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トモの世界

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「ホラー映画を何回も見たら怖くなくなるだろう? 南波がお好みの戦争映画だって、Iidであれだけ見たら、恐怖も興奮も何もないだろう? 慣れるから」
「まあな」
「伊来中尉は、それができない。とびきり恐ろしいホラー映画を一度しか見られない。その強烈な恐怖は心に焼き付いて、それっきり劣化もしなければ、慣れることもない。とてつもないスケールの戦争スペクタクル映画も見られない。夢の中でフラッシュバックはしないが……物理的に夢を見ないからだな……覚醒時に『思い出す』ことはあり得る。
 たとえば南波、私が戦死する夢の話だけれど、風連の発電所でチームメイトの野(の)井上(いがみ)が敵の狙撃で殺られた場面と、明確に区別できるか。お前の記憶の中では、『私が戦死した』のは夢だとタグがついているから区別できるだけで、それがなければ、私もあそこで現実に戦死したチームメイトも等しく『戦闘中に戦死』している記憶になっていないか」
 言いながら、自分の言葉がまとまりきっていないよう感じる。それは南波の表情で分かる。唇を歪めて、考えている。砺波はそれを興味深そうに見ている。
「記憶の中で、私も野井上も戦死しているが、けれど、お前は過去に夢の中で、私が戦死するシーンを何度も体験している。……だから、たとえば風連で私も野井上と同じく戦死していたとしても、お前が私の死で受ける精神的衝撃は、より少ない、そういうことなんだ。ものすごく乱暴だけど。……この話をきちんとしたら二時間くらいかかっちゃう」
「だから、」
「伊来中尉は、訓練でしか墜落を経験していないはずだ。シミュレータさ。シミュレータはしょせんシミュレータじゃないか?」
「そうだべな……俺もそう思うわ」
 砺波がうなずく。
「シミュレータでいくら敵に撃ち墜とされても、痛くもかゆくもねェべ。……思い出したところで辛くもねェ」
「そう言うことか。……あんたが、あの子がもう飛べなくなったんじゃないかって言うのは」
 砺波がうなずいた。
「けれど、<PG>は強いんだろう?」
「強い」
 と私。
「けれど、弱い。……きっと伊来中尉は、今日のことを何度も思い出す。それを乗り越えられなければ、きっと彼女はもう飛べない。砺波さん、あなたはそう思うんですよね?」
 砺波がうなずく。
「いままでそういうパイロットを、見てきた?」
 うなずく。
「復帰できた奴はいないのか」
 南波が問うと、砺波は私たち向き直り、唇を固く閉じ、そしてゆっくり目を閉じた。
「砺波大尉」
 私が訊く。
「飛ぶだけなら、誰でも戻れるさ」
 静かに言った。
「彼女は、」
 私。
「さあ……あの子次第だべなァ」
 そう言って、砺波は目を細め、笑った。
 轟音。
 見ると、爆装した六四式戦闘爆撃機がアフターバーナーに点火し、猛烈な勢いで離陸滑走を開始。容量六〇〇ガロンの航空燃料を入れた増槽にGPS誘導式GBU-4爆弾、そして自衛用の空対空誘導弾を鈴なりにした機体は、双発のエンジンノズルから盛大にアフターバーナーの炎を吐きだし、滑走路を延々突っ走り、ようやく浮いた。曇天にアフターバーナーの炎は鮮やかなオレンジ色で、主翼端からは白いヴェイパートレイルを曳く。ジェットブラストもまだ余韻の残る滑走路に後続機が進入、同じようにアフターバーナーを全開にして離陸滑走をはじめる。あたりは凄まじい轟音に包まれる。私たちのつまらない会話も終わりだ。
「陸軍さん。飛行隊本部に顔を出して来い。高泊まで飛ぶ便があるって聞いたって。して、……飯でも食べてくんだな。飛ぶのは二時間後だ。一眠りしてこい」
 離陸機の爆音が遠ざかり、後続がエンジンを吹かす前に、砺波が怒鳴った。
「了解」
 南波が親指を立てた。
「サムアップは陸軍さんには似合わねぇべ」
 砺波が笑った。
「武運長久を」
「そのセリフはまだ早ェえなぁ」
「南波、」
「了解、行くぞ、准尉」
「了解、少尉」
 本当は駆け出したかったが、私は歩いた。
 南波も。
 4716自動小銃が、重く感じなかったというと、嘘になる。
 そういえば。
 伊来中尉のタクティカルネーム。
 タービンの甲高い音にかき消された彼女のもう一つの名前。
 私の耳には微かに届いていた。
 南波はどうだったろう。
 ……それは、花の名前だった。
 北洋州の野に咲く花ではなく、格調高い、首都……帝都に咲く満開の花。
 彼女の名前は、そう聞こえたのだった。
 桜。
 ぱっと咲いて、ぱっと散る。
 この国の人間がもっとも愛する、春の花。



   <インターローグ>

---録音記録---
 日時……修文一七年五月二日午後二時三六分開始
     修文一七年五月二日午後三時一一分終了


 いやね、そういう噂があるのはね、俺も知ってたさ。でも実際見た奴なんて俺は聞いたことがなかったし、そんな場所があったところで行きたいとか思ったことはなかったわけさ。
 なんで俺、空軍に入ったかって?
 そりゃ、空軍で戦闘機に乗ってるような人間に、そういう質問しちゃいけないよ。飛行機が好きなんさ。まあ、そうね、飛行機っていうか、空をね、飛ぶのが好きなわけ。
 飛行機を見たことがなくて飛行機に乗りたいって奴は聞いたことがないなぁ。飛行機に乗ったのが、候補生試験の適性検査でって奴はいっぱいいたけどね。うん、俺もそう。
 あんた、飛行機乗ったことあるかね。ある? あんな旅客機、そう、中島のG33とか、あんなのは飛行機って言わないよ。あれは輸送機っていうの。実際ね、旅客機ってね、もとは輸送機だったり、輸送機の原型がもとは旅客機だったりするからさ。窓は小さいし、ただね、路線バスみたいにまっすぐ飛ぶだけでさ。
 飛行機ってね、こう、軽くバンク取ってね、すーっと高度を下げたりするときのマイナスGだとか、操縦桿をくっと引いたときに、すっと機体が浮き上がっていくあの感じが気持ちいいんでね、旅客機なんてね、あんなのつまらないよ。初めて乗ったときは怖かったもの。
 グライダーでもいい。あんた、一回乗ってみたらいい。グライダーだってバカにできないさ。操縦方法は戦闘機と同じなんだ。スロットルレバーがないだけさ。雲の上は、いつだって晴れてるんだ。本当に気持ちがいい。
 ああ、なんの話をしていたっけね。
 天国の話か。
 俺の言うこと、真に受けて発表とかしないほうがいいよ。なんで? そりゃ、そうだろうさ。誰も俺の言うことを本気にしないからな。夢を見ていたって思ってるんだ。誰が夢なんか見るかってね。そうだろう? 夢を見るにしても、もっと気の利いたものを見たいものでね。そんな、一面のワタスゲの原なんて夢で見たところでおもしろくも何ともないだろう。実際ぜんぜんおもしろい場所じゃなかったからな。
 あんたはどう思う? 本当だと思っているのか? 違うだろう?
 だから、俺のところに来たんだろう?
 あんた、聞いたよ。
 陸軍に入隊するんだって?
 このまま、学者さんになったらどうなんだ。あんた、なんだって軍隊なんかに入ろうなんて思ったんだ。それも陸軍か。
 体力には自信があるのかい?
 そうは見えないな。
 かわいらしい顔をしてるくせに、世間知らずなのかな。
 気分を悪くしたかい?
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介