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トモの世界

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 私と蓮見がワタスゲの原で出会ったときと変わらない、イルワクのごく一般的な狩りのスタイルだった。違うのは、七.六二ミリ弾を何発も挿し込んだ弾帯を着けているところだ。まったくもって正規軍の兵士の装備と比べると機能性に欠けた構造。ライフルに複数弾を一気に装填するためのクリップもついていない。前時代そのものの装い。そこに最新の軍事的トレンドを凝縮したタクティカルベストにマガジンポーチ、迷彩服を纏った私たちが合流する。奇妙な光景だった。
「セムピ、同盟の相手をしてる場合じゃない。帝国が総攻撃を行う。みんな、海岸線まで逃げるんだ」
 ショウキが喘ぎながら言う。
「総攻撃?」
「同盟を叩き潰すんだそうだ」
「お前ら、」
 すさまじい怒りの表情だった。セムピが私たちを睨みつけていた。集団はライフルを持った男たちが前列にいたが、女たちの姿も見えた。老いも若きもいた。このような風景を私は大学時代や陸軍に入隊したあとの講義で見たことがあった。大洋戦争のころの風景だ。戦争が国家対国家の総力戦に変貌した時代。戦士対戦士の戦いから、戦場が日常を塗りつぶすようになった時代の、粒子の粗いフィルムに焼き付けられた苦い光景。
「セムピ、」
 私は説明しようと口を開いた。その視線の先にひげを蓄えたシカイの姿があった。セムピと違い、そこに怒りの表情はなかった。ただ、泰然とした目が私を見つめていた。
「帝国の戦士。戻ってきたのか……戦火を引き連れて」
「違う……。私は、あなたたちに、逃げてほしくて」
「もう逃げている」
「もっと遠くへ。海まで逃げて」
「足萎えもいる。そんなには急げん。お前らのように走ることはできない」
「ここはもうすぐ戦場になります。敵部隊が森を越えました」
「そんなものはもうわかっている。私たちはにもう見えているんだ」
「撃ち返さないでください。撃っているあいだに、早く遠くへ」
「ここは私たちの場所だ。私たちの村だ。帝国の戦士に命令されるいわれはないよ」
「なにをごちゃごちゃ言ってるんだ。早くしろ、やられたいのか」
 南波がずかずかと大股で歩いてくる。銃把から右手は離さない。CIDSも下ろしたままだ。だから顔の上半分の表情は見えない。
「お前は、誰だ」
 シカイが南波に問う。さなかにも森から銃弾が届く。私たちのすぐ横で土が弾けた。弾丸が空を切るいやな音がする。
「帝国陸軍第五五派遣隊の南波少尉だ。あんたがこの村の長か」
「若いの、言葉が達者だな」
「あんたこそ、こっちの言葉もしゃべれるんだな」
「同盟の言葉、帝国の言葉。お前らが決めた線引きは、ここでは通用しない。だから、お前たちの命令も通用しない。私たちは自決権を持っている。それは同盟も保証している」
「だが、今は同盟がこっちに弾を撃ちこんできているんだぜ。この姉さんの言うとおりだ。早いとこ海岸線まで後退するんだ」
「お前らが来たからではないか。お前らが戦火を引き連れてきたんだ。責任を取れとは言わん。さっさと去れ。お前らが乗ってきたあの乗り物に乗ってな」
 八二式はまだ集落の上空で回避行動をとりながら飛行中だった。私たちを置いて行けず、逡巡している様子だった。七七式汎用ヘリも接近しているが、ここまでは来られない。森から激しい銃撃を受けている様子だ。
「俺たちが責任を持って敵を……同盟軍をここで引き留める。その間にあんたらは海まで急げ。それでいいだろう!」
 南波が左手を振り回すようにして言った。
「何様のつもりだ、お前!」
 セムピがつかみかかろうとするのを、ショウキが間に入った。
「セムピ、頼む。こいつらの言うとおりにしてくれ。いまだけだ」
「ショウキ。お前、俺たちの家族になったはずじゃなかったのか。帝国の言いなりか。元の世界に帰るのか」
「違う。そんなつもりはない。俺はイルワクだ。帝国の人間じゃない」
「疑うぞ」
「頼む。そんなことは言わないでくれ」
 振り絞るようにショウキが言う。顔が苦痛に歪んでいた。まるで銃に撃たれたように。いや、セムピの言葉は、銃弾そのものよりもより深くショウキの身体に食い込んだのだ。
 私たちのせいだ。
「セムピ、……シカイ。ショウキはあなたたちを護ろうとしている。それは私が、言い方はおかしいが、私が保証する。お願いだから、ここから離れて」
 私はセムピとシカイの二人に、文節を区切りながら、目をまっすぐに見ながら言った。
『レラ〇三からモールリーダー、FCSで敵戦闘車両をロック・オン。これより脅威を排除する。脅威判定がレベル一に低下したのを確認できたら、そちらまで拾いに行く』
「モールリーダー了解」
 上空に三十ミリ機関砲の連続射撃音が激しく響き渡った。二機の戦闘ヘリコプターが同時に機関砲を発砲している。間に誘導弾の発射音。森の中から閃光が瞬き、そして黒煙が上がる。
『SDD、一、撃破。残存勢力は、SDD、さらに一。後方に目標複数接近中。おい、南波少尉、これ以上は堪えられないぞ』
「現在、現地住民を説得中だ。水上部隊の総攻撃まではの猶予は」
『もうない。それとこちらはビンゴ・フュエルだ。瀬里沢少尉がじれている』
『南波、なぜ広場に来ない。もう待てんぞ』
「瀬里沢、もうちょっと、もうちょっとだ。この姉さんが納得しない」
「お前たち、何を話している」
 セムピは変わらず怒りの表情だ。CIDSを介した会話は彼らに聞こえない。
「もう一刻の猶予もないってことだ」
 南波は怒ったように鋭く言うと、銃を構えた。一瞬セムピもライフルをこちらに向けるそぶりを見せたが、南波が銃を構えた先は、森だった。
「姉さん、敵歩兵だ」
 私の身体が反応する。瞬時に銃を構え直し、光学照準器を覗く。人影。
「ショウキ、みんなを誘導して。セムピ、お願いだから、ここから離れて」
「トモ」
 私はもう答えなかった。照準器のレティクルに人影を捉えたからだ。セレクターレバーを安全位置から単発に切り替え、立ったままで撃った。しかし遠すぎる。猟でなら絶対に撃たない距離だ。五〇〇メートル以上ある。
「トモ、……あんたは国に帰るんだ」
 ショウキの声。そして、セムピたちに呼びかけるやり取り。南波が伏せる。私も伏せた。蓮見は片膝を立てて周囲を警戒する。私たちは去ろうとするセムピやシカイ、ショウキたちと同行することはせず、茂みを前に留まった。
「姉さん、狙えるか」
 私は南波にも答えず、伏せ撃ちの姿勢で呼吸を整えた。全力疾走したせいだ。全身の血流が轟々とうるさい。耳の奥で心臓が鼓動を打っていた。右手の指さきまでそれはたぎり、正確な照準を妨げる。銃床のプレートを右肩にあて、左手は被筒下部で動かないよう脱力させる。二脚(バイポッド)を装備してこなかったから、私の左手がその代わりだ。できる限り左手から力を抜き、銃を安定させる。4726自動小銃は狙撃銃ではなかったが、個体差が少なく、命中精度は非常に高い。引き金の感触が唯一気に入らないが、仕方ない。
 私は頭上をかすめる敵の銃弾を意識から外した。ここは猟場だ。茂みの向こうには、わざわざこちらへ向かって来てくれる獲物がいる。私は猟師だ。これから人間を狩る。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介