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トモの世界

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 私はショウキの言葉にうなずいた。もともとイルワクに「戦士」という職業はない。有事には村の人間が総動員される。組織だった抵抗といえば聞こえはいいが、戦術も戦略もない突撃をするか、待ち伏せて敵を一人ずつ葬るか、そのどちらかしかない。彼らは猟師であり、戦士ではない。
 ならば。
「南波少尉、今の状況をどう判断する」
 私は南波の肩をつかむ。そうしているうちにもライフルの発砲音が続いた。間髪を入れず、連続した射撃音。
「ショウキ、この村には機関銃があるのか」
 思わず私は訊く。悪い予感を打ち消すためだ。
「ない」
 悪い予感は打ち消されなかった。
「反撃されたな。姉さん、今状態は、……何を期待している」
「名目だ」
「なんの名目だ」
「……私たちが発砲できる名目だ」
「正当防衛。あるいは、敵と会敵した場合。交戦規定に従い、敵と遭遇した場合は、部隊として戦闘を行うさ」
「いまの状況は」
「おい、俺たちはまだ撃たれちゃいないぜ」
「ショウキ、待ってくれ。私たちも一緒に行く」
「姉さん、何だって?」
「巻き込まれれば……私たちの戦闘になるだろう」
「姉さん、入地准尉、世迷言を」
「だいたい、敵の部隊が至近距離にいるのはもうわかった。ヘリは上空に退避させたほうがいいかもしれないが、高度は取りすぎないほうがいい。撃ち落とされたら貴重な三十ミリが使えなくなる」
「姉さん、……聞かなかったことにしたほうがいいのかな。この一連の会話は」
「どうせ記録されてる」
「あとで消す」
「そんなことできない」
「あらゆる手段で消す」
「もういい、ショウキ、行ってくれ。私たちはあんたたちを追いかける」
 応えるより早く、ショウキは茂みに駆けこんだ。ドミトリ、イブゲニー、そう呼ばれた二人が続く。姿勢をできるだけ低くして駆けるが、これには訓練がいる。訓練を経ずにこの姿勢のまま走っても、十分と持たないで大腿部が悲鳴を上げる。だから、後続の二人の腰が高い。
「ショウキ、ダメだ。もっと姿勢を低くさせろ」
 私も茂みに飛び込みながら、叫ぶ。それに応えて、ショウキが同盟国の言葉を叫ぶ。「くそっ」と毒づきながら、南波が続いてきた。その後ろにアベ・フチと呼ばれた目の青い若者。最後尾に蓮見だ。
 茂みは深い。道はない。が、あっけなく茂みの壁をぶち破り、躍り出たのは一軒の民家の軒先だった。小さな畑で野菜が生長しつつある。民家の壁際でショウキが立ち止まって銃を構えている。
「見えるのか」
 私がショウキの肩に手を当てて云う。こういうとき、自分の存在を示す意味でも、味方の身体に触れるのは有効だ。
「見えない。気配もしない」
 散発的な銃声はもはや止まらない。一発ライフルの射撃音がすると、バースト射撃の音が響き渡る。単発の鉄砲に機関銃では相手にならない。
「ショウキ、私が前に出る。あんたの目より、CIDSのほうが役に立つ」
 私はショウキの肩を強く引いた。ショウキは抵抗せず、私と位置を入れ違えた。
 CIDSの索敵モードはスーパーサーチ。ただし、フラッシュライトでいうなら、拡散状態にある光の束をすぼめ、細く強い光で遠くを照らすのと同じだ。頻繁なスウィーブをしなければ、目標を発見しづらい。
『モールリーダー、こちらレラフライト。脅威判定確認。レベル三。繰り返す。脅威判定レベル三』
「姉さん、聞いたか。まずい状況だ」
 私の背後で南波がぼやくように言った瞬間、私たちの一メートルほど左方を銃弾が掠めた。
「撃たれた、撃たれた」
 蓮見が膝撃ちの姿勢を取る。
「蓮見、ダメだ。発砲するな。向こうはこっちを照準していない」
 南波が制止する。
「モールリーダーからレラフライト。脅威目標の種別を求む」
『南波少尉。敵歩兵部隊と思われる。目標多数、ただし詳細不明。援護射撃を要請するか?』
「まだ早い、待ってくれ」
『瀬里沢少尉がじれているぜ。そっちに行くと』
『南波少尉、瀬里沢だ。何をしている。撤収しろ、迎えに行く』
 瀬里沢の声が割って入る。
「モールリーダーからオールステーション。エンゲージ、エンゲージ」
 南波が意外なほどに低く、落ち着いた声で交戦を宣言した。
「レラフライトへ。しばらく待ってくれ。合図する。そうしたら自慢の三十ミリを頼む」
『こちらレラフライト。離陸する(エアボーン)』
 戦闘ヘリは離陸した。ローター音はほとんど聞こえないが、ターボシャフトエンジンの排気音がメインローターの回転音に遮られるように断続的な響きを持っている。エンジンの排気音と周波数が同じローターの風切音が混ざっているのだ。
「姉さん、どうだ、」
「距離、九百、目標、……六」
「小規模だな」
 再び敵の銃弾が掠める。九百メートルでは、いくらこちらを照準していてもほとんど当たらないだろう。遮蔽物があれば、七.六二ミリ弾なら停弾させられる。
「くそ、セムピのところだ」
 激しい射撃音。派手に撃ち返されている、そんな状態だ。
「南波、警戒。目標移動中。接近している。射撃用意」
 了解、の代わりに、南波は私の背中を二度叩いた。
 遮蔽物……民家は私たちの身体の右側。この状態で右手で銃は構えられない。私も南波も左手にスイッチして4726自動小銃を据銃する。
「ショウキ、あんたの銃じゃ弾の無駄になる」
 同じように左手にスイッチして4716自動小銃を据銃したショウキを私は制した。威力の弱い五.五六ミリでは、この距離ではただ弾を飛ばすだけになる。弾幕を張る以外に発砲する意味合いがまったくない。
 私は照準する。距離、八〇〇。七.六二ミリでも有効射程ギリギリ。できれば五〇〇メートルを切ってくれないと、容易には当たらない距離だ。そもそもこの銃の零点規正(ゼロ・イン)は四〇〇メートルで行った。八〇〇メートル先の目標に弾を当てるなら、照準器のレティクルをかなり目標の上で狙わなければ当たらないし、これだけの距離で人間(マンターゲット)に当てる自信はなかった。
 私も膝撃ちの姿勢。右肘を右膝に乗せる。呼吸を制御しなければならない。これが猟なら、……この距離では絶対に狙わない。確実に当てる自信を持てる距離まで接近する。それが獲物に対する礼儀であり責任だ。獲物を手負いにすることは、猟の世界では許されないからだ。だが、ここは戦場だった。息の根を止める必要はない。戦闘能力を奪えればいい。大けがをさせるだけでもいい。そうすれば、負傷兵を後方へ下げるため、あと少なくとも二人、合計三人の人員を排除できる。
 見えた。トマト畑とナス畑の向こう。森の中。村の入り口。五〇〇メートルあるかないか。
 私は用心金の外で伸ばしていた左手の人差し指をそっと引き金にかける。
 引金を引く。人差し指の腹で。もともと左手での射撃は得意ではない。照準するのも利目とは反対の左目になる。不利なのはこちら側だ。けれど撃つしかない。シアが解放され、ハンマーが落ちる。私がかつて猟で使っていたライフルと比べると、明らかに引金の感触が雑だった。徹底的に分解して整備しても、軍用銃と、純粋な猟銃では、チューニングが可能なレベルも決まってくる。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介