがないのだ。フィルムだから割れるわけがない。
「ニセの熱源情報でも表示していたのだろうよ、あの距離では見抜けない」
「疑いもしなかったからな」
私。
「俺を責めてるつもりか」
「リコメンドした」
「あんなもの、リコメンドのうちに入らないよ、姉さん」
私たちのタクティカルベスト、スーツは、建物前の植生に合わせて、淡い緑色に変色をしている。が、短く刈られた……というより、芽吹いたばかりの草原で、人間の凹凸は目立ちすぎる。いつ撃たれてもおかしくない状況になってしまった。
「入地准尉、」
「南波、」
「なんか見えるか」
「私の目には何も」
「俺もだ」
蓮見が玄関に転がるように飛び込んだ。途端に、ドアに穴が空く。銃撃されている。弾着から遅れて発砲音。さほど離れた距離ではない。ようするにこちらの存在をしっかり把握して撃ってきているということ。
「おいおいおいおい」
南波がぶつぶつ言っている。続いて桐生がダッシュ。壁がはじけた。
「ドアは見えてるんだな」
「私たちが見えていない?」
「そこの、」
南波が指をさす。小さな花壇と、アジサイらしき植え込みがある。
「あれが死角になってるんだ、たぶん」
「嫌な感じだ」
「撃つなよ」
「弾の無駄」
「そのとおりだな」
南波が玄関に駆け込む。段差部分の階段がはじける。
「入地准尉、急げ」
南波が呼ぶ。
「急げといわれても、」
私の肘の先で地面がはじけた。捕捉されている。地面が柔らかくて助かる。跳弾でやられる危険性は低い。その前に直撃されないことを、もはや祈るしかなかった。
「早く、」
蓮見の声だ。玄関まで、四メートル。おそらく、このあたりからアジサイの茂みの死角に入る。もっとも、敵部隊が移動していれば話は変わるが。
「早く!」
南波だ。
私は重心位置を鼻先あたりに置くつもりの姿勢で、おもいっきり駆けた。左足のつま先で何かが爆ぜる。続いて右足の脛の直前を何かが通過した。銃弾だ。分かってる。
玄関。
一段、二段、三段。
飛び越えるようにして、頭から屋内に転げ込んだ。背中のバックパックが痛い。
「セーフだ」
私を抱きかかえるようにして、南波が言う。
「ありがとう」
「ここはちっとも安全じゃないぞ。こんの木の壁は簡単に抜かれる」
「私たちがやったみたいに?」
「そういうことだ」
「脱出だね」
蓮見。銃を構えている。だが、何を狙っていいのか分からない。
全員、姿勢を低くした。床に匍うように。呼吸を整える。いくらスーツが赤外線を封じ込めても、吐息に熱が混ざれば台無しだ。敵も衛星リンクを使用した場合、私たちの位置など丸見えになる。いや……、私は恐ろしい事実に思い至る。
「南波少尉……」
「俺もいま思ったんだ」
「なによ」
蓮見が銃を構えたまま、訊く。
「姉さんが言ったとおりさ。俺たちは、罠の中にいるんだ。はめられたんだ」
南波の声が低い。はっきり発声している声だ。
「どういうこと?」
蓮見。
「この家さ」
「この家がどうしたのよ」
「これがモデルハウスならだ、」
「なによ」
「侵入者は逃しません。しっかり捉えるセンサーを各所に配置し、お客様の暮らしを守ります。そういう設計だったらどうするよ」
蓮見が絶句した。銃を構えたまま。
「建物そのものが、罠だって?」
「いま外に出るのは自殺行為そのものだけどな。蓮見准尉でもご存じのとおり」
「でも、」
蓮見の声が微かに震えた。肉声だ。
「南波少尉のいうとおりセンサーだらけだとしたら、俺たちの場所は敵さんに丸わかりだな」
桐生が大きな身体をかがめながら言う。
「たとえば俺たちが逆の立場だったとして、敵が俺たちの作った罠にのこのこやってきたどうするよ? 蓮見」
南波は囁く。この建物そのものが罠……センサー類を奢った、居住にはまったく適さない、巨大探知機のような仕様だとしたら。
「家ごと……侵入者を消すか」
「正解、だろうな。ネズミがネズミ捕りに入ってきたら、そのままドカンってやっちまおうって寸法だ。俺ならそうするね」
「だったら、早く……」
蓮見が言うが早いか動き始めた。
と、蓮見の進行方向、一人がけソファの背がはじけた。私たちの言葉をしっかり聞いているかのような、的確な射撃。
「まずったな」