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トモの世界

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 窓ガラスを粉砕し、木造の質素な建物の壁を、三〇口径弾が次々と射貫いていく。
 海軍第七二標準化群部隊との直接通信は行われていない。そのかわり、私たちのCIDSには、第七二標準化群(72S)が現在どの目標に対して照準しているのか、リアルタイムで表示された。これだけで十分だ。南波が射撃を開始した。72S部隊が照準していない建物を狙っている。彼らからは死角になっているか、別の建物の影になっている目標。それを狙う。
 私も続く。
 熱源反応が動く。
 小屋の中に誰かいるようだ。
 当り前だ、と思う。思いながら、引き金を引く。肩に反動。空薬莢が飛ぶ。セレクターは単発(セミオートマティック)。この銃はオプションパーツの二脚(バイポッド)を装備しなければ、連射(フルオートマティック)での射撃を制御できない。反動が強いのだ。射撃の精度が最も高いのは第一射目であり、二射目の精度は著しく落ちる。だから連射は弾幕を張るだけ。二脚なしではどれだけ訓練を積んでも、三〇口径弾の激しい反動に銃が踊ってしまい、照準などできない。だから私は、しっかりと狙いを付け、一発ずつ撃つ。反動を全身で受け止めながら。壁を抜き、ガラスを粉砕し、次々と撃つ。蓮見、桐生もそれぞれの方を向き、射撃している。
 南波が一次射撃を中断し、茂みの中を右方へ短く走った。ポジション替えだ。ここから狙える建物はすでに射撃を終えたということだ。南波に続いて、桐生が走る。続いて、私と蓮見の組(エレメント)が続く。短く走り、腰を落とし、膝撃ちの姿勢で銃を保持し、撃つ。
 まだあたりは薄暗い。空は曇っている。気温も低い。目標の煙突からは煙がたなびいている。風はそれほど強くない。射撃音。同士討ちは避けなければならない。撃つ方も撃たれる方も。彼我の位置は常にCIDSで調整する。射撃線がお互いのチームで交差し始めると、CIDSに警告が出る。第七二標準化群と五五派遣隊チームD。一度として共同訓練も共同作戦も行ったことがない。しかし、CIDSのナビゲーションと戦闘情報表示、お互いのリーダーの無言の連携で、いま北方会議同盟軍の空軍パイロット保養施設だと指示された集落を挟撃している。無駄なく、効率的に。
 発砲。そして、ボルトがホールドオープンした感触。光学照準器で目標を捉えたまま、素早くベストの弾倉入れから予備弾倉(スペアマガジン)を取り出し、同時に右手の人差し指が弾倉受けボタン(マガジンキャッチ)を押す。空弾倉が銃から抜け落ちる前に、予備弾倉を持った左手で空弾倉を引っこ抜き、同じ動作で予備弾倉を銃に装填する。空弾倉を左手の薬指と中指で挟み込んだまま、親指でロアレシーバー左側面のボルトリリースボタンを押す。すると、重いボルトが前進する確かに感触が頬に伝わり、予備弾倉から三〇口径弾が一発押し出され、4726自動小銃のタイトな薬室にきっちり送り込まれるのが分かる。ボルトが閉鎖される小気味いい音。ボルトアクションのライフルでも、薬室に弾薬を装填するときの動作が私は好きだ。気持ちのいい音がする。射撃再開。弾倉交換に要する時間は十秒かからない。それ以上かかると死ぬのはお前だと、訓練校の助教にさんざん叩かれた。
 敵はまったく撃ち返してこなかった。
 戦闘情報では、目標の建物内にいるのは全員がパイロットとその関係者ということになっている。黙っていれば、戦闘機や攻撃機を飛ばし、私たちの友軍や、あるいは私たち……私めがけて爆弾を投下してくるかもしれない連中だ。ミサイルレリーズや爆弾投下のスイッチを押すのは、コンピュータでも戦闘機そのものでもない。パイロットとその意思だ。むろんパイロットは自己の判断以上に優位にある上官の命令を携えて指を動かすのだが、戦闘機や攻撃機、爆撃機を飛ばすのはパイロットが培った技術であり肉体である。パイロットの存在なしに航空機は飛べない。だから、パイロットを無力化するのは、長期的に見て、航空機を複数無力化することに等しい。
 それが今回の作戦の主旨だという。
 シカを追って山野を巡る方がよほど気持ちがいい。
 私も祖父と同じで、射撃場での標的射撃が好きではなかった。面白みがなかった。理科の授業でなら、机に向かっているより、フラスコやビーカーを操る実験の時間のほうが好きだったのと似ているかもしれない。
 銃を撃つのは手段であり、目的ではなかった。
 目標を追い、感じ、目を合わせ、お互いの命を見せ合い、引き金を引き、獲物を斃す。命をいただく。あの感覚が私は好きだったのだ。
 反撃もない集落に、一方的な射撃をくわえるような今回の作戦は、蓮見ではないが私の本意ではなかった。
「南波、」
 呼びかけてみる。
「入地准尉?」
「次、」
「三時、二棟」
「了解」
 南波は、北を方位000(ゼロゼロゼロ)とする絶対方位から、自位置を基準とする相対方位に切り替えて目標を示した。どの建物も、窓には明りが見えた。白いカーテンが掛けられている。簡素なもの。私たちの宿舎で使っているようなもの。日が落ちたあと、部屋に灯りをともし、窓辺に立てば、外からはっきりと人影が見えてしまうような、質素なカーテン。
 撃つ。
 窓ガラスが砕け散る。
 空薬莢が散る。強い反動で銃が浮き、そして銃の重量でふたたび沈むのに合わせて二発目。
 カーテンに穴が空く。
 明りが消える。
 撃つ。
 気の窓枠が折れる。
 窓が落ちる。
 カーテンが揺れる。
 撃つ。
 撃つ。
 この地方ではありふれた、質素で粗末な家。
 木造の。
 窓辺に野花を飾っている棟まである。
 本当にここはパイロットの保養施設なんだろうな?
 南波と縫高町作戦のあと国道を彷徨い、小谷野大尉の戦車部隊に出会う前、トマトをいただいたあの家々と、目の前の集落はなんの変わりもないように見えるのだ。
 もし、パイロットの保養施設ではなかったら。
 眠っているのが敵のパイロットではなく、朝がいつもどおり来ることを疑わずに床についた、無辜の住民たちであったなら。
 おやすみの声とともに両親と別れ、自室で夢の世界に旅だった子どもたち。
 その子どもを見守る暖かい視線の母親、不器用な父親。
 あるいは翌日、子どもたちと海岸線まで魚介を探しに行こうと考えている祖父母たち。
 光学照準器の向こう。
 もしそんな世界が広がっていたのなら。
 任務だから。
 これは仕事だから。
 私はそんな低次元な意思でこの部隊に参加しているのではない。
 積極的に敵を排除するためにここにいる。
 そのためには、非武装のパイロットを、就寝中に、休養中に射殺することも厭わない。
 だが、この村が、敵のパイロットたちとなんの関係もない存在だったなら。
 私はちょっと後悔するだろう。
 高泊の駐屯地に帰ってから、もしかしたら何種類かの薬物を投与してもらうかもしれない。すべての罪悪感を不謹慎にもきれいさっぱり流し去ってくれる便利な薬だ。それにダメ押しするようにして、専門資格を持った医官によるカウンセリングを受ける。カウンセリングとは名ばかりの、やはり罪悪感を消し去る洗脳行為だ。
 私はそんなことを考えながらも、引き金を引く指に躊躇を与えず、三本目の予備弾倉を小銃に装填していた。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介