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トモの世界

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 はっきりした口調。やや細い声だったが、力が入っていた。
「後席のWSO(ウィゾ)だ……、遊佐……」
「とりあえず、立てるか」
「立てる、大丈夫」
 南波が差し出した手を無視して、伊来は立ち上がる。
「陸軍……五五派遣隊の南波……少尉だ」
 立ち上がると、伊来中尉は私よりも小柄だった。おそらくパイロット資格を得るには最低限の身長だろう。だが強い目をしていた。
「なぜこんなところにいる」
 挑戦的な目をしていると私は思った。もしかすると、彼女……伊来中尉は屈辱を感じているのかもしれなかった。そうかもしれない。乗機を墜としたのだ。クルーとともに。
「作戦行動中」
「たった二人でか」
 伊来中尉が私を向く。階級はいちばん上だが、おそらく年齢は一番下だろう。そう思う。
「仲間はいたさ。たくさん。あんたと同じさ、でも今は二人だ」
 南波はこういうときの口調が軽すぎる。
「相棒は……」
 伊来が歯切れ悪く言う。南波に対して彼の相棒は、という意味ではない。ようするに私のことを言ったのではなく、彼女自身の相棒を指しているのだ。WSO……戦闘爆撃機の兵装士官。彼女の後席。
 南波は言葉では答えず、もう一つのパラシュートが着水した水面を、右手の大きい動作で示した。泡立ち波立っていた水面はもう落ち着いていた。オレンジと白のストライプ模様のパラシュートが波間に漂い、萌葱色のマーカーが水面を染めている。その様子を見ると、伊来中尉は硬く唇を結ぶ。
「気の毒だ」
 南波。
「いや……、墜ちる前から、致命傷を負っていた。なんとか基地までたどり着きたかった……私の責任だ」
 伊来はそれっきり口をつぐみ、パーソナルシュートに付属しているサバイバルキットやビーコン発信器を集めに廻る。私と南波も続いた。
「構わないで。一人でできる」
「気にするな、」
「食料が目当てならくれてやるよ」
「勘違いしないでくれ、友軍(フレンド)だろう、」
 サバイバルキットに付属している自動小銃を手に取る伊来。機甲部隊向けのと同じ、Kタイプの4716。やはり光学照準器はついていない。そして、伊来がかぶっているヘルメット付属のCIDSは航空機搭乗員向けの仕様で、演算素子などの本体はあくまでも機体側にあり、彼女が身につけているのは子機だ。非常用の小さなバッテリー以外に本格的駆動用の電源も装備されていない。
「銃、撃てるのか」
 南波。やめておけ、私は目配せをしたが、彼の態度は変わらない。軽薄なのだ。こういうときに。
「訓練は受けている」
「俺たちに任せろ、」
「つきまとわないでくれ」
「南波、よせって」
 どちらにしろ、彼女の装備は私たちのものと比較にならない。せいぜい数日分の非常食と、私たちのものより出力の大きなビーコンがある程度で、防弾機能皆無の飛行服に予備弾倉一本の自動小銃。信号弾も用意されているが、基本的には「待ち」の体勢だ。私たちが有利で「頼れる」存在なのは明白だった。
「伊来中尉、」
 私がしゃべるしかない。
「五五派遣隊北洋州分遣隊の入地准尉です」
 伊来が私を向く。
「私もあなたも、立場はたいして変わらない。私たちも作戦中に装備をかなり失い、救援を受けることができなかった。ここから拠点まではまだ距離がある。一緒に向かいませんか」
「それには及ばない。空軍の救難機が来る」
 パイロットはそれを信じて飛ぶという。残念ながら、陸軍の特殊作戦隊とはいえ、私たち一人の命の重さと、パイロット一人の命の重さを天秤にかければ、費用対効果でパイロットの天秤が大きく傾く。パイロット一人を養成するのにかかるコストは、戦車一両に相当するのだ。機体は再建すればいいが、パイロットを失うことの損失は計り知れない。だから、空軍はパイロットを決して見捨てない。
「伊来中尉」
「私はここで救難を待つ。装備もある」
「夜は冷え込みますぜ」
「訓練は受けている」
「一緒に行きましょう、伊来中尉。このまま歩けば、日が暮れるまでにはいちばん近い拠点にたどり着けそうだ」
「俺たちと一緒の方が安心できると思うがな」
 お前は黙ってろ、言いそうになったが、仮にも少尉に対して准尉がそれを言ってはおしまいだ。伊来中尉の手前、まずい。彼女たちパイロットはエリートだ。私たちのように地べたを這いずり回る人間とは違う。感性も考え方も違うはずだ。その若さが何よりのエリートの証だった。
「ビーコンを持って行けばいいんです。南波少尉が持ちますよ」
「おい、」
「行きましょう。ここは寒いです」
「なぜ君らはそう急ぐんだ、」
「私たちはまだ作戦行動中です。拠点に戻って、次の任務がある」
「私もだ……」
「上空から見えていたかどうか、この道路はいちおう国道です。たどり着けますよ」
 できるだけ慎重な口調に努めた。こういうとき、同盟国の例の装備……<THINK>と私たちが呼んでいる装置があったらどうなっただろう。私の考えが彼女にすべて伝わっただろうか。別に見捨てて行ってもよかったのだ。本当に救難機はここまで来るだろう。戦車部隊の小谷野によれば、航空優勢は確保されている。だから戦車が自走してここまで走ってきたのだし、ならば救難ヘリコプターも飛行できるだろう。ただ、
「失礼ですが、被弾したのはあなたの戦闘機だけでしたか、」
 訓練機が基地の近くの海に墜ちるのとは違う。作戦行動中の戦闘爆撃機が、戦闘地域で被弾し、墜落したのだ。被弾する機体は彼女の機だけではない。もっと多い。当り前の存在なのだ。撃ち墜とされたパイロットが等しく同時に救いあげられるわけではないはずだ。救難隊がいつ彼女を拾い上げに来るのか、今日中なのか一週間後なのか、私は保証できないと思った。以前出会った元空軍パイロットのことを思い出した。救難を待ち続け、死の世界を覗いてしまった彼のことを。
「わかった、」
 伊来は短く嘆息した。そして、かぶっていた航空ヘルメットを抜ぎ、パラシュートのそばへ放った。そして、サバイバルキットから、非常食を私に放った。
「陸軍のハケンなら……風連奪還戦に参加したのか、」
 伊来が訊く。「ハケン」で通じてしまうところが私たちの部隊の因果だ。もう少しまともな符牒が与えられればよかったのにと思う。
「まあ、そんなとこだ」
 南波が答える。
「私は第二航空団第八飛行隊の伊来中尉だ。風連奪還戦の前、『センターライト降下作戦』で木須加の製油施設を爆撃したのは私たちの飛行隊だよ」
 風連奪還戦で、前哨戦として敵主力拠点を大規模空爆したのは六四式戦闘爆撃機を主体とする航空戦力だ。風連奪還戦で発電所に空挺降下する前、私たちは木須加の製油施設の奪取に向かったのだ。それが『センターライト降下作戦』だった。製油施設は一時的に奪取したが敵の激しい反攻にあった。その後発電所の奪還に成功したものの、伊来が言うとおり、製油施設は「奪還できなければ破壊せよ」の命令通り、空軍機により完膚無きまでに破壊されたのだった。発電所とは違い、盛大に破壊できる。闇夜を朱く染める炎は、私たちの部隊からも見えた。
「行こう、」
 伊来は栗色のきれいな髪をしていた。ヘルメットを抜ぐと、肩まで伸ばした髪が風に舞った。彼女は数時間前まで、安全が確保された空軍基地にいたのだ。
作品名:トモの世界 作家名:能勢恭介