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トモの世界

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「文句を言うなら、なんでチームに入った」
 チーム……第五五派遣隊そのものを指したニュアンスだった。
「志望動機?」
「そんなところだ、」
「常に極限にいたいから」
「何?」
「極限状態が好きだから」
「どういう意味?」
「そのまま。私は極限状態のあの気分が好き」
 蓮見が言う。初めて聞いたような気がする。
「はっ、そりゃ病気だな」
 桐生が言う。低い声。感情の抑制された声音。そんなニュアンスまで増幅・補正してくれる。ますます<THINK>など不要だ。
「桐生やめておけ、蓮見のテだ、テ。いつもこのパターンで独演会が始まるんだ。まだ姉さんの『講義』のほうがマシだ。蓮見のは愚痴だからな。極限状態が隙とは聞いてあきれるぜ。いつも文句ばっかりのくせに」
「嫌いだなんて言ってない」
「そうだな。言ってないな」
 南波は歩調を緩めない。足許はけっこうしっかりしているが、獣道だ。両側は針葉樹林。背筋を伸ばしてハイキングというわけにも行かず、やや猫背にした四人は足音を殺しながら時速六キロで進む。
「殺すか殺されるかってのが気持ちいいのか?」
 南波が訊く。
「違う」
「じゃあ何だ」
「殺すとか殺されるとか、そんなのどうでもいい。ただ、身体が極限状態に突入するのが好きなんだ」
「身体だけか?」
「心も体のひとつだよ」
「そうだな……たまにはまともなことを言う。で、その極限状態がなんでウチなんだ? 山でも登ればいいじゃないか。ハイキング登山じゃないぜ。八〇〇〇メートル級の山でも登ってくればいいじゃないか。海に潜ってもいい。北氷洋なんておすすめだぜ。水温マイナス一度、ドライスーツを着ていても一時間潜ったら死ぬらしい」
「そういうのでもいいんだ。でも、お金がかかる。山に登るにしても、海に潜るにしても」
「それを商売にしてる連中がいるじゃないか。その仲間になればいい」
「違う。南波少尉……分かってない」
「分からないんだ。当り前だ」
「そういう職業に就いたとして、けど毎日極限になるわけじゃない。……どっちかっていうと、毎日は普通で、平凡で、欠伸が出るような感じで、時々、ほんの時々、極限状態の世界に行くだけだ。私は、もっと頻繁に極限状態でいたい」
「手っ取り早く、だからウチに来たって?」
「そう思ってくれて構わないよ」
「やっぱり病気だ。『センターライト降下作戦』では死にかけたくせに」
 桐生が言う。
「姉さん」
 蓮見が私を呼ぶ。
「なんだ」
「あんたって、私と同じ匂いがするんだ」
「シャワーなら浴びてきたぞ」
「そういう意味じゃないよ」
「わかってる。冗談だ」
「姉さんが戦闘中に取り乱しているところをほとんど見たことがない」
「それは、ウチら全員がそうじゃないか。姉さんに始まったことじゃない。蓮見、お前もそうだ。だから今ここにいる。風連奪還戦でお前がパニックに陥っていたら、今ごろ二階級特進してる」
 南波が口を挟む。そうだ、そのとおりだ。みんなそうだ。
「いや、姉さん、」
 蓮見も時折私のことを南波と同じように「姉さん」で呼ぶ。やめて欲しい。
「私はあんたの姉さんになったつもりはないんだが」
「いいじゃないか。コールサインだ」
「そりゃいい」
 南波が笑った。
「姉さんを見てると、時々怖くなる」
 森の中の獣道。すでに蚊が飛んでいる。初夏だ。大地は膿み、森や草原は獰猛な蚊の巣窟と化しているのだ。虫除けを念入りに塗ったところで汗で流れる。もっとも、私たちの装備は肌の露出が極端に少ない。首から上……顔だけだ。だから顔さえ刺されないようにケアしておけばいい。それがなかなか難しいのだが。
「何が怖いんだ。私の」
「躊躇がないから」
「何にだ」
「撃つことに」
「蓮見、お前だって同じだ。いちいち銃を撃つのに躊躇しているような人間なら、いまごろ墓ん中だ」
「そうだ」
「じゃあ、私のどこが」
「姉さん、今回の任務、どう思う?」
「任務についての感想は持たないことにしてるんだ」
「オフレコさ」
「私たちの言葉はいつだってオフレコだ。人に聞かせられない。特に〈市民〉には」
 市民。国防の義務以外の義務を全うしている人たち。市井の人々。
「じゃあ、〈市民〉に聞かせられるレベルで話してくれよ」
 森の中は薄暗い。針葉樹の森はそうだ。下草が極端に少ない。その分見通しもいいから、実際の戦闘になると地形効果があまり期待できない。
「敵の脅威の排除……それでいいだろう」
 私は前を向いたまま、歩調もそのまま、答えてみる。
「シンプルすぎるよ」
「他になんて言う?」
「敵航空戦力の中期的期間における弱体化」
「似たようなもんだ」
「姉さん、なんでパイロットを狙う必要があるの?」
「何?」
「南波少尉も……どうして施設や戦闘機そのものを狙わないんだ? いま私たちが向かってる場所って、敵の航空基地でもなければ、レーダーサイトでもない……ただの村だろう」
「蓮見、」
「どうせ、オフライン(・・・・・)だ」
 確かにオフラインだ。耳に届いているのは、CIDSが増幅した彼女の声だ。あらかじめ登録されている彼女の個人情報(パーソナルデータ)をベースに再生されている彼女の声。
「なんで村に向かってるんだ?」
「もう一回ブリーフィングが必要か? 蓮見准尉?」
「分かってる……ただ、気分が悪いだけだ。敵のパイロットだけ(・・)を狙うなんて」
 真っ当に考えれば、私もいい気分とはいえなかった。私たちチームDが向かっているのは、敵の基地ではない。そもそも軍事目標ですらない。いや、むりやり当てはめるなら、広義の軍事目標だ。これから向かう村には、敵のパイロットたちが滞在している。パイロット休息施設だ。保養施設と呼び変えてもいい。そういう意味ではある意味軍事目標であるのは疑いがない。
「パイロットがいなくなれば、飛行機は飛ばせない。そこが鉄砲とかロケットランチャーとの違いだな。素人でも撃つだけなら銃は撃てるし、当たるかどうかは別として、ロケランだってぶっ放すことは誰でもできる。けど、戦闘機はそうはいかないな。俺もそうだ。八九式支援戦闘機のコクピットに座ったところで、エンジンの掛け方だってわからない」
 南波は淡々と言う。無神経と紙一重の無頓着な口調で。
「パイロット個人を狙うのは条約違反ではないのか」
「条約に『兵士を殺害するな』とはどこにも書かれていない」
 南波が答える。
「相手は非武装だ」
「そう言いきれるか? パイロットだって銃の撃ち方くらいは知ってる」
「……虐殺じゃないとなぜ言い切れるの?」
 蓮見はどこまで本気なのだろう。暇つぶしの戯れ言だとしても、ナイーブすぎる。
「じゃあ、空挺降下して敵の後方に襲いかかり、戦闘に慣れていない補給部隊や工兵隊を血祭りに上げるっていうのはどうだ? お前の論理なら虐殺か? 今までだってやってきた。風連の発電所を警備してたのは、とても俺たちレベルの兵隊とは思えなかったぜ。あとからやってきたのが強力だっただけで」
 そのとおりだ。対象が違うが、パイロットはパイロットである以前に敵の兵士だ……階級的には幹部だろうが。
「それで三〇口径か」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介