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トモの世界

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「そんな馬鹿な」
「本当だよ。……姉さん、ここは危ないよ、」
 敵の銃弾が掠め飛び、少し後ろの土がはじけた。弾着。私は身をかがめて短く走った。蓮見が続く。道から離れると足場が悪い。
「姉さんだって、村娘そのものだった。見せたかった」
「見たくない、私は、私なんだ」
「私だってそうだよ」
「村へ帰れ」
「私は、部隊に戻る」
「そんな気、失せていたくせに」
 バースト射撃。ボルトがホールドオープンする。弾切れ。すかさず弾倉交換。ショウキからもらった弾薬が湿気っていないことを祈る。マグウェルに弾倉を叩き込み、レシーバー側面のボルトストップボタンを叩くように押す。ホールドオープンしていたボルトが前進し、ショウキがくれた弾が弾倉から薬室に送り込まれる。引金を引く。衝撃。空薬莢が飛ぶ。ショウキ、ありがとう。きちんと撃てた。あんたの弾だ。
 刹那、私と蓮見の間の土がはじけ飛ぶ。
「敵、十時!」
 蓮見が叫ぶ。
「挟撃?」
「分かれたんだ」
「くそっ」
 私は反転、弾丸が私たちを狙った方角へ点射。手ごたえがまったくない。
 空が青い。
 なぜかそんなことを思った。
 空耳を聞いた気がした。
 誰だ?
「蓮見、呼んだか」
「なに?」
「あれは、まるで、」
 南波の声が聞こえた、気がしたのだ。
 私を呼ぶ、南波の声が。耳の奥で CIDSから。
『モールリーダーから、モール〇一、聞こえるか』
 モール。
 私たちのチームのコールサイン。
 モールリーダー。……チームの指揮官。南波少尉。
「蓮見!」
 私は強く叫んだ。敵に聞こえても構わない、それくらいの大きさで。
「姉さん?」
『モールリーダーからモール〇一、感明どうか、応答しろ』
 南波だ。南波の声だ。
 はじめは幻聴を疑った。けれど、いまははっきりと聞こえる。CIDSのヘッドセットの奥から。空電音に交じって、はっきりとした南波の声が聞こえる。私は応える。
「モール〇一からモールリーダー、こちら、〇二と健在!」
「姉さん、どうしたの?」
「聞こえるんだ、南波だ、南波少尉だ!」
『モールリーダー、モール〇一。捕捉した。動くなよ、……トモ、姉さん!』
 南波少尉の声が、はっきりと耳を打つ。
 生きていた。信じていた。
 南波は、生きることしか考えない。
「モール〇一、モールリーダー、……どこにいる。我々は包囲されている。支援を求む!」
『仕方のない奴らだぜ。これより敵部隊を掃討する。〇一、〇二とも現在地を維持、動くなよ。上空から支援する』
 南波の声が途切れると同時に、激しい銃撃音が響き渡る。続いて、ローター音。ヘリコプターだと気付いたのは、断続的な射撃音が続き、敵の銃撃が止んでからだった。
 八二式戦闘ヘリコプター二機。七七式汎用ヘリコプター一機。地を這うように、私たちの前に現れ、通り過ぎる。戦闘ヘリの一機が素早く上昇し、一機は低空をホバリングした。機首のターレットに装備した三十ミリ機関砲(チェーンガン)が火を噴いた。断続的な射撃音。残存する敵部隊の掃討。上空の一機は警戒。その中を、通過した七七式汎用ヘリが接近する。スライドドアを開け、ドアガンを構えたクルーの姿が見える。
「南波少尉、」
 蓮見がつぶやく。
「そこを動くな!」
 南波の肉声だ。
「姉さん、待ってろ!」
 私たちは伏せ撃ちの姿勢から、半身を起こす。
「敵部隊の制圧完了、脅威判定レベルは現在二に低下。念のため、近接航空支援(CAS)を要請する。そこの二人、なにぼさっとしてるんだ。早くこっちに来い!」
 すさまじいダウンウォッシュ。
 私は駆ける。蓮見も駆ける。
 南波の顔が見えてくる。ドアガンを構えながら、白い歯が見える。
「バカども、探したぞ。CIDSをなんで十日以上切っていた! 敵にとっ捕まっていたのか」
 汎用ヘリが着陸。駆け寄った私に、南波が右手を差し出した。私はその手をつかむ。強い力で機内に引き込まれた。
「イルワクの村にいた」
「イルワク? なんだ、ホームステイか」
「そんなところだ」
「元気そうだ、蓮見、生きてたか! 拳銃よこせ。自決禁止だ」
 蓮見もまた南波に腕を引かれた。機内に飛び込むと、蓮見は南波にしがみつくように抱きついた。
「おいおい、勘弁してくれ。何があった。足は大丈夫か」
「少尉、……ありがとう」
「そうだな、感謝しろよ。……モールリーダーからレラ〇一、ここは用無しだ。行こう、」
 パイロットが親指を立てた。南波はドアガンを構えたまま。汎用ヘリのターボシャフトエンジンが途端に回転を上げ、機体は上昇する。急激に高度を取らないのは、敵部隊の後方からの支援射撃の餌食にならないためだ。ヘリコプターはとかく弱い乗り物だ。
「航空優勢は一時的なものだからな。急いで戦域から脱出する。海へ抜けてくれ」
 南波がパイロットに言う。
「了解だ」
 ヘリは機体をひるがえすように、草の海を行く。
 見ると蓮見は、脱力したように、ベンチシートに寄り掛かっていた。床には空薬莢が散らばっている。まだうっすらと火薬の匂いがする。
「久しぶりだな、姉さん」
「南波少尉……、ただいま」
 私が言うと、南波は普段と変わらず、真っ白い歯を見せて笑った。

 私たちを乗せた七七式汎用ヘリコプターは、『白鳥』の愛称がある。だが、優雅に北の空を舞う白鳥とは程遠い無骨な機体で、私たちの装備品や戦闘車両にも施されている電子迷彩は、低空飛行時に目立たないよう、地形の色彩を追随するよう、様々な色に変化する。白鳥というよりは、海底の砂地にひそみ身体の色を巧みに変えていく魚類のようだ。
 ドアガンを南波は構え、外を警戒している。私はベンチシートに身体を預け、外を眺めていた。機体を大きく傾けた七七式ヘリは、私たちを拾い上げると、急激に上昇し、しかし二十メートルほどに達すると、速度を上げて海岸を目指した。
「艦隊が沿岸まで接近しているんだ」
 南波が言う。
「お前と分かれたあの晩、てっきり全滅したと思っていたよ」
 私。
「北洋艦隊の一部がやられたのさ。内陸からの対艦ミサイルの飽和攻撃だ。空母から攻撃隊がしらみつぶしにしたはずなのに、まあ、それは無理な話だったようだぜ」
「あの晩、戦闘を見たよ」
「どこで見た」
「どこかの草っ原」
「俺は、畔地(くろち)の陣地にいたよ」
「あれでよく助かったな。海軍の九六式輸送機(バス)はそんなに頑丈なのか」
「ご想像通りさ。いや、見えていたのかな。お前と蓮見を『投下』して、ほどなく俺たちは湿地帯に投げ出されたよ。地面が柔らかかったから、機体はごろごろ転がりやがった。だから助かったのさ。輸送機はあえなく大爆発。そういうわけだ。あれからまっすぐ西へ向かった。四時間で友軍の機甲部隊と合流できた」
「たったの四時間で?」
「ああそうさ」
「南へ向かったのは間違いだったのか」
「結果的にはよかったんじゃないか。俺たちはあの夜、まともに寝られなかった。戦車は弾を撃ち尽くすほどに走り回ってくれたからな」
「地上戦?」
「国境あたりで足踏みしていた敵の部隊が北上してきたんだ。挟撃さ。空軍の支援がなければ、俺たちは高泊まで戻れなかった」
「南波、いまはどこから来たんだ」
「国境の南二十キロ」
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介