トモの世界
南波は揺れるキャビンにあっても、身体を動揺させない。基礎体力がけた違いに抜きんでている証左だ。動揺を身体の基幹部分で吸収しているのだ。私から渡された弾薬を一瞥した南波は、そのまま私にそれを返してよこした。
「撃てたのか」
「ちゃんとね」
「大したもんだ」
「戦車の中に缶詰めになっていたのさ」
「そうか。弾の缶詰か。面白い。だが、ついたら、ちゃんとした弾をやる。そいつは海に捨てちまえ。命を預けるには心もとない」
「洋上プラットフォームか何かに拠点があるのか」
「まあ、それに近いな。姉さんのCIDSも新品に交換できるぞ。パーソナルデータは本部から転送できる」
「調整する時間があるのか」
「人間側がなじめるかどうかだな。それ専門の機材が揃った場所さ」
「……空母?」
海軍と聞き、洋上の拠点、ヘリコプターが降りられる場所といえば、それは空母だ。だが、この空域は海軍も艦載機を飛ばし、必死に航空優勢を保とうとしている真っ最中だ。陸軍のヘリコプターを受け入れる余裕があるのだろうか。
「空母みたいなもんだ」
機体が上昇した。海面すれすれの飛行から、着陸態勢に入ったのだろう。波頭が遠くなる。これだけ荒れた海の上を飛んだのだ。機体は入念に洗浄しなくてはならないだろう。
旋回。上昇。そして、機体の動揺が収まる。
旅客機よりはわずかに大きな窓に顔を近づけると、南波の言った「洋上の拠点」が目に入った。全通甲板。突き出た艦橋。やはり、空母か。いや、それにしては、私が知っている海軍の正規空母よりはサイズが小さい。シルエットも違う。
「強襲揚陸艦か、」
「そういうことだ。海軍さんのやる気がこれでうかがえるだろう」
強襲揚陸艦。
奪取された島嶼や着上陸作戦で活躍する艦艇だ。ヘリコプターから戦闘車両、連隊規模の陸上部隊まで格納でき、その戦力を投射できる。戦闘機は搭載しないが、それは艦隊の中核を担う空母が行う。空母部隊が航空優勢を確保した状態で、敵地に切り込んでいくのがこの船というわけだ。
「陸軍の戦車も載ってるぜ。俺たちは水先案内人みたいな役割を指示された。先行して桐生と瀬里沢のチームがもう到着してる。姉さん、あんたを拾えてよかったよ。貴重な戦力だ」
「休ませてはくれないわけだ」
「休む?」
ヘリはゆっくりと飛行甲板に接近。パドルを手にした甲板員が誘導している。さすがに揚陸艦ほどの巨体になると、甲板は波浪による動揺はあまりないようだ。見える水平線が一定の位置にある。
「姉さん、あんたが休むなんて考えられない。俺以上にタフなあんたが」
「買いかぶりすぎだ」
言うと、南波は口を開けて笑った。私はその表情にひどく安堵した。救出されて初めて、帰ってきた、そう感じた。
「着いたぜ、姉さん。蓮見を起こせ」
着艦したヘリコプターのドアを南波が開ける。途端にダウンウォッシュと潮くさい風が巻き込んでくる。蓮見を見ると、姿勢はそのままだったがすでに目を開いていた。
「蓮見」
私は彼女を呼ぶ。
「行くぞ」
「また、始まるんだね」
「そうだ」
ヘリから降りた南波に私も続く。
爆音。
艦の上を、意外な低さで機影が横切る。海軍の七四式戦闘機の四機編隊。反攻が始まった。そういうことだろう。私はショウキを思う。そして、あの村を思い出す。両軍が再び衝突するのなら、あの村はどうなる。動物たちに向けられている彼らの銃の、その照準は、いったいどちらに向けられる。
わかりきったことだった。
彼らに敵対するすべてに、彼らの銃口はむけられるのだ。
知らせたいと思った。
シカイ、あなたの村は、もうすぐ戦場になります。それを止める力は、私にはありません。だから……。
彼らは村から出るだろうか。
南波が私を呼んでいる。私の後ろに蓮見が続く。飛沫が散る飛行甲板の上を、私は歩く。
武運長久を。
お決まりの言葉で私たちはそれぞれのチームに分かれた。
私と蓮見は、艦内の補給処で新品のCIDSと交換した。南波の言ったとおり、新品と交換しても、調整に時間はほとんどかからなかった。パーソナルデータは電子的に保存されており、衛星を介したリンクで、それなりの装備さえ整っていればダウンロードが可能なのだ。あとは、実際に装着した状態での音声チェック、視度、視差の調整程度だった。三十分もかからない。私の装備をチューニングした担当官は手慣れたしぐさで、余計な言葉を一切挟むことはなく、4726自動小銃の光学照準器とのリンク調整も素早かった。光学照準器の動作確認も行ったが、本体の機能そのものは健在だった。すると、同盟軍のEMP攻撃で焼かれたのは、CIDSの回路だけのようだった。
「指向性が強かったのか」
「そうとも考えられますね」
曹長の階級章をつけた調整担当官は、私に目線を合わせず、手元に集中しながらそう答えた。
「対策は」
「してます。安心してください」
海軍の艦艇にありながら、その部屋は完全に陸軍の匂いが充満していた。補給処の作業者たちもみな陸軍の武器科の人間だ。強襲揚陸艦そのものの運用は海軍が行うが、乗り込む上陸作戦部隊は陸軍の管轄だ。海軍は大規模な陸戦部隊を保有していないからだ。艦隊の防空はもちろん海軍自前の空母艦載機が行うが、戦域全域の航空優勢を確保するのは空軍機であり、ここでは三軍の機能が絶妙に溶け込んでいた。
「弾薬を補給したら、格納庫に集まってください。みんなが待ってます」
私はショウキからもらった弾薬をすべて担当官に渡し、代わりに汚れひとつなく整然と弾薬箱に詰め込まれた七.六二ミリ弾と弾倉を受け取った。弾は十発ごとにクリップでまとめられているので、弾倉への装填は簡単だった。
「姉さん、欲張るなよ。今回は機関銃(SAW)もちゃんとある」
装備をまとめる私に、南波が笑う。見ると、チームAから移籍したという田鎖がリンクベルトでつながれた七.六二ミリ弾をじゃらじゃら言わせながら、分隊支援火器である九二式機関銃を調整していた。
艦はゆったりと動揺していた。波が高いようだ。艦体はゆったりと上下していた。
「姉さん、船は嫌いか」
「揺れるのが嫌なんだ」
「こんなもの揺れているうちに入らない。揺れていると思うからいけない。ここを船だと思わなきゃいいんだ。高泊の駐屯地さ。そう信じ込めば、人間の頭なんてものは簡単にだまされる」
「自分自身に?」
「誰だって自分自身に正直に生きてるわけじゃないだろう」
「どういう意味だ」
「正直すぎちゃ、この世界は生きづらいのさ」
意味深げなことを言うと、南波はチームの輪から一歩外へ出る。
「チームDはここに再編成された。編成完結だ。入地准尉も蓮見准尉も無事に戻った。目標は、さっきのブリーフィングのとおりだ。俺たちは敵プラントのゲートを確保し、目標を特定させる。その後は、空軍機がプラントを消す。そういうことだ」
格納庫は他チームがひしめき合うようにし、それは上演前の劇場のような、いや、コンサートホールのような、不思議な高揚感と熱気が巻いていた。ヘリコプターのローター音にエンジン音が耳に届いてくる。
「いくぞ」
全員がうなずく。
「武運長久を」
南波が控えめに言う。
「武運長久を」