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トモの世界

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 ヘリコプターは右に左に機体を揺らす。超低空。窓に水しぶきが散る。川の上空を編隊は進んでいる。川はクネクネと針葉樹林帯を蛇行していた。このあたりは人家もなく、川を渡る橋もない。ダウンウォッシュにしぶきを散らして、四機のヘリコプターは高速道路を進む自動車並みのスピードで飛ぶ。
「敵航空戦力の無力化。それも、長期間に渡って……戦術、教育体系、技術の継承それらも破壊せよ」
 南波。
 今回の作戦の目的は、敵の航空戦力を壊滅させることだ。そして私たちの目標は、敵の戦闘機でも航空施設でもなかった。
 人的リソースの破壊。
 パイロット。整備員。技術員。その家族。あるいは教育隊の人間。食堂の調理師。基地の修繕係。戦闘機を破壊しても、次々と代替機が製造される。基地を破壊しても、工兵隊があっという間に修復する。たとえ敵の空軍基地に核攻撃を加え、ローコストおよびローリスクで更地にしてしまっても、彼らはその更地に杭を打ち、地をならし、また基地を築くだろう。しかし、パイロットはどうか。戦闘機の整備を知り尽くした整備員はどうか。パイロットに戦術を一から教える教官はどうか。一朝一夕に彼らを育て戦力化することはできない。
 戦車一両よりクルー一組の方がよほど高コストであり、陸軍は装備より人的リソースの滅失毀損を大問題にしている。空軍も同様だ。確かに戦闘機一機は、パイロット一名の養成コストよりもはるかに高額だ。開発にかかる時間も長い。が、一度量産を始めれば、一定の品質の製品として、戦闘機は次から次へと作り出されるのだ。
 パイロットは違う。
 最低五年、一人前になるにはもう少し。それくらいの時間がかかる。
 そこで友軍の参謀たちは考えた。
 機体破壊の優先度は低いものとする。
 施設破壊の優先度も低いものとする。
 搭乗員を抹消せよ。機付整備員を抹消せよ。彼らをサポートする隊員を抹消せよ。彼らの拠り所となる彼らの家族を、地域コミュニティを抹殺せよ。そして、当然、最後に付け加えられた文言はこうだ。
 ……作戦遂行に失敗した場合は、海軍艦艇による艦砲射撃を実施する。
 核攻撃とまでは行かずとも、私たちが目標としていま向かっているその地区に対し、おそらくは海軍が総力を挙げた艦砲射撃を実施し、住民もろとも地形まで変貌させ、辺り一面癇癪を起こした子どもの遊び場のようにしてしまうに違いない。
 手に入れられないものは破壊する。
 そういうことらしい。
 我が帝国は、事を始めると徹底的にやり尽くす。やり過ぎるくらいに。だからこそこの国の歴史は二〇〇〇年以上途切れることなく続いているのだろう。断固たる意思を対外的に表明することで。そもそもこの戦役がどちらが始めたのかすでに曖昧になっているにもかかわらず。負けることは許されていなかった。
 なぜ、殺傷能力の高い銃を今回選んだのか。
 目標を確実に射殺するためだ。
 余計な苦痛を感じさせることもなく、一発で。できるだけ接近して。そうすれば、三〇口径のライフル弾は、より高威力を発揮してくれる。
 南波と桐生がぼそぼそと話を続けている。私はすでに彼らの会話に興味を失っていた。
 私が入隊したときの助教はこう言った。
(任務だからやります。命令されれば行きます。……そんな奴はいらない。即刻やめろ。今すぐ帰れ)
 私は作戦を続けるうち、彼の言葉を理解できるようになっていた。
 敵のパイロットを狙う。
 空中で敵の戦闘機を撃ち墜とすのではなく、パイロットそのものを狙う。敢えて戦闘機は狙わない。パイロットを喪えば、操縦資格のない有象無象がいくらいたところで戦闘機は飛ばない。それが任務だ。
 任務だからやるのではない。望んでやるのだ。命令されたから行くのではない。私の可能性を展開するために行くのだ。ここにいる四人はみんなそうだ。仕方なくこのヘリに乗っているクルーはいない。
「あんたら、不思議だな」
 軍曹の階級章を付けた射撃手(ガナー)が私を見下ろしながら言う。ドアガンをいつでも撃てる体勢で保持しながら。
「なにが」
「緊張感ってものがないんだな」
「そう見えるか」
「チームDか。奇跡のチームDだな。風連奪還戦から帰還した」
「違うと言ったら?」
「信じないさ」
「ならいいじゃないか」
「だから不思議なのさ」
「おい、」
 右舷側の射撃手が、(やめろ)の表情で軍曹を呼ぶ。
「いいじゃねぇか」
「構わないよ」
 私も言う。南波が右舷ガナーを向いた。
「それ、MG-3Rだろう」
 南波がニヤニヤしながらガナーに訊いた。ドアガンの機種のことを言っている。
「それがどうかしたか」
「撃たせてくれよ」
「何言ってるんだ、ダメだ」
「俺のこれ、貸してやるから」
 南波は4726自動小銃を差し出す。ゴテゴテと追加装備をくっつけた、およそ百年前の歩兵に見せても銃だとは分からないような代物だ。
「黙って座っててくれ」
 ガナーは鼻白んだ顔で首を振った。
「南波、」
 私は彼のやり口が分かっている。だから私も彼に向かって首を振って見せた。
 南波は4726をガナーに渡す気などさらさらないのだ。道具に執着するタイプの隊員は私たちのクルーにはいないが、しかし自分の命と仲間の命を預ける道具だ。むやみに他人に渡したりはしないものだ。ただガナーをからかったのだ。
「あんたらは本当に不思議だな」
 左舷のガナーが短く嘆息して私と目を合わせてきた。
「そういうことにしておいてくれ」
 私はその一言を最後に、彼らとのチャンネルを閉じた。

 上空を八二式戦闘ヘリが警戒しているなか、私たちが乗った武装ヘリが森の中にひらけた草原に降下する。両舷のスライドドアは開け放たれていて、射撃手がドアガンを構えてこれまた警戒中。
「念のためだな」
 耳に直接南波の声が届いてくる。すでにCIDSが起動していて、細く頼りないが高感度のリップマイクに囁けば、コンピュータが補正・増幅して声にならない声まで声にしてくれる。それにしても、敵が配備中の<THINK>……無音声伝達機構……で会話したらどんな気分になるのだろう。耳に直接声が届くというレベルではない。声は耳で受け取り、それを脳が「聴く」わけで、終着点としては同一だと理解できるが、耳を経由せず、直接脳に届く声というのはどうにもイメージできなかった。考えただけで意思が相手に伝わる機械だ。確かに訓練しないと運用できないだろう。
「二〇メートル切った」
 ヘリのクルーが怒鳴る。彼らもCIDSを装備しているが、私たちのものとは仕様が違う。彼らのものは暗視機能やヘリコプターの航法や機体情報の表示、赤外線感知など、飛行要員向けに特化したものだ。通話は通常のインターコムで行われる。私たちの機材にあるような増幅・補正機能はついていない。
「リペリングするより気が楽だ」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介