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トモの世界

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 三〇口径弾の威力は想像よりずっと大きい。木造建築の壁くらいなら抜いてしまう。そして、その壁の向こうに人間がいたとしても、木の壁は七.六二ミリライフル弾にとっては弾よけにならない。十分な殺傷能力がある。
 弾薬に躊躇はない。感情もなければ、苦悩もない。
 苦悩するのは撃った私だ。あるいは蓮見であり、……桐生と南波は良心の呵責という言葉が彼らの中に存在しないだろうから、躊躇も苦悩もないだろうが。
 撃つ。
 撃ちながら、私は耳を澄ませていた。
 反応がないのだ。
 ほとんど一方的とも言える射撃。
 反撃がないのだ。
 いくら壁を容易に抜ける三〇口径弾とはいえ、すべての建物を四方から同時に攻撃しているわけではない。私たちの初弾がそのままパイロットたちの息の根を止めているはずもない。保養施設とはいえ、戦闘地域にあって、軍隊の構成員が、まったく小銃一挺すら持っていないというのは解せない。そんなはずはない。
 悲鳴もない。
 私たちの射撃能力が、一般部隊の小銃小隊のそれと比べて高精度だとして、一発一発すべてが敵兵士の頭を撃ちぬいているわけでもあるまい。そもそも私は撃ちながら、一発たりとも手応え(・・・)を感じていなかった。
 撃つ対象がシカだろうがクマだろうが人間だろうが、銃を撃ち、弾が獲物に当たるかどうか、感覚的だが手ごたえというものがある。。いや、明らかに命中する、絶命させられるという一撃を放ったとき、不思議と分かるものなのだ。これは南波も桐生も、蓮見ですら異論はないだろう。実戦経験があれば必ず理解できる感覚だ。乱暴にたとえてしまえば、小石を池に放って、狙った場所へ飛ぶかどうか、投げた瞬間に分かるような。それと同じだ。
 確かに窓ガラスには当たっている。カーテンを貫通している。しかし、その後がない。
 明りは消えていく。
 だが、煙突から煙は出たままだ。
 私はCIDSの機能を温度センサーに切り替える。
 そもそも、行動開始直前から、熱源反応は見られたが、はっきりと人間の形を捉えていたかというとそうではないのだ。屋内に複数の熱源反応があり、それは「おそらく人間」だと断定しての行動だった。それはそうだ、家の中の熱源反応はたいていが人間だ。だが、それが擬態だったら?
「撃ち方止め」
 南波の声。CIDSの戦闘情報にも表示が出た。
 海軍第七二標準化群と私たち。同時に射撃が中断される。
 温度センサーモードのままのメイン窓。
 着弾点が転々と赤い。
 あたりに散らばっている赤い反応は、私たちの小銃から吐き出された空薬莢だろう。射撃後の空薬莢はそうとう熱い。
 射撃をやめると、発砲音がこだましながら遠ざかっていくのが分かる。そして一気に静かになる。
「オールステーション、」
 南波だ。
「72Sが各戸の探索に入る。オールステーション、そのまま待機(ホールド)」
「了解」「了解」
 蓮見と桐生。
「連中に続く?」
 私から南波へ。
「バックアップに行く……離れるなよ」
 チームD四人はこういう場合不可分であり、先頭南波、二番手桐生、三番手が私で後方警戒を蓮見のポジションで、建物に迫る。
「南波、」
「なんだ、姉さん」
「おかしい、絶対」
「なにがだ、入地准尉」
「手応え、あったか?」
「撃ちこんでか? なかったな」
「目標の姿を見たか?」
「見なかったな」
「蓮見?」
「見ていない」
「桐生も?」
「同じだ」
「変だぞ、ここは」
 全員、小銃はローレディ。人差し指は用心金(トリガーガード)の外に伸ばしているが、いつでも撃てる体勢だ。銃口は全員が違う方向。一棟目に近づく。私は温度センサー表示をサブ窓に変更し、近づく。壁やカーテンが燻っている。弾着のあとだ。
「行くぞ、」
 ドアの前に立ち止まり、南波がやや腰を落とす。ドアを開けるのは桐生で、突入役が南波、二番手に私が続き、ドア向かって右側の警戒を桐生、左側を蓮見が担当。ドアブリーチングから建物への突入は、任務の性質上、私たちのチームはあまりやらない。第五五派遣隊にはもちろん屋内戦が専門のチームもいるが。
「クリア」
 飛び込んだ南波の声。南波の背中に銃口を絶対にクロスさせないよう、私は照準をする。こういう屋内戦闘では、4726自動小銃は重く大きく、そして銃身が長すぎる。取り回しは不便だ。せめてフォアグリップが欲しい、と思う。
「クリア」
 私も宣言。
「誰もいないぞ」
 南波。
 室内に灯りはなく、光量補正はCIDSに頼っている。足許で割れたガラスがバリバリと鳴った。
「蓮見」
 南波が呼ぶ。
「なに」
「お前、いちばんちっこいから、こっち来い」
 この建物にはもはや脅威がないと判断しての声音。南波が蓮見を呼ぶ。桐生がドアの前で警戒。
 小銃をローレディにしたまま、蓮見が駆け込んでくる。
「クリア」
「ああ、『クリア』なんだ、分かってるんだ」
 南波。銃を降ろしている。
「なんで、」
 蓮見も銃を降ろす。
 射殺されたパイロットが転がっていると思っていたのに。
 私は内心息をついていた。名もなき簡素で幸せな家族を全滅させたのではなくて、正直ほっとしていた。なぜ? 感情移入能力だけは、五五派遣隊の「精神的訓練」でも弱めることはできなかったから。私はこれとの闘いを、入隊以来続けていることになる。
「クリア……なんにもないな」
 建物を出る。出るときは銃を構えて。お互いの肩に触れながら、自分の位置を主張する。友軍狙撃はこうした近接戦闘でこそ注意が必要だ。
 南波は早足で、しかも足音を殺す独特の歩調で、隣接する農家の母屋風の建物に向かう。
「いいか?」
 南波の確認に全員が返答。
 先ほどと同じ順序で突入。
「クリア」
 南波の声。
「クリア」
 居間。弾痕の残るソファ。砕けたテレビ。私のコール。
「クリア……全員、来い。おかしい」
 南波はダイニングキッチンにいた。
 私は銃口を部屋の外側へ向けながら、後ずさるようにして南波に接近する。
「誰もいないぞ」
 私。足許に割れたグラス。転がった食器。
「わかってる」
 南波はまた銃を降ろしている。食卓の上に、食器が散らばっている。
 食器。
 グラス。
 マグカップ。
 パン。
 パン?
「朝飯には早い」
 南波がパンを取り上げ、まじまじと見つめて、不意に私に放る。左手でつかむ。銃がぶれる。
「なんだ、これ」
 つかんだパン。
 柔らかさもなく、香りもない。乾燥しているわけでもない。……原材料は、いったい何だ?
「なんだこれ? パンじゃない」
「バカにしやがって」
 南波は銃床で私が放り返したパン……プラスティックか何かでできたパンの形をした物体……を乱暴に潰した。パンの形をしたそれは変形したが潰れることはなく、バランスを崩した南波の4726の銃床が、並んでいたプレート類を粉砕した。派手な音がして、リビングから蓮見が、客間らしき部屋を探索していた桐生が駆け寄る。
「何?」
 蓮見。
「ここはなんだ!? モデルルーム(・・・・・・)かよ、」
 南波が苛立った声を隠そうとしない。
 不思議そうな顔をしている蓮見に、私は潰れかけたパンの模型を放る。
「なによ……これ」
「誰かいたか」
「誰もいない」
 桐生。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介