トモの世界
「リングみたいな構造は、加速器か何かか」
南波はもう窓から視線を外していた。
「そうだろうな。こんな僻地の島でな」
「あっさり自分でぶっ壊しちまったってことか」
「壊れたかどうかは知らんが、とりあえず近寄れなくなった。……見えなくなるぞ。もういいか」
「もういい」
「敵さんが自爆したがっているんなら、だ」
南波がコパイロットを向き、言葉の続きを待つ。
「わが軍が手助けをするそうだ」
「なんだって」
「結局、奪取できなかったわけだ。俺たちは」
「ああ」
「だから、完膚なきまでにこのプラントを破壊するそうだ」
「攻撃するのか」
「敵の第三波が確認された。大陸の基地から、またぞろ大群が押し寄せつつある。だから帝国三軍による総攻撃を行うそうだ」
「いつだ」
「俺たちが手近な前線基地か、海軍さんの揚陸艦に戻るよりも早くだ。だから急いでいる。味方の弾は食らいたくないだろう」
「もうすぐに実施するのか」
「そうだ。南波少尉、そのCIDSで戦闘情報を閲覧してみろ。そっち方面の警戒情報がいくらでも出てくるぜ」
「気の早いこった」
南波はそう言って内壁にもたれたままだった。
「対象地域は」
瀬里沢が訊く。
「自分で調べないのか」
「あんたに訊いたほうが早そうだ」
「北緯五十度以北ほぼ全域になる。もっとも、核攻撃以外でそこまで大規模な攻撃はできないから、ある程度的を絞ったものにはなるんだろうが。展開していた地上部隊は即時撤退を開始したよ」
「このあたりを猛攻するのか」
私は思わず身を乗り出して訊いていた。
シカイ……、ターニャ。あの村がある。
「地形が変わるだろうな。上層部は怯えているのさ。あのプラントみたいに、森の地下に何があるかもわからない。衛星から地面の下は覗けない。だったら、掘り返してみればいい。そういうことなんだろう」
「マルナミ、後ろばっかり向いていないで助手の仕事をしろ」
機長が低くコパイロットをたしなめた。円波と呼ばれたコパイロットは南波と同じ少尉の階級章をつけている。
「了解キャプテン」
機長(キャプテン)は実際に大尉(Captain)の階級章をつけている。私の位置からは表情が見えない。低空を背の高い樹木の梢をかすめて飛びながら落ち着いている。その機長に私は呼びかける。
「このまま洋上へ出るのか、機長」
「すぐには出ない。敵航空機の脅威判定がレベル二以下になるまで、遮蔽物のない洋上には出られない」
「途中、寄ってほしい場所がある」
「なにを言っている」
機長はこちらを向かない。当たり前だがウィンドシールドを向いたままだ。
「姉さん、何を言い出すんだ」
南波が私に向き、囁くように言った。CIDSが作動しているから、「ささやいているような普通の声」として全員の耳に届く。
「周辺住民(・・・・)への警告も行わないのか」
「このあたりに町はないぞ」
機長が返す。
「……イルワクの村がある。知ってるはずだ」
「入地准尉、よせ」
南波が私を制するが、かまわず続けた。
「集落が点在しているのは、確認されている。無差別攻撃みたいなことをするんなら、彼らに通告すべきだ」
私が言うと、機長が振り向いて言った。
「それは俺たちの仕事ではない。俺たちの仕事は、あんたらを安全地帯まで送り届けることだ」
「わかっている。それを承知で頼んでいるんだ」
「全部の集落にふれて廻るのか。すべての位置を把握しているのか」
「入地、やめておけ。疑われるぞ」
瀬里沢がいつのまにかCIDSを跳ね上げ、こちらをにらんでいた。
機長は前方に向きなおり、低い声で言う。
「准尉、なぜだ。いままでの作戦で、あんたは周辺住民全員へ、攻撃前に危険を通告してきたのか」
風連奪還戦。廃墟と化した縫高町。
事前通告などしていない。それは私たちの仕事ではない。
わかっている。
ターニャの家の風景が、見える。
過去の記憶としてではなく、現在の光景として。
縫い物をしている彼女の後ろ姿が見える。
ライフルを提げた男たちや、シカイの家の前にいた少女の横顔が、生きている映像として私には見える。
帝国軍の総攻撃が始まったならば、それらはすべて消える。
私と蓮見の記憶の中に留まるのみを許され、実体は消え去る。
「姉さん、……血迷ったか」
「違う」
「どう違う」
瀬里沢。
「姉さん……」
「蓮見、お前はどうなんだ。見殺しにするのか」
「やめてよ。……姉さんらしくもない」
「そうだ。入地准尉。姉さん、あんた前に言っていたじゃないか。シカを仕留めたとき、そのシカには子どもがいた。親子だったんだ。でもあんたは、小ジカも撃とうとした。でも、あんたはあんたの祖父さんに止められた」
谷あいの斜面。対岸に見えたシカの姿。スコープの中で、真っ黒い瞳が私を向いていた。引金を絞り、命中の確信をもって撃った。シカは倒れた。そのかたわらから、弾け出るように小ジカが現れた。私はその小ジカにも狙いを定めた。迷いはなかった。親を失った小ジカは、私が撃たずともやがて飢えて死ぬ。あるいは親の庇護を失い、ほかの動物に襲われて死ぬ。ならば、親を失った現実をまだ理解できない今のうちに、私が仕留めるのが、その子の幸せだ、と。
「知らせてどうするんだ。ヘリに乗せるのか。連中は文明から程遠い生活をしていると聞いた。奴らには自動車があるのか。集落全体で避難できるような手段があるのか」
南波がまっすぐに私を向いている。
「軍は動かない。揚陸艦は、難民船じゃない。戦場で命を拾おうと思ったら、ポケットだけでは足りないんだ。それは姉さん、わかってるはずだ」
「わかってる」
「じゃあなぜ固執する。あんたがステイした村に行くのはいい。だが、ここもそこも、帝国の領土じゃない。ここは同盟の領土だ。あんたが出て行ったあと、村には敵の部隊が駐留しているかもしれないんだ。そんな危険を冒して、俺はチームを動かすことはできない。入地准尉、あんたのリコメンドは却下だ」
「南波、」
「機長、聞かなかったことにしてくれ。このまま戻る。頼む」
機長は応えない。が、ヘリの進路も変わらない。
私は言葉を探していたが、見つからない。瀬里沢はすさまじい憤りを隠そうともせず、私を睨みつけている。日比野も田鎖は素知らぬ顔だ。蓮見はCIDSを降ろしたまま、唇を噛んでいた。
「姉さん、……高泊に戻ったら、休養が必要だ。付き合ってやる。……少し休め」
私は南波の穏やかな声音にも応えず、言葉を探していた。
ヘリは速度を落とすことなく、起伏をなぞるように、梢をかすめるように、飛行を続けていた。
「なぜ、あんたはそこまで猟師村に拘る」
南波がなかば投げ出すような口調で私に問う。
「無差別攻撃をしようっていうわけじゃない。そもそも脅威判定が下されていない地域を攻撃するほど、俺たちの火力は無限でもない」
「あのプラントのような地下施設がさらに存在する可能性があるんだろう。なら、……攻撃で地面を耕すしかないんだろう?」
「北緯五十度以北というだけで、椛武戸がどれだけの面積だと思う? 核攻撃は考慮されていないぜ」
南波はちらりと機長席に視線を走らせる。
「核攻撃なんてもってのほかだ」
「以前はやってる」