ORIGIN180E ハルカイリ島 中央刑務所編 11
2.ゲームその1
レイクは再び頬の片側を枕につけて横になり、しばらく考えるように黙っていた。
やがて彼は、おもむろにこう言った。
レ「───これからユースにゲーム対戦を挑もう。向こうの選択種目とこちらの選択種目をそれぞれ出して、二戦した後に得点の多かった方が勝ちだ。負けた側は黙って手を引く」
助「ゲームって…。おいガキ、遊んでるんじゃないんだぞ。俺達を巻き込みやがって。向こうのガキと一緒になって、からかってるのか」
ミ「ユースが受けるとは思えないよ、そんな対戦は。すでに向こうが優勢なんだし」
レ「まだ俺は完全にチップに服従してない。負けたら無条件にそうすると言ってるんだ、きっと受けるよ。そう打ってくれ、ベン。“ゲーム対戦をしたい。受けるかどうか?”と聞いてくれ」
ア「待て、負けたらどうする。向こうにはチョースだけでなく、きっと老住もいる。他にも…いるのはコンピューターの達人ばかりだ。素人の僕達はどうすればいいんだ」
レ「対戦するのはユース一人だけにする。誰かが介入したらすぐに分かるよ。そしたらルール違反で自動的に負けになると、そう指示しといてくれ」
ア「それにしたって…彼に勝つ自信があるのか?ベンにそんな重荷を負わせるなんて、とても───」
出来ない…と言おうとして、アモーは先ほど自分で言ったばかりの事を思い出して口をつぐんだ。彼はレイクをまじまじと眺めて言い直した。
ア「レイク、僕らにも自信をくれ。君の考えている作戦を全て言って、安心させてくれよ」
少年が疲れていて、しゃべるのも大変だというのは分かっていた。しかしアモーはそう尋ねないではいられなかった。助手達もアモーの言葉に改めてレイクを見下ろした。
レ「ユースは‥俺が操作すると思ってる。だからきっとその対策用のゲームを出してくるだろう。だが実際ベンがするとなると事情は違う」
彼は視線を変えて、若い助手に聞いた。
レ「君は何が得意だ、シューティング?格闘戦?パズル?それとも体感ゲームか」
ベ「知能クイズなら結構いける。その中の“迷路”は、きっと普通の人よりは早いと思う」
助「こいつ、バトルの入ったのになると、からっきしでさ。対戦なら俺の方が強いぜ。この前WPで500万点まで行った」
助「シューティングで早い奴が下の階にいるぞ。呼んできてやろうか」
レ「いや、クイズの方が好都合だ。あいつの苦手な物が結構入ってるから。…そうか、奴はテトリス系が弱いんだ。確かMELT・DOWNには迷路が入ってたな」
ベ「ああ、あれ。改定版の方は7日でやり終えた」
レ「すごいな。あれには幾種類ものクイズが入ってるから丁度いい。あなた達、やった事は?」
助「あるよ。それぞれに得意不得意があったから、皆が得意なやつをやって、一度でクリアーした事があったよな」
助「ほとんどベンのお陰だったがな」
レ「そいつを種目に出そう。向こうにさっきのルールを言って、答えを聞いてくれ」
その後ベンのメールの打ち方を見ていて、レイクは細かい所を指摘した。
レ「あ、待て、それは押すな。俺の癖がないと、すぐ奴に見破られる。画面を一番下へ送って…見えなくていいんだ。うん、間違いは無視していい。打つのが遅くなってもいいよ。手が不自由なんだと思うだろ」
そんな会話を聞きながら、アモーやミットンはレイクの指示の様子をただ感嘆して眺めるばかりだった。
確かにユース相手では、いくら用心してもし足りないぐらいだった。それでもレイクの物事に対する気の配り方には、常人を超えるプロのようなこだわりがあった。彼らは少年がコンピューターに接している所をあまり見たことが無かったので、そういう事に余計に驚いたのだった。
ベンが用件を伝え終えて、一同は少し息をついた。
向こうからの返答を待つ間、レイクは目を閉じて静かに息をしていた。
アモーは助手に指示して、部屋の入り口を見張らせる事にした。
老住お抱えの隊員や、コンピューター室の関係者を締め出し、誰かが入り込んできたら大声で知らせるように言った。さらにはベンの姿がドアから見えないように、ついたてを持ってこさせて間に置いた。
やがてベンが画面を見ながら口を開いた。
ベ「来ました、OKだそうです。向こうは審判役に、政府のイ技師を指定してきました」
レイクはうなずいた。ベンが続いて戦闘種目の指定を要求し、助手らは固まって画面を眺めていた。
ミットンは彼らを残し、機器の測定状況を見に別室へ歩いていった。
アモーは警備の指示を終えると戻ってきた。彼はレイクの枕元に立ち、少年の様子を間近で眺めた。
ア「苦しかったら言えよ、無理はするな。いざとなったら、ユースのチップを僕が抜き取ってやる。少々痛くなっても構わないだろ?」
少年はアモーを見上げるとゆっくりうなずいた。顔色が悪くなりかけていて、その額には汗が浮かんでいた。アモーは近くにあったタオルで汗をふき取ってやった。
ベ「VOICE・RACING!」
画面を見ていたベンがうめくようにそう言った。助手からは、相手のそのマイナーなゲームの選択に驚いたような声が漏れた。
ア「何だ、それは?」
ベ「“寝たきりでもちゃんと対戦できる種目を、そちらも選べばどうか?”と言ってきてますが。どうします?」
レ「ユースの奴、こちらの音声を要求してる。俺の声じゃないとすぐ分かるようにするためだ」
アモーはゲームの内容が分からなかったので、隣の助手に聞いた。
助手によると、それは手などの操作の代わりに自分の声を使い、盤上の馬を走らせて競うゲームらしかった。
音量が強ければ駒が早く進むという単純なものではなく、コンピューターに何らかの刺激を上手に与えないと勝てないらしかった。競馬ファンや一部のマニアの間で持てはやされた時期があったものの、あまり商品的には売れたとは言えないゲームのようだった。
ア「駄目だ、レイクは弱ってる。対戦内容を変えさせろ」
レ「いや、変更は不可だ。こっちまで変えろと言われたら困る」
助「ゲームセンターにあるバカでかいやつか?ギャンブル系だから階が違うんだよな」
助「5年くらい前にネット版が出たんだよ」
助「家用のは騒音で苦情が殺到したんだっけ」
レ「ゲーム場じゃ、よくカップルが座ってやってるのを見たよ。女の子にやらせて男共が笑ってた。確か音量で勝負じゃなかったよな。声の高さかな。それともリズムの強弱のような物か、何が効くんだ?」
助「大人用のゲームだから一応、声の高さや細さが有利じゃないんだが…。俺がやった時にはやはり声の高い奴が勝ってたよ。常連は引っ切りなしに声を出してるんだ。だから肺活量がないと無理かも。オペラ歌手とかトロンボーン奏者みたいに、長く息を吐いてられる技術というのかな、それが大事らしい。よく市場とかで、おじさんが物を売るのに呼びかけてる声があるだろ?節みたいに一定のリズムをつけて、際限なく声を張り上げる。そんな感じだった」
助「だけどそんなの酔ったりしてなきゃ、初めからあまり出せるもんじゃないよな?酒場帰りの男女にはいいんだろうがね」
作品名:ORIGIN180E ハルカイリ島 中央刑務所編 11 作家名:米坂 野麦