トモの世界
「あれは鉱山都市の機能を奪うためだ。攻撃した時点で民間人はいなかった」
「そういうことになってるだけ(・・・・・・・・・・・・・)だ。姉さん、あんたのいうことはダブルスタンダードだ。言葉が矛盾している。あの鉱山都市は無人ではなかった。運転員もいれば敵の軍属もいたぜ。けど攻撃は実施された。あんたは顔色一つ変えずにその情報を確認していたじゃないか」
「対象が違う」
「顔が見えたからか。鉱山都市はあんたも俺も派遣されたことがない。初期攻撃を実施したのは俺たちハケンじゃなく空挺部隊だった。結局奪還できずに消し去ったわけだが。その状況を、俺たちは高泊で眺めていた。スクリーンを通して。衛星が撮影した攻撃後の映像を見たんだ」
帝国軍は大陸沿海部に存在した敵の鉱山都市を一つ核攻撃で消し去っている。核出力は五十キロトン程度だから戦術核だ。八一式要撃戦闘機に護られた六四式戦闘爆撃機が空中投下式の誘導型核爆弾を使用した。高純度のレアメタルを産出していた鉱山は、周辺に中規模の工業地帯と、労働者や軍属が暮らす都市を形成していた。それでも人口は十万に満たない。北方会議同盟(ルーシ)連邦の政府発行の地図にすら載っていない閉鎖都市だった。もっとも、衛星軌道から兵士が携行する武器の種類まで判別できる現在、そっくり都市上空に蓋でもしない限り、そこに何があるのかはすぐにわかる。カモフラージュをしても無駄だ。
私たちが見ても何の変哲もない街だと判断する衛星画像を、専門教育を受け場数を踏んだ分析官たちはたちどころにそれを見破るのだ。高価な道具を効果的に操るには、高度な技術と高度な知識と豊富な経験がいる。そんな彼らが鉱山都市に脅威判定をした。本来は空爆で敵の戦力を無力化したのち、施設を地上部隊が奪取、少なくとも再建に半年以上かかる程度に破壊する作戦だった。だが、敵の反攻に遭遇し、友軍は撤退した。そして行われたのが、敵部隊もろとも鉱山都市をまさしく地上から消し去る核攻撃だった。
「私たち」はそうして、シェルコヴニコフ海に浮かぶハイドレート採掘基地や海上油田、敵の精製施設を消し去ってきた。現存しているのは縫高町作戦の前になんとか設備を封印したあの発電所程度だ。北緯五十度以北のめぼしい都市は、高規格道路から鉄道、空港施設までが破壊あるいは寸断され、機能しているところはほとんどなかった。膠着状態に陥った北方戦役で、以前と変わらないのは海と川と山と森、そしてさしたる軍事的脅威を判定されなかった小規模な村落、それはイルワクの猟師村をはじめとする、数十からせいぜい千人程度の住民が暮らす村や町などだった。
「敵は主要施設の秘匿化を進めている。地図に載っていないが上空からは丸見えなんて、冗談みたいな秘密都市はもう奴らは作らない。あのプラントを姉さんも見たろう。自爆して初めてその規模がわかった。目的すらよくわからない施設だったが、連中は何かをこの島で作っているんだ」
島と呼ぶにはあまりにも広い椛武戸。北端は北極圏に達する。陸上に国境線を引く帝国と同盟での面積比は一対三以上だ。もともと北方会議同盟(ルーシ)連邦の首都は大陸の東へ数千キロ隔たっており、このあたりは彼らが極東と呼び、本格的な開発が始まってからは二百年とたっていない。そういう意味では、私たちも同盟勢力も、イルワクたち先住民からすれば侵入者にすぎない。
「忘れ物でもしたのか」
円波少尉が振り向く。
虚を突かれて私は言葉を返せない。
「まさか俺たちを敵の真っただ中に誘い込んですり潰そうなんて考えてるわけじゃないだろう」
「当り前だ」
「なにを忘れてきたんだ」
円波少尉が私の目をじっと向いている。CIDSのバイザー部を下ろしているが、なぜか彼の目が感じられた。
「……日常」
考えるよりも先、私の口が勝手に音声化した言葉はそれだった。蓮見が私に向いたのがわかった。南波は変わらず、私を見つめている。
「日常?」
「……朝起きて、食事をして、空を見て、……今がいつなのか、ここがどこなのか、そういうことを考えて、……考えることを思い出したんだ」
「それはいつもやっていることだろう」
南波が言う。
「高泊でふだんしていることと何が違う。俺たちは飯を食うし、訓練が終われば夕日を見てきれいだと思うくらいの情緒は持ち合わせている。……それとは違うのか」
「都野崎にいたころ、私は、いまがいつの季節なのか、いつもわかっていた。柚辺尾にいたときも。紀元記念公園で桜を見た。夏になれば見上げるような入道雲を見た。雨が降る前には雨の匂いがした」
「それがなんなんだ。いまは違うのか」
「……知らないうちに、私は死んでいるのかもしれない、そう思っていた」
「バカなことを。姉さん、あんたは生きている。死人じゃない。あんたが死んでいるんなら、俺たちはなんなんだよ」
「実感がなかったんだ。……私は、都野崎の帝国大病院で何人ものパイロットから同じ話を聞いた」
「あの世の入り口の話だろう」
「ワタスゲの原だ。一面の」
「あんたはそこを歩いてきたんだろう」
「そうだ」
「それと、あんたの生き死ににの話とどう関係があるんだ」
「私は来世も天国も信じちゃいない。南波、あんたと同じだ。祈ればすべてが許されるなんて都合のいい信仰も持っていない。死んだら機能停止。物理的に考えたら、それが自然だ。電子機械が沈黙するのと同じ。自分が自分だと認識する機能が消滅するだけ。魂なんて存在しない」
「俺も同感だ」
「不思議に思ったんだ」
「なにをだ」
「ワタスゲの原さ。私の生まれた柚辺尾の、ちょっと町はずれに行ってもワタスゲは生えている。湿地があれば」
「そうなのか。そうだとして、何が不思議なんだ」
「ワタスゲが咲くのは、初夏なんだ。いまくらいの季節」
「花だからな」
「花が咲いたあとの種子飛ばしなんだけど。……わからないか。パイロットたちはみな、同じような風景を見たというんだ。戦線は膠着し、もう何年も北緯五十度線を挟んで戦闘は続いているのに、決まって帰還者が口にするのは、初夏の風景なんだ」
「たまたまじゃないのか」
「聞き取りをしている最初のころはそう思ったよ。でも、私たちが……研究室で聞き取り調査したパイロットは全員、同じ風景を見ていた。一人や二人じゃないんだ。同じ飛行隊のパイロットが一度に遭難したというならわかる。けれど、みんな違った」
円波がじっとこちらを向いている。
「なぜ初夏なのか。偶然なのか」
「冬に遭難したら、そのまま凍死するからじゃないのか」
円波が言った。ずっと話を聞いている。
「そういう与件を排除して、……全員に共通していたのが、私も歩いたあのワタスゲの原のイメージだったよ」
「姉さん、前に、空軍のパイロット……何て名前だったか忘れちまったが、蓮見みたいな女の子と話をしていたとき、言っていたな。軍が偵察機まで飛ばして、くだんの『天国の入り口』を探したが、それに該当する場所は存在しなかったって。矛盾してるじゃないか」