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トモの世界

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 三人に距離を置かず、南波が低くスタート。こちらは慣れたものだ。動物のような動きをする。屈みながら走るのはたいへんな体力を消耗するのだ。自然に姿勢が高くなる。そしてそこを狙われる。慣れないうちは太ももが真っ先に悲鳴を上げ、翌日は下半身が言うことを聞かなくなるのだ。
「姉さん、家が燃えてる」
 蓮見が叫ぶ。走りながら。蓮見は指で示すことまではしなかったが、私の視界の端で、一軒の家が黒々とした煙を吹き、炎上しているのがわかった。銃撃で可燃物に火が点いたか。敵はまだ砲撃までは行っていなかった。だが、こちらの勢力を察知されれば、即座に火力支援が行われるに違いない。私たちには戦闘ヘリコプターという極力過ぎる助っ人が控えているが、彼らに出張ってもらうのはまだ早すぎる。戦力の拮抗が崩れれば、一時的にどちらかが優位に立っても、すぐに援軍がやってきて再び戦力は拮抗するのだ。それが彼我の戦力に著しい差がある場合は別だが、この森の向こうに、敵がどの程度の戦力を集中させているのかがよくわからないだけに、いま戦闘ヘリコプターに登場してもらうの危険すぎた。本気で瀬里沢、日比野、田鎖を呼んで欲しいと考えたが、ここまでの距離が微妙すぎる。強力な分隊支援火器と、必要であれば汎用ヘリのドアガンで武装した彼らがここまで移動してくる時間を、私たちは待てない。もちろん、重量級の武装を担いで走ってくるだろう二人と、身軽な私たちとの機動力の差も不安材料だった。戦闘機と爆撃機が一緒に行動できるのは、戦闘機が爆撃機を護衛する場合だけだ。逆はありえない。
「少し離れたな」
 耳に南波の声が届く。CIDSには、脅威レベルがやや低下したことを示すサインが出ている。さきほど遭遇した敵部隊の射程外に私たちが逃れたことを意味しているのだろう。だが、散発的な射撃音はずっと聞こえる。じきにセムピたちのライフルは残弾を失う。
「ショウキ、なんでお前ら、味方と戦うんだ」
 走りながら南波が声を張り上げる。茂みを突っ切り、けもの道のような細い通路を駆ける。頬が痛む。若葉で切れたらしい。
「味方じゃない。俺たちの村がたまたま同盟の領土にあるだけだ。俺たちは徴兵も物資の提出も何もかも拒否している。一応同盟から認められた自治権があるからだ」
 ショウキがミズナラの大木の手前で一時駆けるのをやめた。青い目をした三人は完全に息が上がってしまっている。
「その自治権があるなら、なぜ同盟はお前らを攻撃する」
「軍事作戦すべてを拒否し続けているからだ。自治権は奴らに『認めてもらってる』わけじゃない。もともとここに俺たち……イルワクは住み続けている。自然に発生した権利だ。ここにい続ける権利だ。あとからやってきたのは同盟のほうなのさ。生活を乱すものがあれば、実力で排除する。それがイルワクの歴史だ」
「抵抗して皆殺しにされるぞ」
「そういう歴史もあっただろうさ」
「そうなのか」
 南波が私を振り返る。私は小さくうなずいてみせる。それはイルワクの村で教わったことではない。北洋州で育ったものならば、誰もが社会科の授業で教わる負の歴史だ。北洋州の北部と、海峡を越えた椛武戸全域は、もともと帝国の領土ではなかった。イルワクを含めた、先住民が何千年と暮らしてきた地域だった。彼らに領土の概念はなかった。そもそも国家の概念すら希薄なのだから、領土の概念がなくて当たり前だった。それが、近代になってから破られた。地球上の地面は、あまねくどこかの国家に所属せざるを得ない時代を迎え、その流れは北のこの地にも及んだ。南からは帝国、北からは北方会議同盟(ルーシ)連邦。その過程で、先住民は自決を維持するために、狩りに使っていた道具で抵抗をした。結果、一族が消えた村もあったのだ。そういう歴史があった。
「ここでそれを繰り返すわけにはいかないってことだ。同盟は面倒事を避ける。今回は、あんたら、帝国軍が侵攻してきたから、それを同盟軍が迎え撃っている。その前面にたまたま俺たちの村があった。俺たちに武器を向けるものは全員が敵だ。そういうことなんだ。そこで妥協は許されないんだ。妥協した瞬間、イルワクはイルワクではなくなる」
「同盟に同化した部族もいるんだろう」
 私が問う。
「町には何でもあるからな」
「彼らとはどう違うんだ」
「行きたい奴は行けばいい。残りたい奴、残らざるを得ないやつがここにいる。残れる場所がなくなったら困るから、戦う。それだけだ。シンプルだろう。あんたらの戦争と違って」
「すっかりイルワク気取りなんだな。お前も帝国の一員だったくせに」
「イルワクは民族そのものを指すことばじゃないのさ。イルワク人がいるんじゃない。イルワクの生活を営む人間がいるんだ。少尉殿、あんただって、この村に居残りたいならそれができるぜ。銃の腕もある。なにより若いし、体力も有り余ってる。若者は歓迎されるぜ。俺からとりなしてやったっていい。ここでの暮らしは俺が教えてやる。少尉殿、どうだ。理屈を考えながら、自問自答しながら戦争するより、生きるために生きるってのは、シンプルでお勧めだ」
 大木の影で索敵の姿勢を取りながら、ショウキが鋭く言う。皮肉交じりの言葉ではあったが、私には皮肉には聞こえなかった。南波も同じ気持ちだったのだろう。ショウキの目をまっすぐに見ながら、しかし混ぜっ返したりはしなかった。
「考えとくよ」
 南波は笑わずに言った。
『モールリーダー、こちらレラフライト。なぜ移動している? そろそろこっちはビンゴだ。支援は必要か。必要ないなら拾いに行く』
 CIDSに戦闘ヘリコプターからのコール。
「レラフライト、こちらモールリーダー。敵の攻撃を回避するため、一時敵射程外に退避した。もう少し待ってくれ。……この村の本隊に合流してから、警告を与えて、俺たちは帰る」
『なんだって』
「言ったとおりだ。この村の住民が敵の攻撃に遭っている。非戦闘員だ。警告を与えて、敵の攻撃を止める」
『任務外だ。さっさと帰るぞ。南波少尉』
「二十分、いや十五分でいい。十五分したら、戻る。モールリーダー、アウト」
 一方的に宣言すると、南波はショウキの肩を叩いた。
「休憩は終わりだ。あんたらの長(おさ)ンとこまで案内してくれ。俺もあいさつをしたい。この姉さんが世話になった礼が必要だ。手土産を忘れてきたが、加勢するからそれで許せ」
 ショウキはにこりともせず、しかし強くうなずき、また駆けだした。
 私たちは海側に村を迂回している。こちらから敵の様子はうかがえないが、完全に射程の外に脱している。攻撃はできないが攻撃もされない。私たちは姿勢を低くしたまま、精いっぱいの速度で走った。こういう場合、走っては止まり、止まっては索敵し、そして走るスタイルが戦争を描いた映像作品などでは見られるが、それは愚の骨頂だ。動きは流れるように、よどみなく、それがセオリーだ。走っては止まり、止まっては走る、その繰り返しはパターン化しやすく、逆に狙われる。止まっているあいだは索敵もしやすいが、逆に、動目標と比べると、静止目標が狙いやすいのは、銃を初めて撃った子どもにだってわかる。動き続けること。予測しにくい動きで。なので、目標地点まで最短距離を一直線に進むことはこれまた自殺行為だ。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介