柵の向こうの彼女
日常エンド
どう帰ってきたのか憶えちゃいない。
夕日は沈んでとっぷりと宵闇に町をひたした頃、僕は汗だくになりながら、家の前にたどり着いた。顔が火を噴いたように暑く、目の中には火花が散っていた。少し足元がふらつく。何とか玄関に手をかける。
すると、ふいに扉が開いた。朝、僕は鍵を閉めたはずだった。あれ、閉め忘れたかな、と思うまもなく、
足元から水音が聞こえた。
薄暗い室内の中、外の明かりが玄関の中を照らす。うずくまるように何かがいた。それは熊のようで、胴体のところがどす黒く染まっていた。玄関は液体で濡れていた。どうやら目の前の熊から流れ出しているらしい。
そうして僕は、その熊が、僕が昔、「父」と呼んでいた彼であり、液体が外の明かりで真っ赤になったのを見て、また、転げるように逃げ出した。
街中を走る。
もはや、何から逃げているのかも分からない。
息が続かない。
頭が割れそうに痛む。
でも止まれない。
わけが分からない。
途中、誰かにぶつかった。何度かぶつかった。
誰かも分からない。「先輩」と呼ばれたような気もする。
だが、そんなことも良く分からない。分からない。何が僕に分かるだろうか。そうして僕は気づけば、屋上の扉の前にいた。