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トモの世界

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 帝国の領土ではない、そういう意味だ。北方会議同盟(ルーシ)連邦の息がかかっている危険性を私は無視した。そういう意味だ。南波の口調からはくだけた感情がなくなっていた。私のことを階級で呼ぶ。いまは仕事中。上官としての質問。
「本当は海軍の強襲揚陸艦なんかじゃなく、高泊の分遣隊司令部へ戻れればよかったんだ。准尉。けれど仕方がなかった。あんたのパーソナルビーコンを受信して、二人を救出するには、この作戦を利用するしかなかった」
「わかる」
「あんたにも蓮見にも、再教育(・・・)が必要だった。いや、言葉が悪いな。再訓練だ。休養ともいう。いや、調律(チューニング)か。激しい曲を弾いた後はギターもチューニングが狂うからな」
 南波が装備の最終チェックのため、両手を動かしながら言う。
「結果的に、俺たちは多少のリスクを背負った。あんたと蓮見を拾うために『寄り道』したからだ。チームはもう編成完結していたし、海軍のフネを経由して、キャンプから直行してもよかった。そうしなかった理由は、……姉さん」
 転調するように、南波の声音がやさしくなる。私は虚を突かれ、手が止まる。
「あんたのうんちくをまた聞きたいと思ったからだ」
 言って、南波は白い歯を見せた。
「心配だ。入地准尉。あんたが。けど、頼りにしてる。准尉、姉さん。頼んだぜ」
 南波は小銃から右手を離し、大げさな動作で修飾し、私の左腕を一度、二度、たたいた。
 私は黙ってうなずいた。

 海岸線を越えた。
 針葉樹林が主となる森林地帯が眼下に広がる。あちこちから黒煙が上がっていた。友軍の艦対地ミサイルの弾着だ。これが道案内代わりになっている。
「上陸支援の艦砲射撃を海軍は提案してきたよ」
 南波がドアに近寄りながら、チャンネルをオープンにして言う。
「断ったのか」
 田鎖と同じくチームAから移籍してきた瀬里沢が言う。長身。痩身。絶対に目が笑わない男。
「前回の件があるからな。最後の最後でいよいよ困ったら助けてもらうさ」
「チームDは何かとあるからな。能都(のと)と真(ま)潟(がた)が戦死して、チームAが俺と田鎖だけになってお前ら(チームD)に吸収合併されたのが運のつきだ」
 と、瀬里沢。皮肉めいた口調だが、やはり顔はまったく笑っていない。そうか。チームAは苦戦したのか。能都と真潟にはもう会えないのか。ろくに話をしたこともなかった。ほんの少しだけ残念に思うことで彼らを悼んだ。
「編入できて光栄だと思え」
 南波が無表情に答える。
「どのみち、この作戦が完了したら、北洋州分遣隊は再編制だ。お前だっていつまでもチームDのキャプテン面はしてられないだろうよ」
「大尉(Captain)面なんてしていない。俺は少尉(Second Lieutenant)だ」
「わかってるよ、南波少尉。あんたが先任だ。お手柔らかに頼むぜ。俺はあんたの部下のままで死ぬ気はないからな」
 南波がスライドドアを開放した。エスコートの八二式戦闘ヘリコプターに護られながら、私たちの乗機は森林地帯にわずかに拓けた草地に着陸する。ロープを使ったリペリングは行わない。ヘリコプターのキャビンクルーがドアガンを構えた。機体の降下は速い。およそ着陸態勢に入った姿勢とは思えない。まるで墜落だ。エレベーターが急降下するような、身体の内側を持ち上げられるマイナスGを感じる。身体が浮き上がるのを、機体につかまりこらえる。
「タッチ・ダウン」
 パイロットのコール。ダウンウォッシュで草が波打つ。背の高い草だ。
「よし、行け」
 南波がコール。瀬里沢、チームCから移籍した日比野(ひびの)、蓮見、私の順で飛び出す。続いて、田鎖、最後に南波。六名編成……いわゆる分隊規模……は五五派遣隊としては変則的だ。チームはだいたい二の倍数で組まれるが、通常は四名体制が多い。今回は分隊支援火器を装備した田鎖と、その支援の日比野がいるからだ。
 頭上でローター音に交じって射撃音が弾ける。戦闘ヘリコプターの三十ミリ機関砲(チェーンガン)が火を吹いている。私はCIDSの索敵モードをスーパーサーチからミドルレンジに切り替える。友軍ではない目標が森林で確認。
「いるぞ、オールステーション、射撃準備」
 私たちを降ろした汎用ヘリコプターは、降下したとき以上の勢いで急上昇。ウィングマンを務める上空警戒中の八二式戦闘ヘリコプターがにらみを利かせていた。
 下方警戒担当の八二式はローター翼端からうっすらとペイパーを曳いている。湿度が高い、そう感じる。三十ミリの射撃が続く。火線の向こうで松の木がなぎ倒されていく。CIDS上に警戒表示。敵の歩兵部隊の存在が確認できる。装甲車や戦車の類はいないようだ。衛星からのリンクでも、周囲十八キロに警戒すべき機甲部隊はいない様子だった。だが、敵はいる。索敵する必要もなく、意外なほどの近距離に。
 田鎖が伏せ撃ちの姿勢で九二式機関銃の射撃準備。私たちは散開、適度な距離を取る。
「プラントの外側ゲートが近い。これを目標アルファとする。方位二七〇。田鎖、蹴散らせ」
 返事の代わりに、九二式機関銃の射撃が始まる。空薬莢が散る。毎分一〇〇〇発を超えるサイクルで七.六二ミリ弾がばら撒かれる計算だが、田鎖は短いバースト射撃に徹している。それでも猛烈な勢いで空薬莢が散る。
「蓮見、そのままCIDSのNAVモードの誘導で前進。姉さんがバックアップ。さん、にぃ、いちだ。いいな」
「了解」
「よし、さん、にぃ、いち」
 私は走った。その前に蓮見。俊敏な動き。なんだ、蓮見。走れるじゃないか。
 茂みに飛び込むようにして、射撃体勢。素早く銃を左右に振る。光学照準器の中に敵の姿を探す。戦闘ヘリコプターの機銃ターレットは射撃手(ガナー)の視線を追随するが、CIDSの選択した目標を追尾し続ける機能はない。銃を持っているのは私の腕だからだ。
 三十ミリ機関砲の射撃が続いている。発射サイクルはさほど速くないが、初速は私たちのライフル弾をはるかに上回る。もちろん威力もだ。
『敵残存勢力掃討中。目標脅威低下確認』
 八二式戦闘ヘリコプターの射撃手がコール。敵車両は上陸支援の対地ミサイルと海軍艦載機による攻撃であらかた片ついているようだ。残っているのはそれら戦闘車両クルーや、随伴する部隊のみという状況なのがCIDSに表示されていた。
 私たちは急ぎ前進した。
「瀬里沢、日比野、方位〇一〇へ二百メートル」
 二人の背中が見える。私と蓮見は、後方の田鎖、南波と前衛二名の中間位置にいた。
「モールリーダーからレラフライト、目標のディフェンス・ライン突破」
 南波の報告で、戦闘ヘリの射撃が中断される。二機の八二式ヘリは高度を上げ、警戒態勢を取る。スタブウィングの対地ミサイルは温存されている。戦車の天敵は戦闘ヘリコプターだ。擱座しつつも完全に死んでいない戦闘車両がいれば、彼らがそれを叩く。
「モール〇二、モールリーダー。アルファ、ビジュアルID」
 瀬里沢の声だ。
「よし、入地(モール〇五)、蓮見(モール〇六)、全方位警戒。瀬里沢(モール〇二)と日比野(モール〇四)がアルファを越えたら、そのまま続け」
「了解」
 私が答える。
「姉さん、左」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介