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トモの世界

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 南波の返答にすかさず私たちは警戒体形を取る。ヘリコプターのローター音がまだ聞こえるから、私たちの間隙をついて敵の部隊が襲いかかってくることはないだろう。私たちが敵を発見する前に、高度百フィートで哨戒する八二式戦闘ヘリがまっさきに脅威判定をするからだ。戦闘ヘリコプターとはいっても、高性能のレーダーと射撃手、パイロット合わせて四つの目玉、それが四機が戦闘地域を警戒しているのだ。
「手ごたえないな」
 瀬里沢が表情なく言う。CIDSで顔半分を隠しているので、口元しか見えない。声音以上に瀬里沢は無表情だった。
「俺や入地准尉、そこの蓮見はいやな記憶が蘇るってところだぜ」
 南波は4726自動小銃をローレディに構えたまま。いやな記憶とは、あの同盟空軍のパイロット村だという触れ込みで私たちが襲いかかった壮大な罠の話をしているのだ。いや、あるいは風連奪還戦のことか。私たちが参加したミッションで、優勢だと信じていた戦況があっさりひっくり返されたことなど枚挙にいとまがない。そしてそれは帝国陸軍が無能だからではなく、そもそも戦闘というものはそういうものなのだ。思いどおりには絶対に行かない。ではどうするか。思いどおりに事が運ぶよう、強引に作戦を進めるだけだ。
「プラントはどうするんだ」
 田鎖が言う。
「ぶっ飛ばすんでしょ、どうせ」
 すねたような口調は蓮見だ。息が上がっている。全力で走ったからだ。そして、その程度で息が上がるのは、イルワクの村で休息を取りすぎたからだ。
「プラントは無傷とはいかない。最初の航空阻止作戦でかなりの損傷を出している」
 南波。
「なぜ木端微塵にしないのかね」
 瀬里沢。
「できなかっただけだろうよ。プラント本体は地下にあるからな」
 ああ。海軍の士官が言っていた。破壊しきれなかったから、この作戦に彼らはきっと固執しているのだろう。今回のミッションは海軍と陸軍、どちらが主導権を握っているのか。空軍ということはない。空軍力は作戦上最も重要な位置を占めているが、それは手段としての位置であり、空軍が作戦そのものを立案し突っ走ることはないからだ。
「今回も連中、出てくるのかな」
 蓮見が右手を銃把から離し、二、三度手のひらを握っては開きしてつぶやく。
「誰のことだ」
 南波。
「<THIKER>」
「そっちか。俺はてっきり、海軍の第七二標準化群(ナナニー)のことかと思った」
「あいつらは、もうどっかその辺にいるんでしょ」
「いるだろう。そもそもあの揚陸艦は、連中の手駒のはずだ」
「ムカつく」
「お前、あいつらが嫌いか」
「口だけ。突っ走るだけ突っ走って、私たちを危険な目に合わせた」
「お前、うれしいんだろう? それこそ、お前の好みのギリギリの世界だ」
「私が希望したわけじゃないもの」
「それはプロセスの問題か。誰かの作戦に巻き込まれるのはいやか」
「少尉はどうなのさ」
「俺は、」
 南波は首をゆっくりとまわした。関節が鳴る音がした。
「俺はどっちだってかまわないさ。仕事だ。好きでやってるんだ。みんなそうだ」
 なぜか南波は私を向いた。CIDSで顔の上半分の表情はわからないが、どう考えても笑っている。みんなそうだ、の「みんな」が誰を指しているのか、何となくわかった。
「私はもういいんだ。天国の入り口を見られたから」
 私は応えてみる。
「なんだ、姉さん。もういいのか。もう帰りたいのか」
「そんなことは言ってない」
「そう聞こえたぜ」
「前に話したワタスゲの原のことだ」
「見たのか」
「一緒に蓮見と歩いたよ。なんのことはない、北方戦域の最前線は、そういう場所がたくさんあるんだ。オチはそんなところさ。広々としたお花畑だ。ギリギリの戦闘状態からあんな場所に叩き落されたら、天国への入り口だと頭が思いたくなっても仕方がない」
「姉さんはそう思ったか」
「思わなかったよ」
「さすがだな」
「とにかく、原隊に復帰することだけを考えていた。蓮見はヘロヘロで、敵はどこにいるのかもわからない。CIDSの回路がイカれて。CIDSがないとあんなに不安を感じると思わなかった。そっちのほうが発見だよ。戻ったら訓練メニューを変えなきゃならない」
「俺たちもだ。運よく友軍と合流できたが、機甲部隊もCIDSの回路をやられていた。どうもある一定の強い指向性のあるEMP攻撃だったようだ」
「信じられないが」
「だが事実だった。姉さんのビーコンが復活したのには驚いたよ」
「戦車の対EMP防御が半端じゃないってことにも私は驚いた」
「そうだな。戦車の中にいた連中のCIDSはほぼ無傷だったからな。けど、俺たちは戦車の装甲を着て動くわけにはいかない。せいぜいが田鎖のアシストレベルだな」
 田鎖は八キロプラス弾薬の重さをもろともせず、平然とした顔をしている。
「五分たったぞ」
 私が言い、南波が答えようとした瞬間、すさまじい大音響があたりに響き渡った。
「……!」
 南波が瞬間的に何かを言ったようだったが、まったく聞こえなかった。私たちは反射的に地面に伏せた。爆撃か、あるいは敵砲兵部隊の支援射撃だと思ったのだ。だが、爆音ともいえるその大音響はおさまらなかった。
 腹の底まで響くような音だった。
 戦士としての本能が、その場の全周囲を素早く警戒するために身体を動かしたが、砲撃ならば音量の変化があるはずなのに、音は一定の大きさで、しかも暴力的な大きさで、全方位から響き渡っていた。
「なんだこれは」
 私は叫んだ。普段ならば全員の耳に届いたはずだ。どんな呟きでも、声にならない声だとしても、CIDSが増幅、補整してそれぞれの耳に情報を届けるからだ。なのに、私の耳にすら、自分の声が聞こえない。
 南波がハンドサインを送ってくる。全員、不用意に立ち上がるな。その場で伏せていろ。発砲も禁ずる。わかった。しかしこの音の暴力の中で、正常な射撃など絶対に無理だ。
 果てしなく長い時間が経過しているように感じた。
 大音響は続いていた。
 伏せた私の目の前で、砂粒がダンスしている。大出力のスピーカーの前に置いたグラスの中の水のように。
 ふとCIDSの機能を確認するが、すべて正常だった。空を見上げれば、上空を戦闘哨戒している戦闘機をTDボックスが追っている。友軍を示す青。が、ふと視線を変えると、ゲート向こうの森林地帯から黒煙が上がっている。一、二、……三。もう考えるのも嫌になってきた。八二式戦闘ヘリコプターが「撃墜」されたのだ。この大音響に。おそらくパイロットの耳も襲われたのだ。
 私は恐慌に陥らないよう、必死になっていた。もはや自分の精神を律することにほとんどの意識を集中せざるを得なかった。南波をはじめ、チームは全員がすぐそばにいた。しかし意思の疎通を図れない。全員がいまや音の拷問に耐えている。そう、音は拷問になりうるのだ。大音量による拷問は、心を破壊するという。効果的で確実に、短期間に。
 聞きかじりの知識。私はそれをいま実体験していた。
 音は止まない。
 もう何分経過しただろうか。
 今襲われたら、終わりだ。
 CIDSに警戒表示が出た。具体的な脅威目標の指示もなく、ただ、「警戒せよ」の標示。
 わかってる。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介