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トモの世界

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 煙突から細く煙をたなびかせ、暖かい色の灯りが点り、なんの変哲もない村にしか見えない目の前の目標。
「まだだ……友軍(フレンドリー)がまだ合流していない」
「合流? どういうことだ」
 私が問い返す。声にならないように注意したつもりだが、声になったかもしれない。
「私たちだけの作戦じゃないのか」
「四人で? 姉さん、それはないぜ」
「合流って、同じハケンの?」
 桐生が訊ねる。
「違う」
「じゃあ、」
「海軍の第七二標準化群だ」
「海軍だって? バカな」
 桐生が鋭く言う。吐き捨てるように。
「本当に?」
 蓮見。
「本当だ。保養施設の反対側に、もう到達しているはずだ」
「だから五分待つっていうのか。挟撃するのか?」
「そんなところだ」
「海軍との共同作戦だっていうの? そんなこと私、聞いてない」
 蓮見が姿勢を変えたらしい。茂みががさつく音がした。
「蓮見、目立つ」
「ごめん……そんなことより、本当に海軍の第七二標準化群(ナナニー)が?」
「本当だ。……情報漏洩の防止だ。各チームリーダーにしか知らされていない」
 海軍第七二標準化群。帝国海軍の特殊部隊。敵地への逆上陸作戦や陸軍主力部隊が攻撃を仕掛ける前に前線へ切り込んでいく部隊だ。そうした役目は艦艇と作戦用航空機、そして陸上兵器をバランスよくそろえた軍隊というと海兵隊だが、帝国軍は海兵隊を持たない。しかしルーツは、巡洋艦に乗り組み、敵艦の臨検や、港湾の警備、寄港地での警衛、そうした任務を請け負う部隊だ。内地から外地まで、くまなく海軍艦艇に乗り組み、正確無比な射撃と機動力を誇っている。歴史的には陸軍の特殊作戦群……私たちの第五五派遣隊を筆頭に……よりも古い。
「なんで海軍が」
 桐生が呟く。
「ここで議論したいか」
 南波。
「そうは言っていない」
「すると、」
 私。
「近接航空支援の類は、海軍がやるのか」
「そういうことだ。俺たちが失敗したら、戦艦の艦砲射撃でボコボコにされる。地形が変わるぞ。八九式支援戦闘機のあのやかましい爆弾の比じゃないぜ」
「戦艦が来てるの!?」
 蓮見が南波に問い返す。
「戦艦も空母もいる。戦艦の艦砲は炸薬の量が違うからな。よかったな蓮見、戦艦の艦砲射撃なんて、なかなか見られないぞ」
「航空優勢も自前で確保してるのか」
「取れてなきゃ来ないだろうな」
「だったら空軍でいいはずなのに」
 蓮見が言う。嫌悪の色をにじませながら。その理由は分かる。陸軍には、海軍の陸戦部隊に対する対抗心が強いのだ。そして帝国空軍はもともと陸軍航空隊から分化している。いわば弟のような存在だ。敬礼の仕方から銃の撃ち方、シーツのたたみ方から休日の過ごし方まで、陸軍と空軍は似通った匂いがある。漂う空気に銃弾の炸薬の匂いを感じるか、航空燃料のツンと来る匂いを感じるかの違いだ。だが海軍は明らかに空気が違う。
「海軍さんが今回の作戦は出張ってきてるのさ。終わったらお船に乗せてもらって、自慢のカレーライスを食わせてもらうしかないな。どうだ蓮見。お前カレー好きだろう」
「おい南波少尉、帰り便は海軍に頼むのか」
 桐生が聞く。
「気になるか? 帰りのことが?」
「当たり前だ。帰るためにここに来てるんだ。」
「ナナニーと合流して、この村をぶっ潰し、次の拠点まで一緒に移動して、帰りはお船に乗って帰るのさ」
「船?」
 蓮見が聞き返した。
「船だ。北洋艦隊の旗艦が出張ってきてるぞ」
「蓮見、船は好きなのか。海軍は嫌いなのに」
 私が訊いてみる。
「私は、内陸育ちだから」
「どこだった?」
「出水音(いずみね)」
「そうだったのか。確かに内陸だな。えらい山奥じゃないか」
 南波。
「失礼だな。姉さんの柚辺尾よりずっと都会だ。……城下町だし」
「城下町だったか」
 思い出してみる。列島中央部に楯のように連なる山脈と山脈の間の盆地……その中心都市。けれどそこまでだった。すまない、蓮見。私にはお前の故郷の十分な情報がない。知ろうとしてこなかったからだ。彼女の故郷のイメージが湧かなかった。
「海は遠いな、確かに」
 南波が答えた。南波は内地の出身だ。私よりはイメージしやすいのだろう。
「だから船に乗りたいのか?」
 からかうように桐生が言う。銃を構えたままだ。光学照準器も弾倉も込みで合計四キロ以上ある自動小銃を保持し、ぴくりともしていない。桐生は体格が大きいだけではなく、筋肉の量も半端ではない。おそらく身体能力は南波の比ではないだろう。白兵戦になったら頼りになるのは桐生かもしれない。
「乗れるならね」
「俺はカレーを食わせてもらう。それでチャラだ」
 南波はもう前を向いて、4726小銃を照準していた。もう約束の時間を迎えようとしている。
「何か合図はいるのか」
 南波に問うてみる。挟撃するのなら、同時に発砲すると効果的なのは自明だからだ。
「カウントダウンと、衛星リンクからのゴーサイン。それだけだ」
「……その衛星はどこの管轄だ?」
 桐生は構えた銃を森の中に向けていた。
「空軍だな」
 南波がそっけなく答えた。
 森は真っ暗だ。CIDSが光学補正をかけているが、ひどく暗い。獣の気配がする。
 けれど、確かに虫の声はしない。
 初夏。
 気の早い虫たちはどこへ行ったのか。
 鳥の声も気配もない。
 私は、故郷の森を思い出してみた。
 祖父と、ユーリと歩いた森。
 祖父は日が暮れてからは森に入ろうともしなかったし、日が暮れかけたらすぐに森から出た。
(光のない場所では、私たちの出番はないんだよ)
 そんなことを言っていた気がする。
 人の目は弱い。
 暗闇。
 本当の暗闇に包まれた森の怖さを、そういえばこのチームの面々は知っているのかとふと考える。
 南波は、知らなくても大丈夫だろう。彼はどんな場所でも生きていける。野生動物の匂いがする。それが南波だ。
 彼は暗闇の中で動かないだろう。それも正しい。むやみに動いては、自分の匂いを獣たちにまき散らしているのと同じだ。光があるうちには銃を携えて狩る側にいたはずなのに、日が暮れると、私たちは狩られる側になる。銃は、照準できなければただのおもりだ。それはここでも同じ。もしCIDSにトラブルを来たし、光学補正ができなくなったら、その時点で作戦の九九%は失敗したといっていい。エコーロケーション機能が生きていたとしても、それは退路を確保するために使う。攻撃には使えない。
「そろそろだな。オールステーション、スタンバイ」
 全員、無言。それが了解のサインだ。
「よし、行くぞ!」
 南波が肉声で短く強く言い放ち、より姿勢を低くした。肉食獣が獲物に襲いかかる寸前の姿勢のように。
 私は左側に注視しながら、視界の端に暖色の灯りを捉えている。
 煙突から煙り。
 本当にここに、一個飛行隊分のパイロットがいるのか?
 確かにそうだ。嫌な雰囲気だ。
「南波少尉」
「入地、なんだ」
「嫌な雰囲気だ」
「だからずっと俺はそう言っている」
 全員の4726自動小銃は、ロック・アンド・ロード。薬室に第一弾はすでに装填されている。用心金(トリガーガード)の外に伸ばして添えている全員の人差し指に、静かな緊張が行き渡る。
 READY?
 煙。
 灯り。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介