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トモの世界

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 レティクルはCIDSと連動する。ありがたいことに、コンピュータ制御の優秀な観測手(スポッター)が同行しているようなものだ。神の目を持った観測手だ。あとは、私が一個の狙撃マシンとして機能すればいい。用心金の外で待機していた右手人差し指を引金にかける。
 レティクルに私の獲物が捕らえられる。いまだ、撃て。なぜか祖父の声音で私の脳がささやく。
 反動。
 弾道が見える。
 命中。
 獲物の左肩に当たった。のけぞるようにして敵兵は倒れた。隣の兵士が駆けよるが、私は自動装填式のメリットを生かして、反動の戻りでレティクルに彼が入った瞬間、引金を絞る。
 反動。
 弾道。
 命中。
「姉さん、」
 南波が呼んでいる。そして南波も撃っている。制圧射撃。敵に頭を上げさせないようにして、その場にとどまらせるための射撃。瀬里沢たちがいれば、軽機関銃で雨あられと銃弾を注ぎ込むことができたが、彼らはいま機上の人だ。そして私たちを迎えに来ようとしている。
「姉さん、SDDだ。ヤバい」
 光学照準器にもその黒い影が捉えられようとしていた。あの忌まわしい自走対空機関砲。強力な三五ミリ機関砲を二つ、対空レーダーがその間にオフセット気味で備えられている。モジュラー装甲を取り外しているのは、縫高町作戦のときと同じだ。身軽な状態で私たちに向かってくる。随伴するはずの兵士の姿が少ないのは、私の存在に気づいたか、あるいは、八二式戦闘ヘリの三〇ミリに粉砕されたかだ。
「モールリーダーからレラフライト、レラ〇三、こちらからSDDを視認。残弾あればやっつけてくれ」
『レラ〇三からモールリーダー、悪いニュースだ。誘導弾は撃ち尽くした。支援射撃を実施する。レラトランスポート〇一が接近中。方位〇一〇へ急げ』
「聞いたろ、姉さん。もういい。行こう」
 照準器の中で、激しい弾着が見えた。味方の八二式戦闘ヘリの支援射撃だ。三〇ミリを食らえば歩兵はひとたまりもなく吹き飛ぶ。人間が粉砕される様を私は一瞥し、立ち上がる。SDD-48の砲塔が旋回するのが見えたが、見届けることはできなかった。対空レーダーはレラフライトの二機を捉えているだろう。私たちを拾う前に、エスコートが撃墜されないことを私は祈る。私たちの無理のせいで撃ち落とされるのは、願いたくなかった。
 戦闘ヘリとは別のローター音が近づく。七七式汎用ヘリだ。スライドドアから身を乗り出して田鎖がドアガンを構えていた。ローター音にかき消されているが、ドアガンの銃口から発射煙が上がっている。空薬莢がバラバラと散っていた。
「蓮見、走れ」
「南波少尉も、」
「俺はこの姉さんを連れて行く。お前が先だ。もう墜ちるなよ」
「了解、」
 蓮見が駆けた。七七式が高度を下げ、スキッドが草原に沈む。ドアガンが連続発砲。
『蓮見を収容した。二人とも、早く来い』
 瀬里沢が怒鳴っている。
『モールリーダー、ビンゴフュエルだ。帰投分の燃料ギリギリだ。早くしろ』
 汎用ヘリの円波が叫んでいた。私は銃の構えを解き、腰を上げようとした。その時、CIDSのメインウィンドウが赤くフラッシュした。警戒レベルが最大値を示したときの警告サインだ。
「水上部隊の艦砲射撃だ!」
 南波が私の肩をつかんで大声を上げた。
「着弾地点は」
「そんなもん知るか、急げ」
 私の問いに答えず、南波は私を促す。走れ、と。
 上空に遠雷のような音が充満する。
 艦砲だ。
 着弾する。
 考える間もなく、私が照準していた森が一瞬で消し飛んだ。樹齢数十年の大木たちが、砂場にこしらえた砂山に、飾りとして挿してあった雑草のように舞い上がる。爆風が襲う。
『少尉、急げ。離脱する』
 私はショウキたちが向かった先を見た。森、草原、空、雲。彼らの姿はもう見えなかった。無事、敵の射程外へ、そして艦砲射撃の着弾予想点から逃れていればいいが。
 地響き。
 戦艦の主砲かもしれない。あたりは音と爆風の暴力にもみくちゃにされた。ヘリコプターは安定して飛行するのが危険な状態だ。
「姉さん、走れ! 早く、走れ!」
 半身をねじりながら、南波が怒鳴っている。
『姉さん、姉さん!』
 蓮見の声だ。CIDSを通してはっきり聞こえる。
 爆風。
 着弾。
 木々が一瞬で爆炎に覆われ、集落の一部は地面そのものが爆発したように消し飛んでいく。
『南波少尉、入地准尉、すまん、もう待てない。離脱する』
 汎用ヘリのパイロットが言い、目の前を急上昇する機影がよぎった。艦砲射撃の雨の中、汎用ヘリとエスコートの戦闘ヘリ二機が猛スピードで離れていく。
 私と南波は、新たな着弾に身をかがめ、何とか海岸線方向へ移動しようと走った。あたりは一気に暗くなっていた。爆炎と着弾の土煙、空から降ってくるあらゆる残骸で視界はほとんどゼロに近かった。それでも私たちは頭を身体を護りながら、また走った。銃だけは手放さないよう、頭をすくめながら。南波が足を茂みに取られて転んだ。私は彼の手を強く引いた。私が南波の手を引いたのは初めてだったかもしれない。いつも、南波が私の手を引いた。石つぶてが降ってくる。何もかもが艦砲射撃で見えなくなる。CIDSに方位は示されているが、着弾のたびに大きくノイズが混じった。
 私たちは駆けた。
 そして転んだ。
 何度も。
 起き上がり、走った。
 叫んだ。
 言葉の意味も分からない。
 言葉にならない叫び。
 味方の砲撃に、私たちは逃げた。
 CIDSはまだ生きていた。ノイズまじりに、レラフライトが無事、戦域を離脱したことを知った。まだ私たちを呼ぶ蓮見や瀬里沢の声が届いていたが、爆音がそれに勝り、何を言っているのか全く分からなかった。いつしか、私と南波は手をつないでいた。というより、お互いがお互いを引き合い、転んでは助け、そして走っていた。CIDSの生体情報よりも確かな感触だった。体温こそ感じないが、南波の存在が私の手を通してしっかりと感じられた。頼もしかった。南波は砲撃の中でも生きていた。死ぬ気がしない。なぜかそう思えた。
 そして、私たちは茂みの中でまた転び、轟音に動けなくなった。
 砲撃がどれくらいのあいだ続いたのか、気が付けばあの音響兵器を食らったときのように、強い耳鳴りがしていた。だから、砲撃が止んだことに気づいたのは、あたりから土煙が引き始めたときだった。
 明るさが戻りつつあった。
 静けさも戻りつつあった。
 CIDSの表示は、脅威判定レベルが一以下になったことを示していた。
 敵脅威、なし。
 敵残存勢力、確認できず。
 敵部隊、完全に制圧。
 そして、私たちの周囲に、友軍を示す青のマーカーは一つもなかった。
 私のCIDSはスーパーサーチモードにしたままだったので、青のマーカーが一つも表示されないということは、半径十キロ以内に友軍部隊はゼロということだ。いや、南波少尉がいた。一名を除いては、だ。
「姉さん、生きてるか」
 南波はまだ私の腕をつかんでいた。
「入地准尉」
 私は仰向けに転がっているらしかった。南波少尉が私を覗きこむように立っていたからだ。
「南波、」
「生きてるな」
「生きてるよ」
「健在だな」
「見たところ、負傷はしていないか」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介