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トモの世界

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「モールリーダー、了解。……蓮見、空を見てる場合じゃないぞ。NAVモードに切り替えて先発しろ。瀬里沢、入地、日比野、続いて行け。俺と田鎖があとからだ。といっても離れるな。タクシーとは違う。連中は長いこと待ってくれないぜ」
「わかった」
 蓮見が素早く立ち上がり、駆けだした。急ぎ、私と瀬里沢が続く。瀬里沢の表情は例によって顔の下半分しか見えない。そぎ落としたような頬に、口角が上がり気味の口元は笑っているように見えるが、瀬里沢は笑わない。田鎖と同じチームに所属していたが、チームAのメンバー同士が仲がいいとは聞かないから、南波をリーダーとするわがチームDとはまた毛色が違うのだろう。同じ性向のメンバーばかりを均一にそろえたチームは存在しない。遺伝子と同じだと誰かが言っていた。一定のレベルを超えたあと個々に求められるのは多様性だと。
「止まるな、走れ!」
 南波が怒鳴る。耳鳴りが収まって来ていた。
 だが、イアマフを装着し、「音」の再襲来に備える私たちに、風の音も敵機の轟音も響いてこない。あくまでも情報としての音だけだ。臨場感がそっくりフィルタリングされた音。だからだろう。
 私はこの現実がイルワクの村と地続きになっていると、確かな実感を伴って存在しているような気がしなかった。

 蓮見の走りに迷いはなかった。CIDS上に、戦闘機が目標へ誘導されるようなステアリングキューが表示されているからだ。地雷が埋設されている可能性があれば、哨戒機や衛星による分析結果をそこに表示させ、もっとも安全と思われるルートを提示してくる。もっとも、表示されるのは視覚的情報だけで、今回のような「音」に対する脅威判定までは行っていない。今後、ソフトウェアがどうバージョンアップされるのかはわからないが、いずれ、「音」への警戒情報も表示されるかもしれない。「音響兵器」など、誰が思いついただろうか。
 蓮見は迎えのヘリコプターが着陸を予定する場所まで誘導されている。ヘリコプターは、自身がその場所を決めるのではなく、やはり前線航空管制機や哨戒機の情報から、安全と思われる場所に誘導される。
『レラトランスポート〇一からモールグループ。当機は間もなく着陸態勢に入る』
 イアマフを通して、ヘリコプターのローター音が届いてくる。往路よりもはるかに低空をヘリは飛行してきていた。
『当該地域に敵地上部隊の脅威なし。脅威判定レベル三。このまま着陸する』
 ダウンウォッシュがすでに草や枝、土を巻き上げている。針葉樹は枝をしならせ、おそらくはざわめきを発しているだろう。私たちには聞こえなかったが。
 汎用ヘリをガードしているのは、往路と同じく二機の戦闘ヘリコプターだ。もともと八機が作戦に参加していたが、四機は「撃墜」されてしまった。いま、二機が汎用ヘリをエスコートし、もう一機はやや後方、やや高空を警戒飛行中。もう一機の姿はなかったが、墜落したとの情報はなく、おそらく洋上に退避したか、揚陸艦まで戻ったのだろう。
『急げ、長くは留まれない』
 七七式汎用ヘリが着陸。着陸したとはいっても、降着装置が地面に触れている程度だ。荷重をかけられない建造物の屋上などに接近する際にこうした着陸方法が選ばれる。ほとんどホバリングに近い。今回はしっかりした地面の上に着陸しているわけだが、これは駆けだそうとする人間がつま先立ちしている感覚に近い。
 蓮見は走る勢いそのままできないに飛び込んだ。すぐに私が続き、日比野、瀬里沢、田鎖、そして南波が乗り込んでくる。
「全員収容、行ってくれ!」
「了解だ」
 パイロットは返事と同時にコレクティブレバーを引く。三基のターボシャフトエンジンのパワーにものを言わせ、機体は一気に浮き上がる。機体が浮上したのち、すかさずパイロットがサイクリックスティックを引くのが見える。急上昇しながら、機体は急激に機首下げの姿勢になり、加速する。南波がスライドドアを勢いよく閉めた。
「蓮見、落ちるなよ」
 南波が笑ってみせる。蓮見は呼吸を整えながら、先ほど私がしたように、親指を立てた。
「南波少尉、災難だったな。耳は大丈夫か」
 操縦席の向かって右側シートから、副操縦士(コパイロット)が振り向き、話しかけてくる。
「なんとか聞こえているよ」
 南波は機体内壁にもたれるように座った。
「そっちこそ、四機も墜ちた。あんたらは平気だったのか」
「距離があった。俺たちは海の上だったからな。『音』はしっかり聞こえた。最初は何かわからなかった」
「いまはわかるのか」
 瀬里沢が訊く。
「窓から見えるなら、プラントを見てみるんだな」
 コパイロットは前方に向き直り、腕を伸ばして左前方を指し示す。離れつつあるプラントエリアの一部が、低空とはいえ展望として開ける。
「……爆撃でもしたのか」
 南波がスライドドアの複層アクリル製窓から外を覗き、言う。
 私も南波に並ぶ。
 同盟が整備を進めていたというプラント施設は、その大部分が地下構造だと事前に知らされていた。揚陸艦を発つ前に衛星からの偵察写真も見た。なだらかな牧草地か、風雪によって樹木が発達しない丘陵か、そんな地形で、地上部分に施設らしい施設はほとんど露出していない構造をしていた。プラント内部の換気を行う無味乾燥的な塔が規則的に並ぶほか、作業員用の小ぶりな建物がいくつかあるだけだった。
 それが一変していた。
 巨大な穴、と呼んでもさしつかえないほどのクレーターが穿たれている。
「爆撃というより……」
 瀬里沢がつぶやく。
「中から崩れたみたいだ」
 蓮見が続ける。
 そうだ。大出力の地下核実験を行ったあとのようだ。地中に大きな空洞があり、それが崩壊したあとのような。
「蓮見が言ったとおりだったのかもしれん」
 南波。
「本当に音響兵器だったっていうのか」
 瀬里沢が南波に問い返す。
「スピーカーみたいじゃないか。あれ」
「そんな馬鹿な話があるか。移動もできない、ただそこに据え付けてあるだけの兵器なんて聞いたこともない」
「そこにあるのは、そういう類のものに見えないか」
「実際そうなんだ」
 コパイロットが応える。
「なんだって?」
 瀬里沢がかみつく。
「本部はそう判断した。まったくありえない。あんたの言うとおりだ。移動もできないし、だいたい規模がでかすぎる。こんな使い方しか考えられん。おそらく、俺たちの作戦と最終的には同じことを考えたんだよ、あいつらは」
「同じこと?」
 蓮見が問う。
「俺たちの……帝国軍は、敵目標を奪取する作戦を実施するとき、最終的なオプションとして何を用意する?」
「奪取できなければ、破壊せよ」
「蓮見准尉、ご名答だ」
 コパイロットが皮肉めいた笑いをもらす。彼もこの機体もエスコートの戦闘ヘリも、陸軍第五五派遣隊隷下にある。私たちの作戦上、最後に採られるオプションは、癇癪を起こした子どもが自分のおもちゃを取られまいとして、破れかぶれに自ら壊すがごとく、奪取できなかった目標は、総攻撃して破壊する。
「あのプラントは、連中の虎の子だったんだろう。どういう目的の施設なのかはよく知らないが、稼働テストの模様はつかめていた。高エネルギーを発生させる、一種の発電所みたいなもんだったようだ」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介