トモの世界
反動。肩を打つ。七.六二ミリの反動はかなり強い。それでも、銃自体が四キロほどの自重を持ち、ボルトアクションの猟銃と違い、排莢、装填を自動で行う機構が反動を分散させるので、いくらかマイルドに感じる。それでも速射はできない。二射目の命中率は、一射目と比較して極端に落ちるのが七.六二ミリ口径4726自動小銃の宿命だ。
命中。一人に当たった。肩だ。頭には当てられなかった。それでも一射目で命中できた自分をほんの少しだけほめてやる。二射目はハードだ。敵はこちらの発射点を理解した。シカや森林に君臨する羆は撃たれたからと言って発砲してこないが、相手は違う。
単射ではなく、バースト射撃で反撃してくる。
土が弾ける。
狙って撃っていない。ほとんど制圧射撃のレベル。窓ガラスが割れる音。銃弾が空気を切り裂く嫌な音。私はさらに伏せ撃ちの姿勢を取る。だが、地面の起伏が邪魔をして射界を確保できない。私はすぐに膝撃ちの姿勢に戻す。
「姉さん、」
南波が私の背後で叫ぶ。
「連射するから、その隙に、向こうの家へ」
「わかった。ショウキ、あんたの部下たちに伝えてくれ。この姉さんが連射したら、その間隙をついてあっちの家の影まで走れ。何も考えずに」
「わかった」
「蓮見、遅れるなよ。ついでに撃たれるな」
「わかってる」
「姉さん、いいぜ」
「よし、」
私は民家の影から半身を覗かせ、尻を地面につけ、右半身を壁に預けるようにして、銃のセレクターをフルオートに切り替える。反動を地面と壁に吸収させるつもりで、連射した。
反動反動反動反動。光学照準器の中の像はぶれて何も見えない。硝煙、マズルフラッシュ、空薬莢が家の壁に当たって金属音が弾ける。南波たちが駆けたのがわかる。再びフルオートで射撃。二十発の弾倉はあっという間に空になる。
「姉さん」
反対の家にたどり着いた南波が私を呼び、蓮見が私と同じ姿勢を取って4726自動小銃を連射で射撃。私は弾倉を素早く交換し、ホールドオープンしたボルトを閉鎖、薬室に初弾が送られたと同時に銃を腰だめにしてフルオートで撃ちながら走る。狙っていない。銃口がどこを向いているかCIDSにはレティクルが表示されるが、見ていない。走る。そうして私は南波たちに合流する。
「先が思いやられるぜ」
機関銃手がこちら側の敵にはいないのか、反撃の連続射撃も長くは続かない。
「ドアガンを持ってくれば良かったな」
「今更」
「田鎖を連れてくるべきだった」
「いまさら」
「呼ぶか」
「敵脅威が判明しない。ヘリが来ても落とされるかもしれない」
「わかってるさ。次だ。……行くぜ」
「援護する」
先ほどと同じ、私は銃を構え、撃つ。撃っているあいだに、南波が駆ける。ショウキが続く。ドミトリ、イブゲニー、アベ・フチと蓮見が駆ける。蓮見が駆けながら撃っている。小さな身体を走らせながら、重心の移動をうまく銃の反動にかぶせながら。器用だな、と思う。
「姉さん、早く」
新しい弾倉に交換する。被筒と銃身から白く煙が上がっている。強い硝煙の匂い。私は立ち上がり、しかし低い姿勢で、撃ちながら駆ける。
村の中で。
私は毒づく。
戦場にしちゃった。ここを。この村を。
土がはじけ飛ぶ。敵の銃弾が跳弾し、畑の向こうの民家の壁を砕く。煙突の石組みが弾ける。それでも私は撃つ。撃たなければ、この戦場で、私は死ぬ。
それはありえないことだしあってはいけないこと。
だから、撃つ。
散発的な射撃音の直後に、すさまじいバースト射撃の音が響く。一発撃つ間になんとやら。ようするに、ボルトアクションの猟銃で、ベルトリンク給弾の機関銃と対峙しているのだ。
「ショウキ、抵抗するより逃げろって伝えるんだ」
「それができないんだよ」
イルワクの家庭はある程度電化されている。ターニャの上にも電灯があったし、村には白熱灯の街灯もある。いつまでも前時代的にアザラシの油でランプをともしているわけではなかった。村はずれには小さな発電施設があったのを覚えている。風力発電と太陽光だ。そもそも大量の電力を消費するような生活を彼らはしていないから、せいぜいが家々の灯りを点せるだけの電力で十分なのだ。だから「ある程度」の電化に留まっている。必要がないから無線設備がない。私たちが装備しているような個人対個人で通話可能な通信用具がない。
「本気で狼煙でも上げてもらわなきゃな」
遮蔽物に半身を隠しながら、銃を構えた南波が言う。言うあいだにこちらへも敵からの銃弾が掠めていく。
「ショウキさんよ、あんたらの装備は目立ちすぎる。もっと姿勢を低くしろ。敵のセンサーにもろバレってやつだ」
ショウキたちが纏っているのは、帝国陸軍の一世代前の戦闘服だった。それも正しくメンテナンスされていないもの。戦闘服はただの衣類ではない。人間が恒温動物である以上、生きている限りは体温を放出する。それは赤外線として有用なマーカー足りえる。いくら背景と同化しようが、体温が放出される限り、サーマルデータとして人の形がくっきりと捕捉できてしまう。もちろん、ショウキたちの戦闘服も赤外線放出を極力抑えられる繊維で作られているし、コーティングもされている。だがそれは新品か、それに近い状態を保っていることが条件となる。消耗品なのだ。手荒く洗濯することすら部隊では禁止されている。
「あんたら、こんなところからさっさと出て行けばいい。なんでわざわざ、」
4716自動小銃を点射しながらショウキが吐き出すように言う。
「戦闘に巻き込まれたからだ」
南波が平然と言う。言ったあと私を向く。それでいいんだろう? 姉さん。表情が雄弁だ。
「バカな」
「文句はこの入地准尉に言ってくれ。さあ姉さん、どうするよ」
「少尉殿、私に言わないでくれ」
「無責任だな。あんたが望んだことだ。ここへ来たいと。警告したかったんだろう?」
「状況が変わったな」
「そのとおりだ」
私たちは民家の軒先で釘づけにされてしまっていた。遮蔽物である民家からうかつに身体を出せば、敵がばら撒く銃弾に確実に当たる。敵の弾が届いてくるのだから、こちらからも当然撃ち返せば当たる距離なのだが、遮蔽物が邪魔をして射角が取れない。下手に室内に移動するわけにもいかない。遮蔽物に囲まれるメリットより、移動範囲が限定されるデメリットと、室内に移動することで、遮蔽物の厚みが半分になる……壁を二枚通すか、一枚通すか……デメリットが生ずる。それこそ、敵からロケットランチャーあたりで狙われたら終わりだ。
「とりあえず移動しよう」
南波が言う。私と蓮見がうなずく。ショウキも彼らの言葉で仲間に伝達する。
「南波少尉。セムピと合流する。遠回りになるが、村を迂回する」
「道案内頼む」
言うが早いか、ショウキが駆けだす。
「ドミトリ、イブゲニー、アベ・フチ!」
青い目をした三人がまずショウキの後を追う。いくらショウキが教えたとはいえ、私から見れば新兵並みの身のこなしだった。一人前扱いされる前に、戦場で死ぬ。
「入地、蓮見、俺に続け」