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トモの世界

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 太い銃身をひと撫でする。拡張レールにフラッシュライトとCIDS連動の側距器。アンダーレールにフォアグリップは今回装備しない。くるくる左右にスイッチングしたり姿勢を変動させるような戦闘を考慮していないからだ。そもそも4726……三〇口径は連射に不向きだ。連射したところで第二射目以降の命中精度は期待できないのだ。弾をばらまくなら別だが。ただ、弾倉には二〇発の弾薬しか入らない。フルオートで発砲したら二秒足らずで空になる。
「最終的には、空軍を呼ぶわけだろう」
 南波を見る。笑ってはいなかった。
「それは最終オプションだ」
 奪還できなければ破壊せよ。……今回の作戦は奪還ではなかったが、作戦遂行上問題が生じた場合や、事実上作戦が失敗した際は、再び八九式支援戦闘機を呼び、「目標」を粉砕する手はずになっている。
「最初からそうすればいいんだよ」
 蓮見が4726を手に私の隣に腰かけた。蓮見の目を見、私は嶋田を思い出す。二人の目が似ているからだ。パイロットの目。それに近い。澄んでいるのだ。蓮見の長いまつげの向こうに、黒々とした瞳がじっと私を向いていた。妹と言って差し支えない年齢差。まだ学生の雰囲気があるが、蓮見もまたあの地獄の訓練を卒業している。この小さな体と愛らしい顔のどこにそのエネルギーがあるのだろうかと私は不思議に感じる。
「なにも私たちが行く必要なんてない。最初からあの『癇癪娘』をバラ撒けばいい」
 陸軍の一般部隊から、GBU-8自己鍛造誘導爆弾は「癇癪娘」のあだ名で呼ばれているらしい。誰が名付けたのか、私は同意できなかった。あれは癇癪ではない。断末魔の叫びだ。あるいは、気のふれた魔女が鎌を振りかざして襲ってくるような、そんな声だ。できれば二度と聞きたくなかった。
「『癇癪娘』で済めばいいがな」
 南波。
「しびれを切らして『母さん』爆弾でも落とすかな」
 蓮見。彼女は符牒やあだ名の類が好きなのだ。八九式支援戦闘機には搭載できず、より大型の六四式戦闘爆撃機か重爆撃機でなければ使用できない大型の爆弾GBU-2。
「それはちょっとな。今回の作戦では使用しないだろう。趣旨が違う」
 そうだ。GBU-8ならまだしも、半径数キロを更地にしてしまう『母さん』は、今回の作戦の趣旨とは違う。私たちは発電所に絵本の読み聞かせをしに行くわけでもなければ、鉄橋を落としたり街を奪還しに行くわけでもないのだ。強いていうなら、敵の戦闘機を離陸前に叩きつぶすのがいちばん近い。しかし私たちは敵の戦闘機を破壊しに行くわけでもなかった。目標は敵パイロットそのものだ。ようするに、パイロットの暗殺。
「無駄口は十分だな、」
 南波が立ち上がる。チェストハーネスの下にはボディアーマー。複合セラミック板が前後に入ったもので、重い。私も付けているが、これが私を守ってくれるのは爆弾の破片や七.六二ミリライフル弾までだ。それも真正面から直撃すればどうなるか分からない。ないよりまし。しかし、ゼロか一かなら、私は一を選ぶ。
 窓を向く。
 おなじみの七七式汎用ヘリコプター。
「行くぞ」
 南波が言う。銃を提げ、まっすぐに背筋を伸ばし、歩き出す。
 蓮見が私を見ている。まぶたでうなずく。私も立ち上がる。桐生が水を飲んでいた。蓮見が桐生をつま先でつつき、桐生は飲み干したボトルを床に置き、立ち上がる。
 表では四機のヘリコプターがローターを回している。あの日、砺波大尉が飛ばしてくれた汎用ヘリコプターとは若干仕様が違う。ローターブレード先端は屈曲しており、極端に騒音が少ない。テールローターはダクテッドファン。これも従来のものと比較すれば無音に近いほど騒音がない。ターボシャフトエンジンも消音改造が施されており、砺波大尉のヘリがトラックなら、このヘリは高級車だ。値段もそれくらいに違うらしい。黒く塗られた外観はまがまがしさすら漂っており、のっぺりとした印象は、そのままレーダーを乱反射させる塗装と構造になっている。レーダー技術が発達し、どれだけ欺瞞措置を施したところで、戦闘機も爆撃機もそれらから逃れる術を持たなくなっている現在だが、「見えやすい」よりは「見えにくい」ほうがいいのだ。
「武運長久を、」
 乗り込む際、ドアガンを構えるクルーが私たちに呼びかけた。ドアガンは左舷・右舷に一挺ずつ。なのでガナーも二人いる。積み荷は私たちチームDの四人。そしてコクピットには機長と副操縦士。ここから戦闘領域まで、わずかな時間だが運命をともにする八人。南波はすでにヘルメットバイザと同化したCIDSを下ろしてしまっていて、口許以外に表情がうかがえない。きれいに髭は剃ってあった。私は蓮見とならんで座る。向かいの席に南波と桐生。桐生は細い目をさらに細めて、眠っているように見えた。
「離陸する」
 機長の声がヘッドセットに届く。連邦合衆国のパイロットのように、民間旅客機(エアライナー)の機内放送を倣ったようなジョークを言う人間は、私たちの友軍パイロットにはいなかった。
 離陸。
 私はヘリコプターの隔壁に背をあずけ、上半身だけ脱力させた。
 そう。余計な力は、私たちの仕事に必要ないのだ。


   八、


 柚(ゆ)辺(べ)尾(お)市は北部自治域の北洋州本島ではほぼ中央部に位置し、北洋州本島随一の大河、国内でも第二位の延長と第一位の流域面積を誇る対雁(ツイシカリ)川が作った広大な沖積平野に広がる大都市だ。開拓期に計画的に造成された街路はほぼすべてが直角に交わり、ニセアカシアの並木道がまっすぐに続く。街のシンボルは定時定時に鐘を鳴らす時計台だ。街には路面電車が走り、国際冬季競技大会を機に整備されたという古びた地下鉄が三路線。北洋州の州都であり、都野崎以北では最大の人口と経済規模を誇る大都市。私はその柚辺尾の郊外の衛星都市のひとつで生まれ育った。
 街は海岸線を持ってはいないが、対雁川の河口が近く、水と湖沼と森が間近で、だから私は祖父に連れられて、週末は人家もまばらになる草原や森へ出歩いた。……祖父は開拓期からこの地に移り住んだ開拓民で、私が物心をついたころにはすでに名うての猟師だった。大洋戦争に従軍し、敵兵を幾人も血祭りに上げたらしいのは、彼の弟やほかの係累から聞き及んでいたし、実家の居間の片隅のサイドボードには、陸軍が武勲をあげた兵士に贈る勲章がしまいこまれていた。祖父本人は総力戦だった大洋戦争のことはほとんど話さなかった。ただ、必要なときに引き金を引けるのが兵士だと、そのようなことを言っていた。春先に咲き誇る桜の花を何よりも好み、むしろ満開の桜より、吹雪のような花弁を散らすその姿を好んでいたように思う。
 祖父は孫として男の子を望んでいたのだと思う。けれど私は三人姉妹の末妹で、長姉は一回り年が離れており、姉というより二人目の母だった。婿を取り、早々と家業を継ぐと、私とは疎遠になった。次姉は四つ離れていた。彼女は外で遊ぶよりも祖母とお手玉を覚え、裁縫を得意として、高等課程を出ると、同じく柚辺尾の街の有名私立大学に進学し、教職に就いた。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介