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トモの世界

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 そして全員が復唱する。
 飛行甲板に上がる階段は、潮をかぶっていた。海は鉛色。空は鈍い曇り空。風は初夏を忘れたような冷たさ。ヘリコプターがローターを回して私たちを待っている。七七式汎用ヘリコプターの群れと、スズメバチを思わせる戦闘ヘリコプターの群れ。タンデムシートの戦闘ヘリコプターは、機体下部に長い砲身を持った三十ミリ機関砲を持つ。まさに蜂の一刺しだ。高い初速と破壊力を誇る三十ミリ機関砲は、装甲車両なら一撃で撃ち抜く。飛行甲板への階段を上がりながら、艦隊が一斉に艦対地ミサイルの射撃を始めるのを見る。垂直発射装置(VLS)から、多数のミサイルが上空に放たれている。CIDSには、海軍艦載機が上空を哨戒している様子が表示されている。今回は戦艦の主砲はまだ火を噴いていない。大方、私たちの作戦がある程度進んだ時点で砲撃を開始する算段というところだろう。
「上陸舟艇で行くのかと思った」
 小さくつぶやくように私は言う。本来ならば射撃音にヘリコプターのエンジン音にローター音で絶対に届かない私の声。
「いつの時代の話だ」
 すぐに南波の声が耳を打つ。電子的に増幅された南波の声。
「揚陸艦には上陸舟艇が格納されているだろう」
「今日は出番はない。空から行く」
「また落とされるのはごめんだ」
「そしたらまたイルワクの村でステイすればいいさ。今度は居場所が分かったからな。俺が迎えに行ってやる」
 南波の声が懐かしく思えた。離れていた時間は二週間足らずだというのに。
「蓮見、生きてるか」
「生きてるよ」
「お前、後悔しているんだろう」
「なにが、」
「イルワクの猟師村」
「姉さんに連れ帰されたんだ」
「やっぱりそうか」
「帰って来てよかったさ」
「嘘を言え。村に戻りたかったら、この作戦が終わったら落としてやる。お前の人生相談をしてやれないのが心残りだがな」
「冗談じゃないよ」
「そうか、このまま行くか」
「私は、……あそこで暮らすのは、……いやだ」
「それは本音か」
「本音だよ」
「さっき交換したCIDSは新型だ。声に出さなくても、お前の考えが伝わる仕掛けなんだぜ」
「ウソ、」
「嘘だ」
 潮まじりの風を受けながら、南波が白い歯を見せた。蓮見は応えず、飛行甲板を早足で行く。ヘリコプターが待っている。乗り込むと、両サイドのスライドドアが閉められた。ドアガンは露出したままだ。ドアを閉めるということは、機速を稼ぐため、抵抗を極力なくすためだ。
「急ぐからだ。今日は頼もしい護衛(エスコート)もいるからな」
 私の考えを読んだように南波が言う。本当にCIDSの新機能なのか、私はほんの一瞬だけ疑う。そんなはずはなかった。同盟軍の<THINK>のような伝達装置をまだ私たちは実用化していない。南波の当て推量だ。それが鋭いだけだ。本来私たちの身体に備わっているもの。精密ではないが正確な私たちの「感覚」。研ぎ澄ませていくと、機械のような正確さと、コンピュータのような速度を得るのだ。理屈を思いつく前に。
 合図らしい合図もなく、三基のターボシャフトエンジンの甲高い叫びが大きくなる。私は機内で身体を保持しながら、急上昇に備えた。
 武運長久を。
 声に出さず考えてみた。南波に伝わるだろうか。彼の横顔は、私を向かず、操縦席方向をにらむように黙っていた。

 機は海面高度にして二十メートルほどを矢のように飛行した。随伴する護衛の八二式戦闘ヘリコプターと、私たちの七七式汎用ヘリは、四百メートルほどの間隔で編隊を組んでいた。護衛機(エスコート)は四機。二機が低空、二機は上空を監視する。当該空域には前線航空管制機も務める空軍の八一式要撃戦闘機四機一フライトが空中戦闘哨戒中。さらに南方一〇〇キロのシェルコヴニコフ海には、早期警戒管制機(AWACS)が空域全域を把握している。
 私たちの上空を、対地ミサイルがすさまじい速度で追い抜いて行く。高度差はかなりあるはずだが、飛翔速度とかすかに曳くロケットモーターの煙に接触しそうな錯覚すら覚える。弾数は数えられないほどに多い。ミサイルが向かう先が私たちの上陸目標地域だ。かつて戦艦が上陸支援に行った艦砲射撃の代わりを、いまは精密誘導可能なミサイルが担う。そう、敵の指導者のトイレだって狙える。
 機内にビープ音が響く。副操縦士の声が耳を打つ。目的地上空まで、十五分。
「準備はいいか!」
 南波が口を開き、よく通る声で嬉しそうに言う。機内全員がCIDSを装備しているから、共通チャンネルで通話すれば声を張り上げる必要はなかったが、これから戦闘地域に赴く兵士たちがささやき合っているのも違和感があるだろう。南波は無理やり場を盛り上げようとしている。
「蓮見、いいか。拳銃はあるか」
「大丈夫」
「自決用じゃないぞ。わかってるな」
「しつこいよ。わかってる」
 憮然とした声音の蓮見の表情を見る。目は、イルワクの村に絡め取られる前の彼女のものに近い、そう思いたかった。私の中で、蓮見をあの村へ置いてきたほうがよかったのではないかとの疑問がよぎる。シカイは蓮見に二度と銃を持たせるなとも言った。なんとなく私もそれには同意したい気持ちもあった。彼女にとっての幸せとは、こうして次から次へと作戦に従事し、疲弊し、ターニャが縫い物をするのと同じ頻度で銃を撃ち、警戒し、非日常を続けることなのだろうかと思う。翻って、その疑問は私自身にも当てはまる。けれど、私はこの道を選んだ。
「姉さん、」
 南波の声。低い声。
「なんだ」
「俺は、あんたが心配だ。……蓮見よりも」
 チャンネルを限定して話しかけてきていることが、CIDSのモニタリングウィンドウに見て取れた。特別な操作は必要ない。ディスプレイ上に小窓を表示させ、視線入力でコマンドを選べばいい。視線入力は慣れが必要だが、誤作動の危険性も訓練で排除できた。
「なぜ私が心配なんだ」
「目つきが違うからだ。蓮見より分かりやすいぜ」
「どう違う」
 射るような視線を感じる。南波の視線は変わらない。肉食動物が獲物を狙うような、鋭利な刃物を思わせる視線。ミサイルシーカーや光学照準器のレンズ部のような無機質なものとはまったく違った、動物の目。
「本当は、准尉。あんたのほうが猟師村に残りたかったんじゃないのか」
「そんなことはない」
「断言できるか」
「できる。なぜなら、私は帰ってきた」
「なぜすぐに戻らなかった。蓮見のけがの具合なら、十日もかからず、半分の時間で原隊に復帰できたはずだ」
「予想より、蓮見の傷は、重かったのさ」
「あんたの見立てか」
「そうだよ」
「あんたはファーストエイドの技量はあっても、衛生兵(メディック)の技量はない。なぜそう判断できたんだ」
「蓮見と話した」
「ずっと一緒にいたのか」
 一瞬、返答が遅れた。それをきっと、南波は見逃さないだろう。
「いや、何日かは別々にいた。私たちを受け入れてくれた家が別々だった」
「入地准尉らしくもない。無警戒過ぎる。国境を越えているんだぞ」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介