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トモの世界

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「姉さん。……入地准尉。やっぱり戻ったらスクリーニングの上でリブートが必要だな」
「そう思う。……機長、だからお願いだ。寄り道してほしいんだ」
「南波少尉、……モールリーダー?」
 機長が抑揚なく言う。
「南波、……未帰還者の救出だ。名目はできただろう。行ってくれ……私は帰りたいんだ」
「『こっち側』にか?」
 私はうなずく。
「入地准尉。俺はチームの安全を担保できない限り、寄り道には同意しかねるぜ」
「あの村に敵の脅威判定をして、レベル二以下だったら……」
「敵脅威が確認できなければ、……機長、『ビンゴ』までの余裕は」
 復路分の燃料がもつかどうかと訊いている。
「こいつは燃費がいい。まだ大丈夫だ。少尉、俺はあんたらの運送屋だ。危なくない程度に付き合うよ。そこの姉さんは言い出したら聞かないタイプだな」
「困ってる。いつも」
 南波の言葉に、瀬里沢がうんざりとした表情を見せる。
「瀬里沢、わかってる。チームの安全を確保できない場合は、即座に引き返す。このわがまま姉さんを空中投棄してな」
「南波、」
「名目はその行方不明者の救出だ。……本当にそいつ、帰る気あるんだろうな」
「訊いてみればわかる」
 ショウキ。いや、八田堀伍長。
 悲しげな表情が思い出される。
 私の思い違いだったら。彼にとって、イルワクの村はすでにそれまでの日常にしっかりと上書きされているとしたら。
 けれど、私の日常は、あの村で、不自然な形で分断されているのだ。
 私は、帰りたい。イルワクの村での数日を、完全に過去のものにして、だ。
 ヘリコプターがバンクした。緩やかに。随伴する二機の戦闘ヘリコプターの機影が樹林にまだら模様を描いていた。


   一九、


 低空飛行を続けるヘリコプターから見える風景は、速度を別にすれば鉄道の車窓から見える風景によく似ていた。森林地帯を抜けると、遮るものが少なくなる。ところどころにこんもりとした林が見えるが、うっそうとした針葉樹林帯からは編隊は抜けた。
「姉さん、海軍の『バス』がやられたのは、あの森の向こう側だぜ」
 南波がスライドドアの窓に目をやり、言う。
「俺たちはこのあたりをうろうろ歩き回って、機甲部隊と合流したんだ」
 見ると、ところどころに黒こげになった戦闘車両の残骸が見える。設計思想の違いこそあれ、ある程度同レベルに達した道具は、収斂進化というべきか、ほとんど同じ形をしている。だから、残骸と果てた車両を見て、敵味方の区別をつけるのはやや難しい。
「EMPダメージを受けて、部隊は総崩れになった。いくら戦車の気密性が高いからといっても、クルーの装備だけが生きていたところで、肝心の戦車そのものが動かないんじゃな。上から狙われたらひとたまりもなかった」
 南波が顎で指し示した方角に、砲塔を吹き飛ばされた戦車の残骸があった。友軍の97式戦車だった。
「信じられないことだらけさ。指向性を持つEMP攻撃。プラントに仕掛けられた自爆タイプの音響兵器。ああ、俺たちを誘い出すためだけに作られたモデルハウスに、しゃべんない敵の兵隊な。全部が悪い夢みたいだな。確かに」
 南波と向かい合う姿勢で、私も窓を向いていた。
「チームDは奇特な体験してるんだな」
 瀬里沢が笑う。
「お前らのチームAは、俺たちの後ろばっかりついてきたじゃないか」
「お前らが失敗ばっかりするから、後始末に忙しいのさ」
「風連奪還戦では、制御室の確保に失敗したのはお前らだ」
「縫高町の橋を確保したのは俺たちだ」
「あっさり敵の反撃にあって撤退したくせにな。あれから俺と姉さんがどれだけ苦労したか、一晩かかって話してやりたいぜ」
「よく言う」
 瀬里沢は蓮見と並んで機体後部の内壁に寄り掛かっている。リラックスできる姿勢が許されるときは、全力でリラックスする。それが作戦中の私たちの義務だった。
「モールリーダー、南波少尉。目的地上空まで十キロ。敵脅威判定は、陸上、上空とも、レベル一だ。どうする、このまま行くか」
「機長、頼む」
 この速度で距離十キロ。百ノットは出ている。四分弱あれば、私が拒絶したあの日常に再び合流できるのだ。たったの四分で。
「姉さん。ひとつ訊くが、連中は、自分の庭先にこんなもので乗り付けられて黙っているタイプか」
「南波らしくもない。意外にデリカシーがあるんだな」
「ここは帝国の領土ではないからな。礼儀作法からなにから全部違うだろう」
「地面を耕そうって考えてるくせに、そういうことは気になるのか」
「それとこれとは話が違うんだ」
「村のはずれで着陸してほしい。戦闘ヘリは……ギラギラしすぎてる。少し離れていたほうがいいと思う」
 地形がやや起伏を持ってきた。向かって右手に森林。ショウキの戦車がうずくまっていたのはあの森の中だろう。左手が開けているのは、海が近いからだ。
「大尉、機長。そういうわけだ。村はずれにやさしく着陸してやってくれ。エンジンは駆けたままで、すぐに戻る」
「わかった」
 機長は随伴する護衛機に距離を置いて散開するように連絡。戦闘ヘリはすぐにバンクして地形効果が望める丘陵の影や森林の入り口まで後退した。私たちの乗る七七式汎用ヘリコプターはそのまま進む。
「猟師村か。いまでもあるんだな」
 しばらく黙っていた田鎖が口を開いた。
「椛武戸の同盟国側には、数万のイルワクがいる。都市生活に同化している部族もいるようだが、それでも狩猟生活に頼っている部族も多いそうだ」
 私が答える。
「昔は俺たちの国もそうだったんだがな」
 田鎖は南洋州の出身だと聞く。猟ではなく漁。海の民が多く住んでいた群島地域の出身なのだ。
「どちらがいいか悪いか。優劣なんてない。それこそ、姉さんが言う、それぞれの日常だ」
 南波が言う。機首方向に身体をひねり、二人のパイロット越しに針路を確かめるように。
「田鎖と瀬里沢、それと日比野は残っていてくれ。チームDオリジナルメンバーで村に行く。ドアガンを頼むぜ」
「連れて行ってくれないのか」
 瀬里沢は冗談のつもりか、本気とも取れない表情に欠けた声で南波に行った。気づけば耳鳴りはほとんど消えていた。
「お前は笑顔が足りないからだ」
 そういうと、南波は白い歯を見せて笑った。
 私は南波に続き、その後衛として蓮見が間をおいて来る。初夏だというのに気温が低い。海が近いからかもしれない。草の匂いがした。だが、盛夏のようなむっとするものではなく、薄荷のような、軽やかな匂いだった。
「俺が先頭で問題ないか。姉さんが頭張ったほうがいいんじゃないか」
 戦闘を歩きながら、南波が抑揚なく言う。
「それが命令なら従うよ」
「いや、訊いてみただけだ」
 私たちが行く草原に道はなかった。私と蓮見が辿ったような、細いが、しかししっかりと踏み固められた道。あの道はどこまで続いているのか。国境を越え、私たちの国……南椛武戸の各地へと枝分かれしているのだろうか。
「くそ、遠いぜ」
 南波がつぶやいている。
「そんなに遠くない」
 私が言う。
「便利な乗り物に頼っちまうと、陸軍の誇りを忘れちまいそうだ」
「誇りってなんだ」
「歩いて歩いて歩き倒すことだ」
「それは手段だ」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介