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トモの世界

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 一チーム四人で襲うにしてもたかがしれている。射程距離を稼ぎ……幸い私たちは、一般部隊と比較しても選抜射手レベルの射撃能力がある……しかも重たい弾丸と初速を生かして、一人一人を確実にノックアウトする。
 目標の同盟軍保養施設には一個飛行隊分のパイロットが滞在していると説明された。わざわざ危険を冒して敵航空基地に攻撃を仕掛けるより、確実に安全に、そして継続的に、敵の航空戦力を削ぐことができるということらしい。作戦に疑問を挟む余地はない。命令は絶対だ。行けと言われたから、私たちは自分たちの機能を発揮するために行く。拒む理由は何一つない。しかし。
 誰がこんな悪趣味で非効率的な作戦を考えたのか。それこそ、六四式戦闘爆撃機が搭載できる限りの爆弾を投下すれば、一瞬でこの作戦は完了するではないか。しかも、四機一フライトで十分な規模だろう。私たちがブリーフィングで見せられた衛星画像に映し出されていた保養施設には、およそまともな地対空兵装もなく、装甲車両の影もなかったからだ。ただの保養施設だ。
「パイロットだけ、狙うのか」
「お前、話聞いてなかったのか。俺たちの任務(ミッション)は、同盟空軍の保養施設を急襲し、敵パイロットを戦闘不能にさせることだ」
「パイロットの家族がいたらどうする」
「関係ない」
「なぜ」
「お前、近接航空支援を要請したとして、『癇癪娘』がパイロットとその家族を選別して攻撃するか? さすがの『癇癪娘』の映像認識でも、パイロット一人一人の家族の顔まで確認して選別、破壊するわけにはいかないぜ」
「それはそうだけど」
「蓮見……、帰るか?」
 桐生が歩きながら低く言う。
「そんなわけない」
「わかってる。……ごめん。今の話は気にしないで」
「本音だろう?」
 南波が静かに言った。
「何が?」
 蓮見の問い返しには少女のような無垢な響きさえあった。きっと彼女はやはり<PG>だ。
「優しさってやつかな」
「違うよ。きっと」
「そうか? 優しさは大切だぜ……だが、過剰な優しさは、自分を滅ぼす。お前は優秀だ。ここまで生き残ってきてるんだからな。その歳で」
「『センターライト降下作戦』では、仲間が何人も死んだ」
「生き残ったことが大事なんだ。お前はやるべきことはちゃんとやれる。だが、あとで悩むんだろう。しっかり投薬とカウンセリングを受けてきたか?」
「帰ったらするよ」
「敵の弾に殺られる前に、自分で自分の頭をぶち抜いたりするなよ」
「バカ言わないで」
「本気で言ってる。お前はそう言うタイプだ。さっきの話は暇つぶしだとしても、真に迫っていた。それでもお前はパイロット保養施設に着いたら引き金を引くだろうさ。入地准尉のように、躊躇もなくね」
「なぜ私を引き合いに出す?」
 突然私の名を出されて、私は気分を害した風に返してみた。
「あんたがこういうナイーブな相談してきたことはないからな。あんたは悩んだりしないのさ」
「心外な」
「はずれてるか?」
 間違ってはいない。おそらく悩むべきポイントが私は蓮見と違うだけだ。
 一人だけ殺すのか。
 全員殺していいのか。
 祖父の横顔を思い出す。まだ答えの出ていない疑問。
 皆殺しの優しさ。
 私は勝手にそう名付けた。
 丹野美春(たんのみはる)に訊いたことがある。
(たとえばキミが暗殺者だとして、よき夫でありよき父であり、しかし圧政で民を虐げる指導者を目の前にして、彼をかばう彼の妻や、子どもたちや、彼の両親その他の前で、躊躇なくその指導者を殺せるか? 独裁者にも子どもや孫がいるかもしれない。その子たちの前で「よき父、よき祖父、よき夫」を殺せるか? 殺したあと、彼の死を嘆き悲しむ親族たちを見て、何の感情もなく立ち去れるか?)
 五五派遣隊の入隊試験の対面考査で手を変え品を変え繰り出されてきた心理テストのようだ。ようするに今回蓮見が口にした問題と近い性質のものだ。
 学生のころに私と問答した丹野美春は、そもそもその指導者を撃てないと言った。
 問答が成立せず、私は自分の考えを言う機会も失った。担当の南沢教授にはセンシティヴ過ぎるこの問答をぶつけることもできなかった。ちょうど私が陸軍に入隊を希望する書類を揃えはじめていたころだったから、私が四年で築いた優秀な学生のイメージを、教授の前で粉々に打ち砕くわけにも行かなかったのだ。都野崎での四年間、私は私のイメージを自分の思い通りに捏造することに成功していたからだ。銃になど触れたこともなく、小説や音楽に親しむ少女の姿を。
「蓮見、」
 私は、蓮見に訊いてみようと思った。
「お前が暗殺者だとして、」
「いや、もう俺たちは暗殺者だから」
 前を向いたまま南波が言った。
「南波、あんたは黙ってて。……蓮見、もし、お前が暗殺者だとして、目標に選ばれたのが、よき夫でありよき父であり、しかし圧政で民を虐げる指導者を、彼の妻や子どもや両親たち家族の前で殺せるか? 殺したあと、躊躇なく、顔色変えずに立ち去ることができるか? 悲嘆に暮れる家族を背にして?」
「なにそれ」
「質問だ」
「……本当の話か?」
「何?」
「入地准尉の、実体験?」
「残念ながら、私はまだ敵の指導者を狙うような任務に就いたことはないよ」
「真に迫ってるから」
「ただの暇つぶしだ」
「私はできるよ」
「だろうな。殺すだろうな、お前なら」
「任務だから」
「それは禁句だったんじゃなかったかな、」
 任務だから。
 仕事だから。
 命令されればやります。
 そうした動機は、五五派遣隊では許されない。自分の確たる意思で相手を倒す。そうした精神力も含めての戦力だ。行けと言われれば行きます、という消極的動機は許されないのだ。
「蓮見、私は分かる。お前はきっと任務に当たる前、電話帳みたいな資料を、夜も徹して読み込むんだ。あるいは携帯電子端末(ターミナルパッド)にありったけの情報をぶち込んで、それをベッドの中ででも読みこむ」
 圧政で虐げられた民草の姿。本来全うすべき寿命を、容易く断ち切られるささやかな家族の姿。餓えと貧困に、大切な娘を息子を売り飛ばす親の表情を。それらすべてに感情移入し、憎しみと怒りを体内に充満させ、そのあふれ出した憤怒で引き金を引けるようになるまで、おそらく蓮見は資料を読み込み、映像講習を嫌というほど受け、そして、合間に駐屯地の食堂でしっかりとカロリーを管理された食事をしながら、道端の雑草をかじる対象国の国民の哀れな姿を想像し、さらなる怒りを増幅させるのだ。
 私はこんな食事ができているのに。この子たちはゴミあさりをして残飯を舐めさせられているんだ。それを強いているのは、圧政をよしとする憎き敵国の指導者なんだ、と。
 そうして、敵の指導者に何の慈悲も感じることもなく、そのよき夫でありよき父であり、彼の両親の思い出にあるかわいらしい息子の現在の姿……独裁指導者を殺すのだ。カウンセリングの必要もないほどの憎しみと怒りで身体を震わせて。
「そうして撃つ。何の躊躇もなく。そして帰ってくるんだ」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介