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トモの世界

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 蓮見の声を待たず、私は絶対方位にして二七〇、進行方向左側を走りながら向き、光学照準器が捉えている射線をCIDS上に見ながら、単射で目標を撃つ。敵二名、距離、四百。人間は電子制御された戦車と違い、行進間射撃はもっとも不得手とする。当たるとは思えなかったが、射撃の効果として、敵に頭を上げさせないことがある。ともかく、銃弾が自分を狙って飛んでくる間、立ち上がり姿をさらそうとする兵士はいない。
 針葉樹林体を瀬里沢と日比野の二人が抜けた。遮蔽物は何もないが、上空からは八二式ヘリが援護している。三十ミリで撃たれることを想像したくない。おそらく痛みを感じる時間も与えられず、人間の形を保つこともできず、砲弾を浴びた瞬間に死ぬ。
「モールリーダーからレラフライト。脅威はあるか」
『レラリーダーからモールリーダー。アルファ周辺に敵脅威なし。脅威判定レベル三に低下』
「了解」
 ゲートが見えた。ゲートといっても、たいそうな門構えがあるわけではない。直径五十センチほど、高さ三メートルほどのポールが二本立っているだけだ。その向こうに簡易舗装された道が続く。プラントの入り口の一つだ。入り口というか、裏口か。別部隊がほかのゲートからほぼ同時に侵入し、プラントの出入り口を封鎖する。プラントの制御室を占拠するのは先行したいずれかのチームだ。「読み聞かせ」をするまでもなく、プラントの制御装置を再起不能な状態まで破壊し、脱出する。それで終了だ。
「モール〇二・瀬里沢からモールリーダー。南波少尉、アルファ突破」
 呼吸が相当に上がっているはずだが、それすらCIDSは補整している。だから、瀬里沢の声は落ち着いたトーンだ。
「モール〇六・蓮見、行け」
 私の声に蓮見が動きで応える。駆ける蓮見の足元の路面が散った。
「撃たれてるぞ!」
 私が叫ぶ。
『レラリーダーからモールリーダー、脅威出現。支援射撃を実施する。一時退避』
「待てるかよバカ」
 南波が毒づく。
 それに構わず、三十ミリ機関砲が発射される。三発に一発は曳光弾だ。蓮見が駆け抜けたあとを、光線のような軌跡が幾筋も過ぎる。遅れて射撃音が追う。ヘリコプターのオンステージ時間はさほど長くはない。四機一単位のフライトは、他の四機とマスフライトを構成しており、弾薬、燃料残量を調整しながらローテーションで上空から私たちを支援する。
「モール〇五・こちら入地、警戒中。敵、方位二四〇、距離五百、目標六、随伴車両なし」
 私は森林帯を抜ける直前で匍匐、光学照準器を振りながら、確認する。五百メートルは至近距離といっていい。プラント警備の部隊だろう。この程度の距離なら、私の4726自動小銃でも狙えるが、イルミネーターで目標を指示、空から攻撃してもらったほうが早い。
『モール〇五へ。目標確認。攻撃開始』
 三十ミリ機関砲の射程は長大だ。ホバリングしているヘリコプターはほぼ空中に静止しているから、命中精度も恐ろしく高い。間髪を入れず、再び機関砲弾が敵を殲滅する。もはや戦況は一方的だった。
「オールステーション。前線管制本部から第二次攻撃予告が来た。着弾まであと二分だ。遮蔽物があれば身を隠せ。全員、耳をふさいで口開けておけ」
 敵地上施設及び地上部隊の掃討は徹底される。私たちの上陸により、さらに詳細な目標データを得た水上艦艇や空中戦闘哨戒中の作戦機が二次攻撃を行うのだ。
「そのままプラントも破壊してしまえばいい」
 蓮見の声だ。
「手に入れられなかったら、だ」
 南波が答える。
「どうせ壊すんでしょ」
「施設そのものを破壊しに来たわけじゃない。制御系を壊しに来たんだ」
「どう違う」
「車のエンジンそのものを破壊するのと、コンピュータを破壊するの、修理はどっちが簡単だ?」
「そういう話?」
「そういう話だ」
 来た。轟音。水上艦艇からの攻撃ではない。ターボファンエンジンの、雷鳴にも似た排気音。私はCIDSの索敵モードをスーパーサーチに切り替える。TDボックスが友軍機を示す青で表示される。四機編隊の八九式支援戦闘機。もはや前線ではおなじみになった双垂直尾翼に後退角の小さな主翼。
「『癇癪娘』をばら撒く気じゃないよな」
 日比野のつぶやき。
 それに答えるように、上空からすさまじい金切り声が響く。GBU-8自己鍛造爆弾の投下だ。親となる弾頭から分離した子爆弾が空気を切り裂く音。私は縫高町の廃墟を思い出す。子爆弾そのものも全地球測位システムによる座標設定を用いて正確に誘導される。誘導弾や爆弾の命中精度をあらわす半数必中界(CEP)は一〇メートル以内だ。親弾頭に内蔵される子爆弾は作戦に合わせて交換できるユニットタイプだ。上空で分離し、場合によっては、投弾された時点での位置エネルギーと投下母機の持つ速度に、自身が装備するささやかな推進機のエネルギーを合わせて、音速を超える弾速を出す。炸薬そのものの威力のほか、運動エネルギーも破壊力に華を添えるのだ。
 爆発。
 伏せた地面から衝撃波が伝わる。軍楽隊のパーカッションユニット。場違いだが私はそんなものを思い出す。口を開き耳をふさぐのは、衝撃波から鼓膜と内臓を守るためだ。一瞬CIDSの表示が乱れる。散発的だった敵の射撃は、嘘のようにおさまった。
「最後の仕上げってわけだ」
 日比野の声。あたりには硝煙の強い臭いと、土煙が立ち込めている。
『敵脅威、消滅。脅威判定レベル二』
 ヘリコプターパイロットのコール。
「よし、オールステーション、アルファでリグループ」
 南波が土煙の背後から駆け寄ってくる。私たちはゲートを過ぎ、衝撃波でひっくり返ったらしい同盟軍の装輪装甲車の影で集合した。装甲車は疲れて横たわったカメの類を思わせた。緑を基調とした森林迷彩に被弾経始を考慮したごつごつとしたシルエットがそれを思わせた。乗員の姿はない。先ほど私たちに銃撃を浴びせてきたのが彼らだったのかもしれない。車載機銃の銃身がぐにゃりとねじ曲がっている。
「突入するのか」
 私は南波に問う。他チームの動向は、通信を制限しているので逐一はわからない。
「五分待つ」
 上空を擦過していく八九式支援戦闘機の編隊が見える。翼端から濃密なヴェイパートレイルを曳きながら。
「悠長だな」
 田鎖が九二式機関銃を抱えるように立っている。リンクベルトで五〇発単位でまとめられた弾薬を纏いながら。田鎖のバックパックには、予備弾薬と予備銃身がつめこまれている。それだけでもうんざりするほどの重量だが、ただでさえ屈強な田鎖の下半身を重点に、バッテリー駆動の人口外骨格(パワーアシスト)を装着しているので、六十キロを優に超える装備を携行する田鎖は、その半分の重量の装備しか携行しない私たちと機動性ではほとんど変わらない。
「モールリーダーから『ルピナスヘッド』、目標アルファ確保。繰り返す、……」
 前線管制本部へ南波が戦況報告を上げる。コールサインはルピナス。北洋州の初夏を告げる野花。線路わきや道路わきに美しい群生を作り出す花。なぜそんな可憐な花の名を軍事作戦に使うのか、私は参謀に詩的センスを誤った方向に活用している人間がいるのだと理解していた。
『ルピナスヘッドからモールグループ。状況確認。そのまま待機』
「了解」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介