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トモの世界

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 瀬里沢が呼び掛けてくる。私はCIDSのサブウィンドウを視線入力で開きなおす。パイロットが言った早期警戒管制機の情報はこちらの端末でも参照することかできるからだ。
「南波少尉、熱源複数。方位三〇〇、距離九〇〇」
「九〇〇メートル? 装甲車両なら射程内だ」
『レラフライトリーダーからモールリーダー、こちらのレーダーが敵目標を確認した。SDD-48が二両。随伴して装軌車両が二両。おそらく歩兵戦闘車だ』
 パイロットの声が切迫していた。
「構わないから攻撃しろ」
『目標を照準、これより攻撃する』
 すぐさま、上昇しつつあった八二式戦闘ヘリコプター機体側面のスタブ・ウィングから、空対地ミサイルが放たれる。ロケット・モーターの噴射音が耳をつんざく。発射煙をわずかに曳きながら、誘導弾が森の中へ放たれる。
「当たるかよ、森だぞ」
 ショウキがつぶやく。
「撃たざるを得ないだろう」
 南波は光学照準器を構えたままで言う。
「退避しろ、と言いたいところだが、俺たちを拾ってからにして欲しいもんだ」
 森の奥で爆発音。だが、CIDSの脅威判定レベルが低下しない。命中しなかったのだ。続いて、森の奥から曳光弾が撃ちこまれてくる。
「危ない、逃げろ」
 南波が曳光弾の軌跡を追うように振り返る。戦闘ヘリ二機は戦闘機動に入っていた。大きく機体をバンクさせるが、高度と速度に余裕がなく、集落の屋根をかすめている状態なので、思うように動けない。敵が放った曳光弾が一軒の家を粉々にした。弾着が一直線に地面を耕していく。そのまま反対側の森の木々に突き刺さる。
 八二式が反撃、三〇ミリ機関砲を撃つ。ガナーの頭の動きに同期して砲身が動く。マズルフラッシュで集落の家に影が落ちる。私たちの頭上を三〇ミリ機関砲弾が空気を切り裂き、撃ちこまれていく。
「伐採だな、まるで」
 ショウキが頭を左手で押さえながら言う。八二式戦闘ヘリの機関砲弾が針葉樹をなぎ倒していく様を見、ショウキの表情は苦悶のような色を強くする。
『敵脅威、二。ダメだ、ここからは撃ちこめない』
「レラフライト、早いとこ俺たちを拾い上げてくれ」
『南波少尉、そこまで前進されていてはこちらは動きが取れない。後退しろ』
 瀬里沢の声だ。
『集落の真ん中に広場がある。そこまで下がれ。こちらはすでに離陸している。だが危なくて高度を取れない』
「くそ、姉さん、蓮見、戻るぞ」
「南波、セムピたちとは合流しないのか」
「姉さん、この期に及んで何を言ってる」
「それが目的だったはずだ」
「帰れなくなる。優先順位が違う」
「トモ、」
 私の真横にいるショウキが顔をしかめて私に言う。
「少尉殿の言うとおりだ。俺がセムピやシカイに話す。あんたらはもう帰れ。そしてここを戦場にしないでくれ」
「姉さん、行くぞ。敵部隊がこっちに向かってきたらとても俺たちの装備だけでは帰れなくなる。ヘリはもうビンゴだ」
 私はCIDSのサブウィンドウを閉じ、索敵モードをスーパーサーチに戻す。敵味方識別マーカーに反応しないいくつかの「脅威」が発砲していることを示している。武器を持った「なにか」を「脅威」と判定する機能だ。ここにいて「敵か味方かわからないが武装した集団」はイルワクの本隊を意味している。彼らがまた発砲しているのだ。
「ショウキ、セムピたちがまた撃ってる。敵が分かれたんだ。助けにいかななきゃ」
 私はできる限りの声を張り上げた。そうしないと、八二式戦闘ヘリの爆音と、敵が撃ちこんでくる機関砲弾の弾着で、会話が成立しなかった。
「姉さん、俺が上官だ。従わなない気か」
 南波が負けじと声を張り上げた。本当はそんなことをしなくても、私たちCIDSを装備した兵士は、爆音をフィルタリングして音声を抽出した通話が可能だが、人間はこういう場合、大声を出すものだ。
「南波、私が行く」
 私は短く言うと、4726自動小銃を引く構えたままダッシュした。
「入地准尉!」
 南波が引き留めようと腕を伸ばしたがそれは届かなかった。
 私は走った。見覚えがある景色だった。あの家は、この村に滞在した一週間余りのあいだ、何度か通りがかったトマト畑のある家だ。この道では、何人もの村人とすれ違った。挨拶をよこす者はほとんどいなかったが、無視されるわけでもなかった。風の音や足音が聞こえた場所が、今では機関砲弾が飛び交い、いままた私の頭上を、戦闘ヘリが放った誘導弾が空気を鋭利な刃物で切り裂くような音を立てて飛んでいく。ここはすでに戦場だった。敵部隊をこの村に入れることはできない、そう私は思ったが、しかし私たちがすでにイルワクの彼らにとっては「味方ではない兵士」にしか過ぎないことに思い至り、それが私の足にさらに力を入れさせた。私は道を突っ切り、申し訳ないと片隅で考えながら、柔らかい畑の土を蹴る。苗木がぽきりと靴の裏で折れる。後ろから誰かが走ってくる気配を感じ、わずかに振り向くと、それは蓮見と南波であり、南波はずっと森の方角を警戒しながら、時折走りつつ小銃を点射していた。その二人を追い抜いて駆けてくるのは鬼神の形相と化したショウキだった。
「もっと姿勢を低くしろ、ショウキ。おい、戦車兵、撃たれるぞ」
 南波が叫んでいた。私は構わず走り続けた。装備が重い。すべてを捨ててしまいたい衝動を辛くも押さえつけていた。予備の弾薬も戦闘糧食も通信装備も何もかもここで喪うわけにはいかなかった。私はすでに、味方の汎用ヘリコプターに拾われる可能性を捨てていた。私たちは確実に敵部隊に接近しており、同時にセムピやシカイたちにも近づいていた。
「南波少尉、八二式を近づけるな!」
「俺に命令するな、入地准尉! ……レラフライト、レラフライト、こちらモールリーダー。非戦闘員保護のため、敵部隊の進路を攪乱する。八二式は下がらせろ。敵戦闘車両が接近中」
「南波、」
「姉さん、黙って走れ」
 畑を抜けたと思ったところに思わぬ段差があり、私の足はあるべき地面をつかみ損ねて転んだ。だが痛みは感じなかった。痛いと思ったが、痛いとは感じなかった。気が立っている。それだけを実感した。家が燃えていた。誰の家か。どちらの機関砲弾で燃えたのか。すまないと思った。そして転がるように起き上がり、また駆けた。間延びした射撃音が近づく。自動装填式ではない、ボルトアクションのライフルを懸命に連射している音だ。
『レラフライトからモールリーダー、脅威に接近しつつあり。悪いことは言わない、戻れ』
『こちら瀬里沢。南波少尉、血迷ったか』
「今忙しい、手が離せない!」
 南波も畑を越えた。膝撃ちで点射。空薬莢が散る。蓮見がバックアップ。ショウキが私に追いつく。
「見えた、セムピだ」
 ナスやトマトが生長しつつある一軒の家の向こうに、幾人もの人影が見えた。戦闘にいるのはセムピだ。ライフルを構えて撃っている。
「セムピ!」
 ショウキがあらん限りの声を張り上げた。走り続けながら。私も並んで全力で走る。
「ショウキ、……お前らはなんだ!」
 ショウキも鬼の形相なら、近づくセムピの表情は怒りそのものに見えた。それがわかる距離まで近づいた。
「お前、トモか。戻ったんじゃなかったのか、何しに来た、帝国の戦士!」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介