小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

トモの世界

INDEX|117ページ/126ページ|

次のページ前のページ
 

 南波がいまいましそうに言う。死者から剥がしたのか、そう言っている。
「これは俺の小隊や、前線で倒れ、むなしく逝っちまった連中の物だ。そいつらの遺志を継いでるのさ」
「なら、国に帰ろう」
「帝国の装備だけじゃない。同盟の装備も使ってる。混ぜると使い物にならないから区別してるだけだ」
「様になってるよ」
「あんたらほどじゃない。俺は戦車兵だった。白兵戦は得意じゃない」
「なら俺たちが指導してやる」
「揉め事はごめんだ。さあ、さっと帰ってくれ。話は終わった」
「話はすんでない」
 私は二人に強く割って入る。女の子呼ばわりされた私の甲高い声で。そう。私の声は高い。遮るものがなければ、ショウキや南波の声よりも遠くへ飛ぶ。
「帝国は反攻に出る。ここは戦場になる。村は消える。森も何もかもだ。そうならないうちに、ショウキ、みんなここを離れろ」
「……なんだって」
「森も草っぱらも、なにもかも耕すんだ。上層部は同盟が施設を地下化し、椛武戸北部を要塞化しようと目論んでるって思い込んでるんだ。まもなく総攻撃が始まる。ショウキ、あんたこそ私たちと脱出するんだ」
「……バカなことを」
 ショウキは手にした銃をだらりと降ろす。ほかの三人は私の言葉を十分に解さないためか、ローレディを保持したままだ。
「それを言いに来たのか」
「そうだ」
「わざわざ、ここまで」
「そうだ」
「……トモ。あんたはバカだ」
「だから、行こう」
 私は呆然と私を見つめるショウキに歩み寄る。間合いを、自ら破る。ショウキは反応しなかった。

 一発の銃声を耳にして、人はどう反応するか。伏せるか。そのまま耳をそばだてるか。あるいは自分の銃の薬室に弾薬が装填されていることを確かめるか。ただ怯えるだけか。聞こえなかったふりをするか。または、本当に聞こえなかったか。
 戦場で生き残れるタイプは、伏せるか、自分の銃を確かめるか、そのどちらかに限られる。いや、この場合は伏せる、それに尽きる。
 花火ではない。銃声だ。それも、ライフルの発射音。単発。残響。
 私たちはとっさに伏せた。南波も、蓮見も、ショウキも。
 伏せなかったのは、ショウキに率いられていた数名のイルワクだ。
「バカ、立つな」
 南波が鋭く言った。
 銃声は単発で一声。だが、それで終わると誰が思うか。ここはまだ最前線の戦場ではなかったが、明らかに戦闘地域であり、私たちは戦闘部隊だった。南波が鋭くイルワクたちに言ったのは当然で、戦場で立ち尽くすことはすなわち死を意味する。もちろん、弾着がなく、銃声だけが私たちの耳に届いたのだから、少なくとも私たちを狙った銃声ではないことはわかる。私たちを狙ったのであれば、銃声の前に弾着がある。銃弾というものは、音速の軽く三倍近い初速があるからだ。狙撃されて一拍置いてから、暗殺者の銃声が残響するのが相場というところだ。
「伏せろ、伏せろ」
 南波がハンドサインを出す。ショウキも伏せたまま、隣のイルワクのにわか戦士を茂みに引きずり倒す。
「どこからだ、」
 南波が匍匐しながら私に近づく。その際も、自分の銃の状況を確認している。
「ショウキ、」
 私が問う。単発一声で続きが今のところないのは、敵の銃声ではなく、「味方」……イルワクの誰かが発砲したものだと思ったからだ。
「南側だ、たぶん」
「あんたらのお仲間か」
 南波がCIDSを下ろし、光学照準器のスイッチを操作している。肩付けで照準しなくても、光学照準器がとらえた画は、CIDSのサブウィンドウに表示させられる。照準しなくても(オフボアサイト)射撃ができる。もちろん、正しい射撃姿勢を取らなければ、銃というものは目標に命中しない。だから、どちらかというと、光学照準器を使った索敵に近い。
「たぶんそうだ」
「むやみに撃つなと言ってやれ。位置を教えてやっているようなもんだ。倍返しにされるぜ」
 戦闘技術の基本中の基本。敵を確実に斃せる状態で照準していない限り、発砲は厳に戒めるべき行為だ。あるいはそれを「自殺行為」と呼ぶ。
「といっても、……あんたら、無線っていう文明の利器は持っていなさそうだな」
 南波が皮肉っぽく口をゆがませて言った。ショウキたちの装備に、無線通話が可能な道具の姿が見られなかったからだ。
「電源がないからな」
「狼煙でも上げるか」
「バカな」
「バカはお前らだ。勝手に発砲しやがって。敵を呼び寄せたいのか」
「俺の指示じゃない」
「モールリーダーからレラフライト。こちらは脅威に接近しつつあり。情報を送れ」
『レラフライトからモールリーダー。こちらは現在レーダーをシャットダウン中。脅威判定不可。繰り返す、脅威判定不可。……エンジンをかけてもいいのか』
 いつの間にか、エスコートの戦闘ヘリコプターはエンジンを止めていたようだ。ガスタービンエンジンはただでさえ燃費が悪い。アイドリングしていても排熱は発生するし、そうなれば敵勢力の赤外線(IR)や温度センサーに察知される危険性もある。エンジンの再始動は自動車のそれよりも手軽だが、エンジン停止中でもラジオが聞こえる自動車と違い、戦闘ヘリコプターが装備する索敵レーダーは電力をバカ食いする。APUなどの補助動力装置は大型機ならば搭載するが、ボクサーのように極力贅肉を省いた機体に、そのような装備はない。受け身としてなら、上空の衛星や早期警戒管制機の情報を得られるが、森林や丘陵が広がる当地では、高精度のものは期待できないだろう。
「モールリーダーからレラフライト。上空退避が必要になるかもしれない。エンジンをかけておけ。マスターアームはまだだ。俺が必ず合図する。自慢の三十ミリをぶっ放すのはなしにしてくれよ」
『レラフライト了解』
 言うが早いか、ターボシャフトエンジンが始動するサイレンのような音が耳に届く。あの音響兵器の影響はもうほぼ無視できるだけの聴覚になっている。
 銃声。再び。一発、二発。
「ショウキ、」
「わかってる。村の反対側だ。ドミトリ、イブゲニー、俺に続け。アベ・フチ、お前は、この帝国の戦士と一緒にいろ。わかったな」
 後半は同盟の言葉だった。私にはかろうじて理解できたが、南波は私を向き、翻訳を求めた。
「ショウキは、この二人を連れて村の南側へ行くそうだ。この、……青い目の彼は私たちと残れ、そう言った」
「固有名詞が聞こえた。同盟の名前じゃないか」
「だからどうした。イルワクは共通言語として同盟の言葉を使う。名前なんて記号だ。関係ない」
「姉さんは割り切りがいいぜ。俺は釈然としない」
「文化は帝国よりも同盟側なんだ。仕方ない」
「肩を持つな」
「そういうわけじゃない。……ショウキ、本当に連絡は取れないのか」
「取れない。取る方法がない。……帝国の装備と同盟の装備では周波数もデコード方法もエンコード方法も違う。使いものにならん」
「では、会敵したらどうするつもりだったんだ」
「各個の判断で照準、各個の判断で戦闘だ」
「無茶な」
「わかってるさ。俺も便利な道具に頼りすぎちまったんだ。けどどうしようもない。便利な道具は、それを動かして手入れする環境がなければダメだ。もし帝国や同盟軍の装備を流用したところで、いざというときに使えなくなったら、結局同じだ」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介