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ORIGIN180E ハルカイリ島 中央刑務所編 11

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4.刑務所内の人々



 ちょうどこの頃、カンムはタケルの二度目の摘出手術を終えて休んでいる所だった。
 部屋の窓から夕日の赤い光が差して、眠る男の頬にかかっていた。ジョーンは決して広いとはいえないカンムの寝台に、一緒に横になって彼の顔を眺めていた。
 彼が息子の手術を行き詰らせて、それが部屋にこもってしまうほどのショックだったという事に、ジョーンは少なからず驚いていた。何が怖くてこの男がうつ病のような傾向を突然示したのか、理解できなかった。
 カンムにとって彼や彼の家族の生死など、気にする対象にならないはずだった。
 もはや人生の全ての欲も希望も捨てていたというのに、それが実際の所は捨てきれずにいたのだろうか…とジョーンは考えた。妻や息子の事などなんとも思っていないという態度を示しながら、やはり息子本人に会って人並みに愛情が戻ってきたのか、それとも純粋に手術に失敗したという挫折感が彼を打ちのめしたのだろうか…
 眠るカンムの表情は少し苦しそうに見えた。
 医者はユネストの蘇生をほとんど大成功に終わらせ、息子の手術も昨夜、順調に終えた。彼にとってはもう何も気にかかる事など残っていないはずだった。この計画自体も経過が順調に進めば、やがてコメットから彼は恩赦の内容について説明されるはずなのだ。カンムの新しい住まいは日本に決定していた。

 ジョーンが横になりながら彼の顔をそっと撫でると、カンムは少しうなるような声を発して息を吐き出した。こけた頬に当たる光が、顔に陰影を作って伸びていた。いつも顔色の悪い男の肌が、この時はオレンジ色の発光物質のように輝いていた。
 彼女の頭の中にコメットの言った言葉が思い返された。
コ『君はこの仕事に長く関わり過ぎた。いまさら新しい人生をどうのとは言わないが、それでもアメリカへ移って仕事をする気はないか?君がもし少しでも元の仕事に対して興味があるのだったら、この役目は面白いに違いないよ』
 それはジョーンがずっと昔に、まだ情報局に入りたての頃にしてみたいと思っていた仕事だった。
 アメリカのテネシー州にある情報機関の犯罪捜査部に、精神医学専用の部課があった。そこへハルカイリ島から出張する形で行って、アジア・太平洋地域における犯罪者の傾向について調査するのだ。それは専門分野色が濃いものだったので、ジョーンの今の年齢で任命されたとしても何ら違和感がないものだった。
 ジョーンはカンムを眺めながらしみじみと思った。
 ───きっとあなたから離れて生活するようになったら、寂しくなると思うわ。あなたは私の部屋にいつも置いてあるお気に入りの観賞物と同じようなものよ。それが無くなると恋しくなるでしょうね…




 中央刑務所の別の部屋では、タケル・カジマが付き添いの医者に尋ねていた。
タ「ケイトはどこにいるんですか?」
医「しかるべき所に待機してもらっているはずです。一応大学の人間なので警戒が厳しいんです」
タ「ひどい事をされてないだろうな。顔が見たい」
医「少し部屋は窮屈でしょうが…刑務所ですから。しかし生活に不自由はないと思いますよ。あなたの回復次第で会わせてもらえるでしょう」
タ「主任に頼んでおいて下さい。‥それから父さん、カンム医師は?」
医「今はお休み中です。完全に成功と分かるまで、昨夜から昼までずっとあなたに付きっきりでしたから」
タ「そうか…大学へ戻る前にもう一度、父と話がしたい。彼は釈放されるんですね?」
医「全てが完了したらきっとそうなるでしょう。良かったですね」
タ「十年も牢で生活するというのはどんなものなのかな。きっと外へ出たら驚くだろう、この島の変わりように」
 タケルは天井を見上げながら父親の事を考えた。
 彼は想像したよりカンムが静かな人間だと思ったが、それはここでの生活の果てにたどりついた父親の新たな人格なのかもしれなかった。
 カンム司令といえば昔は反乱軍の頂点に立ち、仕事の鬼だと皆から恐れられながら巨大な組織を動かす存在だったのだ。
 何が父をあんなにも影の薄い、植物のような穏やかなものに変えてしまったのだろう…と、タケルはカンムの変化に少しだけがっかりしている自分に気がついた。たとえ息子といえど冷徹に、当面の必要性を持ってしか接してこないような大人を彼は想像していたのだった。確かにそんな人物より今のカンムはずっとマシな存在だったが、代わりに何か人生の旨みを失ってしまったような味気なさも全身に漂わせていた。
 父は刑務所で改心して深みのある人間に変わったというよりは、ただ熱気を失ってしぼんでしまったように見える…と、タケルは思った。
 反乱軍の理念とか、医者としての探究心、人生の野心など、カンムはすでに捨て去ってしまっているようだった。これからを生きるタケルにとって、父親はもう何の手本にもならなかったのだ。
 ───父は愛さえ忘れてしまったというのか。僕のレイクに対する想いやケイトに対する愛を打ち明けても、彼は何ら心で反応してはくれなかった。自分だってかつてユネストを愛していたはずなのに、それさえ今はもう無いのだろうか…
 タケルは父親がレイクに対して、どんな感情を持っているのだろうと考えてみた。
 当初の予定では、カンムがレイクを新しい恋人として受け入れる事になっていた。しかし事態が変化したからなのか父親は少年に関心を示そうとはしなかった。それどころか用無しだとみなして消す事まで考えていたのだ。
 父親がレイクとの相性を試してみようともせず拒絶している事に、タケルは複雑な思いを抱いていた。彼は自分が従兄弟を支配したい気持ちに変わりなかったし、父とレイクのセックスがどんなふうに展開されるか正直いって興味があった。それが果たされないまま終わりそうな事に、純粋に物足りなさを感じていた。

 彼は部屋の端でまだ作業をしている助手の医者に、引き続き話しかけた。
タ「ところで大学のレイクは?あいつに僕のチップの内容が全部取られたそうだけど」
医「無い方が幸せですよ。取り出したあなたのチップといずれ合流させるのかもしれませんが、人体に機械や情報が埋まってるなんて、私はゾッとします」
タ「あいつの大手術は終わったのかな‥。僕とどちらが早く回復するだろう」
医「何か色々邪魔が入ったりして大変そうですよ。ユネスト先生も関与してないし、後遺症がひどいんじゃないだろうか。極小のナノ線といっても、脳神経を直接侵害したわけだから」
タ「あいつを父かユネスト先生に診てもらう訳にはいかないのですか」
医「カンム先生はあの子供を抹殺したがってます。診るとは思えませんね。ユネスト先生は今後どうするのかは知りませんけど」
タ「先生は僕を助けてくれたんだってね?わざわざ隔離室から起きだしてきて」
医「驚きましたよ、あの回復力は人間並みじゃありません」




 そのユネストはカンムのいない間に、ルーについての情報をできるだけ入手しようとしていた。
 彼は大学ネットの様子を伝えて欲しいと、政務室の職員Qに頼んでいた。
ユネ「…そうなんだ、ここからは直接つなげないようにされててね」
Q「主任は何と言ってます?」