裸族の女
マンションの廊下は薄暗く、しんとしていた。304号室、表札はなく番号だけが扉の上にあった。ドアの右のインタホンを押す。
すぐさまドアは開いた。女はまだ裸のままだった。白い肌に拾ったブラジャーの中身の乳房が大きい。そしてくびれた下半身の三角地帯には黒々としたものが、そこだけ異様に目立ち,他と色を対称にしていた。
「ありがと、助かった」
「あのさ、聞くけどさ・・・素っ裸で恥ずかしくない?」
「家の中だからいいじゃん」
「家と言っても、他人の俺が見てるんだけど、おかしくねえ?」
「そう?・・べつに。家の中じゃいつも裸族だもん」
「ら、ら族・・・・おまえアフリカ出身か?」
「日本人だよ・・・」
当たり前にあけすけに明るく、裸でどこが悪いのと言われると、修平はこいつ頭がおかしいんじゃないのかと思った。
「ありがと、ブラジャー」そう言うと女は頂戴というように手を差し出した。修平はすんなり手渡した。
「もしかして、そんな風に男をいつも誘い込んでんの?」
「別に・・・・」
「悪い男だったら、このまま上がりこんで犯すかもしれね~ぞ」
「いいよ」
「なん?・・・なんだ、やっぱりおつむが弱いのか」
「ううん、ちゃんと大学は行ったよ」
「いくつだ?」
「25歳」
修平は二十歳ぐらいかと思っていたが、25歳と言われ、まじまじとまた彼女の裸を上から下まで観察した。プロポーションは悪くない。途端に修平自身の下半身が力強く起き上がるのを自覚した。
「羞恥心はないのか?」我が身の下半身とは別に説教をたれてる自分がおかしかった。
「病気なの。時々、見せたくなるの。知らない人に・・・」
「いつもやってんのか?」
「ううん、時々・・・」
「欲求不満なのか?」
「・・・・そうかも」
彼女は下を向き少し反省したのか、恥ずかしさが戻ったのか、玄関のドアから後ずさりした。そして修平の持ってるビニール袋の中の弁当に気づくと「お弁当買ったの?今から晩御飯?」と自分が裸で注意されてるのも忘れて、明るく笑顔で修平に聞いて来た。
その屈託なく、羞恥心もなく悪びれず声をかける女に修平は思わず笑いが出た。「何なんだ、この女は」
「一緒に食べよう。一人で食べるのおいしくないよ。私も今から晩御飯なんだ。一緒に食べよう。入って、入って!」
ドアを開ける女に戸惑いながら、修平は彼女の明るいノリに一歩足を玄関に進めた。
「その前にさ、服着てくんない。こっちが恥ずかしいんだけど」
説教をたれた裸の女の誘いに少し破廉恥だがそのまま部屋に上がることにした。それにもしかして・・と心のどこかに助平心があった。言うだけ言っといてやりたいのかよ・・・もう一人の修平がほくそ笑んだ。
部屋はこざっぱりとした2DKだった。リビングの向こうの襖の奥にベッドが見える。開け放した窓からは修平が車を止めたコンビニの駐車場が望めた。リビングのテーブルにはいくつかの皿があり、缶ビールの蓋が開いていた。大きなTシャツを着てきた彼女は「楽しい」とばかりに、鼻歌を歌い、冷蔵庫を開け、いくつかの自分で作ったおかずを並べ始めた。テレビではいつも見るお笑い芸人のバラエティがうるさく流れていた。
「さっ食べよ。何買ってきたの?」彼女は自分の彼氏のように初対面の修平に声をかけてきた。
「幕の内弁当490円、それとビール。いいのか?ここにいて」
「いいのよ、いいの。これも何かの縁。一緒に食べよ。ほら、これ私の手作り。おいしいよ。食べてもいいよ」
何でこうなるんだ・・・と思いながら修平は女が作った料理の方がコンビニの冷たい弁当よりおいしそうだと箸を付けた。
「名前、なんて言うんだ」修平は聞いた。
「年寄りくさい名前だから言いたくない」
「教えてもらわないと、呼びづらい。なんて呼んだらいい?」
「ベッキー・・・」
「はぁ~?テレビの?そりゃ可愛すぎだろ」
「みんなにそう言ってもらってるもん」
「ふ~~ん、外人ぽい名前で裸族か。いいかもな・・・」
ベッキーははにかむ様に少し笑った。